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カルチャースクール「奮闘」

「近況報告」

僕がカルチャースクールで受け持っている「初心者文章教室」では、講座のはじめに参加者が近況報告をします。以前もご紹介しましたが、話すことは文章の上達に役立つと考えられるからです。聞く人に話の内容が伝わることが重要だからです。ですから、話す際には「いつ、どこで、誰が、何をしたのか、それは何故か?」というポイントを踏まえて話をしていただきます。それは、あちこちに話が飛びすぎて、まとまりがなくなるのを避けるためです。

で、先日は受講生のAさんが「ラジオで聴いた話」を披露しました。そのラジオ番組は「人生相談」で、以下のような内容でした。

相談者は70歳で、ひとり息子の嫁さんに盗癖があるというものでした。息子一家が家に来て帰ったあとに、何かしらモノがなくなるというのです。証拠は何もないのですが、自分たちとは血のつながらない嫁に違いないと言うのです。なくなるモノというのは指輪にネックレスといった貴金属だけでなく、外国製の食器などもなくなるというのです。その結果、相談者の奧さんがノイローゼになったということでした。

相談者は「警察沙汰にするか、それとも探偵を雇って秘かに調査してもらった方がいいのか?」と聞いたそうです。

すると相談された専門家が「血がつながらぬ嫁といっても今は家族だし、孫もいる。警察沙汰にして、騒動になるだけじゃなく、それが、実は冤罪であったともなれば、愛する息子や孫にも会えなくなる可能性があるんです。ですから周りを巻き込まずにあなたが息子さんとお嫁さんと話し合って解決すれば良いのです」と答えたと言います。

それで思いつきました。次の課題はこれだ!と。

「それ面白い。じゃあ次回は、今のAさんのお話を元に小説を書いてきて下さい」と言うと、生徒さんたちは一斉に「ええっ! そんなの、難しいですよ!」と非難囂々(笑)。

「では、犯人は誰か?という物語にしましょう」
「お嫁さんでしょ?」
「いや、創作ですからね。実は息子さんが犯人だったとか、孫が犯人だったとか、それと・・・飼い犬が犯人だったとか・・・」
「犬?」
「ありえますよ。犬は好奇心が強く、意外なモノを集めたりしますからね」それを、皆さんがそれぞれ異なる犯人を設定して物語を原稿用紙2枚ぐらいにまとめてください」
「難しいなぁ」
「とりあえず、僕が見本を書いてきますから、それを読んでみて考えてみましょうね」

ということで、1週間後の授業までに僕が見本を書いてくることになったのだが・・・。

以下にそれを掲載します。

「失敗作」

「盗人」

登場人物:

鈴木武雄(祖父)68歳
鈴木愛子(祖母)65歳
鈴木嘉男(息子)38歳
鈴木玲子(嘉男の嫁)33歳
はじめ(孫・兄)双子6歳
つぎお(孫・弟)双子6歳

 「あいつが犯人に違いない」武雄は嫁の玲子を疑っていた。半年ほど前から家のモノがなくなるのだ。しかも少しずつであり、はじめは気がつかなかったほどだ。息子家族は隣の家に住んでいる。

 武雄家族が住んでいるのは東北地方の田舎町だ。田舎町といっても日本で3番目の大きさを誇る湖と、百名山のひとつである高山も有しており、1年を通じて観光客が絶えない。武雄の家は代々、この街の5分の1の土地を所有する大地主で、ホテル、スキー場、キャンプ場なども経営している。それらは武雄が管理していたが、5年前に引退して嘉男に経営を委ねた。

 武雄は曾祖父が明治時代に建てた洋館に住んでいる。その隣に最近、現代風の洋館を建てた。武雄は嘉男一家をそこに住まわせている。

 武雄の妻、愛子は、筋萎縮性側索硬化症を患っている。身の回りの世話をするために毎日、嫁の玲子が来ていた。玲子は愛子の世話をするふりをして、愛子が大事にしていた指輪やネックレス、それに海外製の食器や小物を盗むのだ。証拠は何もない。しかし、玲子が孫を連れて家に来る際に必ずモノがなくなっているのだ。

 それは、ある日、愛子が「私の指輪がなくなっている」と言ったことで何者かによる盗難が発覚した。それ以降、愛子が大事にいているモノが紛失するのだった。

 武雄は、はじめから嘉男と玲子の結婚に反対していた。ふたりは武雄一族が経営、嘉男が社長を務めるホテルでの職場結婚だった。嘉男が玲子を見そめた。1年の交際を経て結婚となるのだが、その挨拶のために玲子を自宅に招いた際に武雄は落胆した。

 「ああ、この女はダメだ」というのが第一印象だった。髪の毛を赤く染めて、化粧も濃かった。近い将来、義理の家族になるかもしれぬ人間に会いに来るというのにその有様だった。今様の若者っぽい言葉遣いも気に入らなかった。

 玲子は地元の高校を出て、一度、東京に出てから、数年後に地元に戻ってきて、武雄が経営するホテルに就職した。武雄は玲子が東京で遊んでいたと思い込んでいた。

 「こいつは、高校時代に不良仲間とつるんでコンビニで万引きをしていたに違いない。異性関係もダラシがなさそうだ」と妄想は膨らんでいった。

 「玲子がお前の大事にしているモノを盗んでいるんだ」と愛子を諭すと、
「嫁がそんなことをするはずがない」と愛子はかばうのだった。

 「玲子ちゃんは優しくて、かいがいしく世話をしてくれる。それに料理だってあんなに上手じゃないの」と、玲子を信じきっているのだった。

 「お前は欺されているんだ」武雄は苛立ち、妻を責めた。そんな夫に妻は落胆して泣いた。

 ある日、武雄は嘉男に「玲子がモノを盗んでいる」と告げた。武雄は、憤慨して息子は父を責めると思っていた。息子が妻を心底愛しているのは日頃の行動を見れば明らかだ。
 
 「そうかもしれないね。今度、玲子に確かめてみるよ」
 「そんなことしたら、俺が恨まれるじゃないか? あいつは本物の悪党だ、俺が殺されでもしたらどうする?」
 「大丈夫、お父さんが疑っているなんて言わないよ。まず、俺がなくなったモノを探してみるよ」
 「お前、盗まれたモノがどこにあるのか知っているのか?」
 「知るわけないだろう。とにかく探してみるよ」
 「玲子の部屋を探してみろ、絶対に盗まれたモノを隠しているはずだ」

 その様子を部屋の外で玲子が聞いていた。目から涙が溢れ出ていた。
 
 部屋から出た嘉男が、泣いている玲子を気の毒そうに見た。

 「聞いていたのか?」

 玲子が黙って頷いた。

 「我慢するんだ。もう少しの辛抱だ」そう言うと、嘉男は玲子を抱き寄せた。

 嘉男が部屋の外に出ていったあと、武雄が笑った。そして部屋の隅まで歩くと、そこに置いてある金庫を開けた。金庫の中には盗まれた指輪やネックレスや食器が入っていた。犯人は武雄だった。

 実は武雄は認知症だった。認知症では人格変化が起きる場合がある。武雄も時折、二重人格症状が現れるのだった。息子夫婦は、もちろん武雄が認知症なのは知っている。あまりにも症状が酷いので、来月、介護施設に入所させる事が決まっていた。

 しかし、玲子は反対していた。玲子は「自分がお義父さんの面倒をみる」と決めていた。玲子は武雄が考えているような人間ではなかった。しかも武雄は色盲で、玲子の髪の毛が赤いとか化粧が濃いと見えたのも、そのせいだった。

*ここで終えるのもOK

 数日後の午後、黒いワンボックス車が武雄の邸の玄関の前に停まった。中から黒ずくめの服を着た4人の男たちが降りてきて、ひとりが玄関の呼び鈴を押した。

 「はい、何でしょうか?」武雄の声だった。
 
 男のひとりが「宅配便です」と言った。黒のワンボックス車は宅配便業者とは思えないし、宅配便の制服も着ていない。凶悪強盗犯たちだった。

 「はい、今開けますね」武雄の声が答えた。4人組は互いに顔を見合わせて「やるぞ」と言った。

 玄関が開いた。武雄が顔を出すと、いきなり顔を殴られた。

 「痛い、何をするんだ・・・」と呻く武雄を男のひとりがさらに殴った。「ウグ・・・」倒れそうになった武雄の腕を左右から掴んだ男たちは「ジジイっ、金があるところまで案内しろ」と言った。

 そこへ玲子と息子のはじめとつぎおがやって来た。武雄と男たちの様子を見た玲子が「あんたたち、何をやっているの!あ、お義父さん!大丈夫ですか」と叫んだ。

 「うるせぇっ!」と叫んだ男のひとりが玲子を押さえつけた。それを見ていたはじめとつぎおが「お前ら、ママに何をするんだ!さては強盗だな!」と叫ぶや表に出て「強盗だ、強盗だぁーっ!」「強盗が出たぞーっ!」と叫んだ。

 都会と違って田舎町の団結力は強固だ。周辺の家から人が出てきて武雄の家に向って集まってきた。手にはホウキやゴルフクラブや木刀が握られている。そのうちスマホを持った数人が「アタシが警察に電話したぞ!」「電話した電話した!」「俺も電話したぞ!」と口々に叫んだ。

 それを見て慌てた強盗4人組は、武雄と玲子から手を離して玄関前に止めたワンボックスに乗り込んだ。

 「あ、キーがないぞ!」運転手役の男が叫んだ。

 「ばーか、ほれ、これを見ろ!」つぎおが手にした車のキーを高々と見せつけた。

 「ガキめ!」男のひとりがつぎおに向って走ってくる。

 「バぁ~か!」つぎおが車のキーを力いっぱい投げた。キーは田舎町の背の高い雑草が生えた草むらに消えた。その時だった。パトカーのサイレンの音が遠くから聞こえた。

 「ヤバイ!逃げるぞ!」男たちは逃げようとしたが、その前に近所の人たちが立ちふさがった。「捕まるぞ」「捕まえるぞ」「お前たちは刑務所行きだ」「絶対に捕まるぞ」と口々に叫ぶびながら手にしていたホウキやゴルフクラブや木刀を振り回した。

 「ちっくしょう、邪魔すると殺すぞ!」と男たちは叫んだ。

 「バカ野郎、殺されるのはお前たちの方だ。この木刀でぶん殴ってやる!」「いや、アタシがホウキで殴り殺してやる」と叫びながら木刀やホウキを振り回す。

 すると、とそこにパトカーが到着した。パトカーは2台。5~6人の警官たちが降りてきて強盗たちを取り囲むと、あっという間に捕まえた。

 玲子が武雄を抱き起こしながら「お義父さん、今、救急車が来ますからね」と言うと、武雄は反省したのか「申し訳ない。愛子の指輪やネックレスを盗んだのは俺だ。お前のせいにして、お前を家から追い出そうとしたんだ。今回のことでお前の純粋さがわかったよ・・・本当にすまないことをした」と言って泣いた。

 「いいんです。血のつながらない者か゛家に居ては腹が立つでしょうから・・・。はじめとつぎおを産んでからお義父さんの変化に気がついていましたから」

 「本当に申し訳ない」そこに救急隊員が走ってきて、担架に武雄を載せて救急車に運んでいった。

 「あなたは大丈夫ですか?」救急隊のひとりが玲子に聞いた。

 「私は大丈夫です。腕を掴まれただけですから」

 「ちょっと診せてください」隊員が強盗に掴まれて赤く腫れた玲子の腕を見て「一応、一緒に病院まで行きましょう。それに男性の保護者はあなたのようですからね」

 そこに、はじめとつぎおがやって来て「ママ、病院に行ってきなよ。僕たちお婆ちゃんと一緒に待っているから・・・」と言って笑った。

 「うん、あとで電話するからね。お婆ちゃんと大人しく待っていてね」

 「うん」

*ここで終えてもOK

 玲子は、武雄が運ばれた救急車まで歩いて、乗り込んだ。武雄はいびきをかいて寝ていた。玲子はほくそ笑んだ。

 「強盗騒ぎは、ちょうど良かった。おかげでお義父さんの心を掴むことができたわ。でも、ジジイが強盗に殺されていた方があとが楽だったなぁ」と心の中で呟いた。

 武雄は寝たふりをしていた。二重人格症状の悪い方が出ていた。少しだけ目を開けて玲子の表情を観察していた。「やっぱり、こいつは悪党だ。まだまだ死ぬわけにはいかない。死ぬ前に必ず追い出してやる」と心に決めた。

 武雄と玲子を載せた救急車は病院に向って走っていく。
 

「失敗を踏まえて・・・」

僕はプロの作家ではありませんから文章を書く前に「プロット」(漫画の世界ではネームって言うんですか?)などを書くことはありません。ほとんどが、行き当たりばったりの無計画無秩序放任主義です。だから“まともな文章が書けない”のです。今回も、そうでした。登場人物だけは決めましたが、無秩序に書いている内に収拾がつかなくなってしまいました。

そういえば、連続で書いている「妄想邪馬台国」は、当初「邪馬台国を九州に比定する。その理由は“敵となるかもしれぬ国に素直に女王国に案内するはずがない”というネタで非常に短い文章を書こうと思っていた」のに、調べていく内にいろいろな情報が登場して、それらを無理矢理組み込んでしまったのです。そう、失敗です。

それをまたやってしまったのです。というか僕の書くものはほとんど失敗作です。

生徒さんに、この文章を読んでいただき、感想を聞いてみました。

AさんとBさんは「意外性があって面白い」と言うのですが、Cさんは違いました。

「意外性はあるけれど、私はほのぼのとした結末が好きなので、最後の部分は余計だと思います。意外性よりも人間らしい温もりのある物語が好きなんです」と言うのです。

僕もそう思います。大した意外性もないのに無理矢理に文章を作ってみせるのはどうかと思います。

僕はカルチャースクール講師を2013年から10年間やっていますが、生徒さんが僕の指摘を素直に聞いてくれるのは稀です(笑)。ほとんどが疑問に感じて3ヶ月から1年ほどでやめてしまいます。僕はそれでも平気です。「価値がないもの」にお金を払うことほど無駄なことはありませんからね。

僕以外の、他のカルチャースクールの文章講座では「講師が文章を書いてみせることはほとんどない」と聞きました。原稿がお金になる大作家ならばわかるのですが、僕同様にそこらへんのおっさんが講師を務めている講座でも講師は自分の文章を見本として見せないようです。

そういえば、小、中、高、大という学校の教師たちも自分で書いた作品を見本としてはいませんでした。教える立場の人たちはどうして自分の書いた(描いた)モノを見せなかったのでしょう?教える立場であるならば、まず、自分の書いた(描いた)モノを見せて、自分力の優劣を見せるべきだと思っています。

次回の講座で生徒さんたちが書いてくる作品を読むのが楽しみです。


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