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#35 9.22×3

17歳の春。
わたしは、当時つき合っていた同学年の彼との別れの中にいた。
別れといっても、距離的な別れ。
彼が、サッカー留学でアルゼンチンへ飛びたって行く日の朝、わたしは、彼のお父さんとお母さんと一緒に空港まで見送りにでかけた。

成田までの高速は悔しいほどに空いていて、別れへのカウントダウンが近づく現実の中にいるはずなのに、わたしの心はその現実に追いつけず、後部座席に並んで座る彼の手に触れてみたり、彼の横顔を見つめたりしながら、どこか上の空だった。

けれど、帰りに3人になってしまう車内の様子を想像すると、ふわふわと上の空でいるわたしの心に抱えたこともないような鈍い痛みが広がり、その痛みをどんな顔で受け止めればいいかも分からないわたしは、流れゆく景色をぼんやりと見つめながら途方に暮れていた。

帰国はいつか分からない。

そんな果てのない別れを受け止めることは、17歳のわたしには容易ではなかった。
「応援してる」と告げる言葉の裏には、いつも「行かないでほしいな」という本心があって、そんな気持ちを抱いてしまう自分の未熟さを、わたしは、何度も、何度も責めた。

それでも、彼がサッカーを愛している人だということをずっと見てきていたし、留学が、彼の将来の目標達成のために通過するべき大切な選択で、17歳の彼が懸命に選びとった道であるなら、わたしは、未熟なわたしなりの想いで懸命に応援したいのだ、という気持ちも確かにあったのだろうけれど、自分の気持ちを制して、誰かのためにフル回転で思考を巡らせるということは、微塵もできていなかったように思う。

実際、空港に着いてからだって、17歳の彼が、ひとり親元を離れ、異国の地で生活をしていくという覚悟や不安を想像するよりも、搭乗の前に、最後に抱きしめて欲しいな……とか、こっそりキスもしたいな……なんてことばかりを考えるような、未熟で自分勝手な子どもだった。

だから、彼が搭乗口を通って見えなくなってしまって、どの飛行機に乗っているかも分からなくなってしまって、もう絶対に、飛んで行ってしまったと思うくらいに長い時間が過ぎたというのに、次々と飛び立っていく飛行機の見える大きな窓から、彼のお母さんがずっと離れられずにいた心境なんて、本当のところは想像もできなかった。

「そろそろ行こうか」

そんなお父さんの言葉を合図にして、お母さんはやっと、滑走路の見える大きな窓から離れた。
もう拭く場所がないほどにクタクタになったお母さんのハンカチを見つめながら、わたしはかける言葉も見つけられずに、静かに2人の後を追って空港を後にした。

それが、空港でわたしが大切な人を見送った初めての出来事。

そして、かつて、わたしと共に6年間バレーボールに明け暮れたMちゃんが、旦那さんと一緒に、旦那さんの国へ引っ越していく日のお別れが2回目の空港での大切な人のお見送り。
幼い頃から多くの時を重ね、ソウルメイトという言葉を知ってからは、わたしにとって彼女はきっとそれだと思うような大切なMちゃんとの別れは、もう大人になっていたこともあったし、幼い長男を連れていたことで、どこか忙しなく過ぎてしまったけれど、旦那さんがいつも彼女の腰を抱いてエスコートする様子や、それに馴染んでいる彼女の様子にひどく安心して、ただその光景が嬉しくて、自然と笑顔で手を振ることができた。

Mちゃんとの別れの日にわたしのお腹の中にいた次男が、6年生の1月に、韓国へバスケ遠征へ出かけた日、たった4日の、隣国への遠征だというのに、やっぱり胸は少しだけ痛んだ。
そして、痛む胸の中で初めて、24年前に、アルゼンチンへ飛びたつ息子を見送った日の彼のお母さんの涙や、なかなか立ち去ることのできなかった心情に触れた。
ちぎれそうに痛む胸が、とにかく落ち着くまでは、そこを動けずにいたお母さんの気もちが、24年越しに少しだけ分かったのだ。
たった4日で感じるわたしの心痛とは比べ物にならない大きな痛みが、小さなお母さんの体の中を、ぐるぐると巡っていた様子に、少しだけ触れられたような気がしたのだ。

17歳でアルゼンチンへ飛んだ彼と、Mちゃんと次男は、3人とも9月22日生まれ。
そして、皆、次男だったり、次女だったり、2番目生まれの子。
海外に縁のある人であり、わたしに、大きな影響を与えてくれる(くれた)人である。
しかも、当時付き合っていた彼は、現在鹿児島でサッカーのクラブチームを立ち上げたことで、鹿児島在住のわたしの姉と交流がある不思議も、縁を感じずにはいられない。

そして、昨晩、友人のMちゃんが帰国した。
彼女に会うと、わたしの思考が彼女の自由な発想に感化されて、いろいろなことが動く。
これまでに、何度もそれを体感してきた。
帰国中に、どのタイミングで会い、どんな話をしようか。
今のわたしは、彼女の目に、どのように映るだろうか。
訊いてみたい。
彼女の言葉に触れてみたい。
はやく、会いたい。
そんな楽しみな気分で迎える朝は、なんて気分が良いのだろう。

前作からのもらいワード……「バレーボール」


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