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勝ったのは「どぶ板」

この戦いは「予想通り」だったと言ってよいのだろうか。万歳する近藤洋介氏の表情が、嬉しそうというよりどこか驚いているように見える。私はこの写真の表情が、昨年2022年の石川県知事選挙で当確が出た直後の馳浩氏と被って見えた。

勝ったのか?戦いは終わったのか?

真っ暗闇の中を匍匐前進するように戦い進め、たった今勝利を得た武将の顔に見えたのは私だけではないのではないだろうか。

選挙の準備はいつから

公営掲示板

首長の選挙は4年ごとに日程が決まっている。米沢市長選挙も例外ではない。今年2023年の11月に選挙があることは、4年前の2019年11月24日の選挙結果が出た時から決まっていた。それは、当時現職の米沢市長だった中川勝氏が、新人候補に24票の僅差でギリギリ競り勝った選挙だった。勝った方の冷や汗も、負けた側の悔しさも、記憶と記録に残る選挙だった。このとき苦汁を飲み地団駄を踏んだのが今回勝ち登った近藤洋介元衆議院議員だ。

選挙最終日に私は米沢に入った。天気予報では夜から明け方にかけて雪。ダウンコートにマフラー、靴は滑り止めのついたムートンブーツ。市内のビジネスホテルをとり、選挙戦でマイク納めとなる20時ギリギリまで演説会場を巡ろうと思っていた。

3候補者のスペック比べ

候補者は3人。みな無所属新人で、元米沢市参与の伊藤夢人氏(38)=自民、公明推薦、元衆院議員の近藤洋介氏(58)、元市議の皆川真紀子氏(53)の3人だ。

夜の見やすさを考える~公営掲示板

この情報だけで見ると、男性2人、女性1人。となると女性である皆川氏が有利?
年齢で見ると、38歳、58歳、53歳。今年の春、26歳の歴代最年少市長が芦屋市で誕生したが、このムードからいけば38歳の伊藤氏に人気が集まる?

でもキャリアから見ると、非常勤の公務員が役職についていた「参与」の伊藤氏と、現保険業で元米沢市議の皆川氏と、衆議院議員を5期14年務めた近藤氏では、近藤氏に信頼が集まる?

誰が当選する?予想の根拠


選挙が始まるとメディアは、自公が推す伊藤氏と前回市長選で敗れてから市内でひとりひとりの市民と顔を突き合わせて米沢の課題解決に向き合った近藤氏との一騎打ちの様相を報道し続けていた。ただ、どの記事を読んでもどちらが有利なのかが読みとれない。知り合いの新聞記者に聞いてみても「今回は読めない」と。


確実な動員のマイク納め現場

伊藤氏が有利と判断する根拠はあった。自公の応援態勢だ。伊藤候補のSNSを見ると、ハコモノと言われる屋根付きの会場にビッシリと詰めかけた支援者に堂々と演説をする姿があった。圧倒的な勝者の印象で、自公選挙あるあるではあるけれど、どの地域でもどの選挙でもこれができる組織力には見るだけで圧倒された。もっとも、気になったのは候補者本人の演説だった。声のトーンが高めで、話し方は「演説」にはまだ遠く、聞いていても心に残る「体温」が伝わらない。響かないのだ。そして、演説内容に年齢の若さが逆目に出ていた。年を取ることの不安、収入が安定しないときの住宅ローンや子どもの学費の不安、病院にかかる費用、後継者のいない農耕地や商店。この不安を払しょくするだけの力強さに欠けていた。私が指導に入っていれば、声のトーンを下げて、話し方を整えるだけで印象は良くなっただろうにと思った。


近藤氏のマイク納め

では近藤氏の演説はどうか。衆議院議員としての実績は確かに見て取れた。分かり易い言葉、地元を歩きつくしてきた地元ならではの悩み。4年間歩き尽くしてきたこの地域への思いと低い地声が、温かさと親しみやすさ力強さを感じさせた。

残念ながら女性候補である皆川氏の演説会場を見つけることができず、ここで評することができないが、演説を見る限りは近藤氏の勝ちだった。でも、かつて希望の党の大混乱があったとはいえ、近藤氏は2017年の衆議院選挙では山形2区で惨敗し比例復活も逃した。雪辱の日々はこの時から始まっていた。。実に6年。長いと見るか、この程度は当たり前だと見るか、こればかりはひとりひとり感想が変わるとは思う。しかし、安定収入が無い日がこれだけ続くのは、学費のかかる育ち盛りの子供を3人抱えた家庭の主として、苦しさもさることながら悔しさが募っていたことは想像に難くない。

投票率

日本の選挙は総じて投票率が低いが、この米沢市長選挙の投票率は前回よりも2.55ポイント上回った63.12%だった。国政選挙が50~60%であることから見ても、住民の関心が高かったといえよう。

自民党選挙の最大の強みと意外な弱点

自民党の選挙は組織型で、大きな票を固めて守っていく選挙と言われている。これは演説会場への動員の状況を見ても圧倒的だ。先に触れた石川県知事選挙でも、1900人のキャパを持つホールが超満員だったし、安倍政権下での選挙で「昭江夫人来たる」とされた会場に来場者が入りきらず屋外に溢れていたこともあった。この動員力にはいつも圧倒される。


伊藤氏のマイク納め会場

しかし、自民党の選挙にも弱点はある。それは競り合っているときだ。どちらが勝つか、一票の行方が見えずギリギリと心がすり減る戦いになっているときでも、やはり「組織選挙」を続けるのだ。相手の地盤を崩していくとか、敵の懐に入り込むような戦い方はしない。

野党候補の武器「どぶ板」の凄み

逆に、敵の一票一票を取り崩し、こちらに引き寄せ、接戦の中まさかの勝利を勝ち取ることが得意なのは野党側の選挙だ。ただ、大きな塊の組織票を持たないため、毎回手探りで不安との勝負となる。
私の知っている中にも、10年間、落選続きでも地元を歩き続け勝利を得た政治家、毎日300軒歩くと決め、穴が開いている靴底にガムテープを巻きつけて選挙区を制した政治家など、いわゆる「どぶ板」で勝ち上がった議員が何人もいる。しかしそれはどの人も野党側の候補者。どんな政治家が良いのかは、その地域の有権者が選挙で判断する。判断材料は、その政治家とどんな接点を持ったか、何を信頼したのか、応援したくなったか否か。


選挙最終日

どぶ板を「古い選挙」という人もいる。でも私は、どぶ板は、政策に体温を乗せることができる伝達方法のひとつだと思う。自分が正しいと信じる政策や、やらなければならないと信念を伝える方法には顔を見て、直接話すこと以上に伝わる方法はない。SNSが日常に大きなウェイトを占めている現代にあっても、皮膚感覚や人の体温は人を癒し、直接聞いた声は、熱を乗せて心に届く。コロナの3年間を経験して、私は、どぶ板の底力を確信した。勝ちたいなら、伝えなければならない。思い描くその町の未来を、言葉に体温を乗せて。今回の選挙は、このことを思い出させてくれた選挙でもあった。


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