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土方と亀姫 捌

「あやつが長崎の海軍伝習所に入門した際(安政2年)に悪魔に魂を売ったと姉から聞いた」
「まことでございますか」
「まことじゃ。あやつは安政以降に起きた事変の大半に関わっておる。桜田門の外で彦根の井伊が水戸や薩摩の者に斬られた(安政7年)のもあやつが裏で糸を引いていたのじゃ。そのときあやつは知らぬ顔をして咸臨丸でメリケンに渡っておる。他にもいろいろあやつによって起きた事変は数えきれぬほどじゃ」
「海舟殿がなにゆえ…」
「この国を己がままに動かすためじゃ。メリケンやエゲレスの悪魔に魂を売れば、この国の領主となれると唆されたのじゃ。願いが叶えば魂を奪われる。魂を奪われるということがあやつにはわからぬのじゃ。聡明と言われても、そもそも欲望には勝てぬ。もともとが越後の金貸しの卑しい血筋じゃ。無理もない」
「愚かなことを…」
「あやつらが動かなくとも数百年続いた徳川の世はもう終わりじゃ。一国をひとつの血筋が主導して動かすのは無理がある。徳川によって虐げられてきた百姓たちが何度も一揆を起こしたのは当り前のことじゃ。勝らが何をせずともいずれは西洋の影響を受け、立ち上がった民百姓の世の中となったはずじゃ」
「亀姫様、私たちはどうすれば彼奴らに勝てますか」
「そなたたちが無能なのは勝ち負けで物事を判断することじゃ。特に土方はそうじゃ。人を信じられぬ癖があるゆえに罪のない者たちの命を奪ってきた。それは人を思いのままに動かしたいというつまらぬ性根から生まれるじゃ」
「無礼なっ」斉藤は単純だ。
「まあ、話を終わりまで聞こうではないか」
「そなたたちを救ってしんぜよう」亀姫が初めて親しみを込めた笑顔になった。
「え…」
「おんつぁげす、姫様は、にしゃらを助けでやっぺど思っているんだぁ、それがわがらねぇのが」高橋権大夫に化けた朱の盆が言った。
「助ける…」
「そうじゃ、西洋の悪魔などに、この国を自由にはさせられぬ。だからそなたたちを助けて…」
「西洋の悪魔をこの国から追い払うのでございますね」
「さよう」
「ところで、西洋の悪魔とは何者なのですか」
「長崎のグラバーを知っておるか」
「存じております。長崎の武器商人でございますね。薩長だけでなく我ら幕府側にも武器を売った不届きな異人でございましょう」
「奴が勝らを誑かした悪魔なのじゃ。勝に唆された坂本龍馬や五代友厚が奴に魂を売り、新式の武器を買わせ、その後も薩長土肥の者たちを次々に誑かして倒幕まで計画したのじゃ」
「坂本というと、元新撰組の伊東甲子太郎と藤堂平助らが暗殺した、あやつのことでございますか」
「ふふふ、坂本は死んではおらぬ。悪魔に取り憑かれたら魂を抜かれるまで死にはせぬわ」

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