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キムギドク「人間の時間」

昨年12月11日にキムギドク監督が、移住しようとしていたラトビアで亡くなった。新型コロナウイルスに感染して現地の病院に収容されていたそうだ。「嘆きのピエタ」とオダギリジョー主演の「悲夢」しか観たことがないが、救いようのない“ただ衝撃的”な内容に嫌悪したのを記憶している。ただし、それなりの映像作りの専門家としての美意識はあったのだ。

そのギドク監督の「人間の時間」をWOWOWで観た。救いようのない内容と、素人学生監督が作ったような美意識の無い演出に映像は全盛期の面影は皆無だ。

ただただ、主役を演じるアダム役の藤井美菜さんだけがいい。ちなみに特別出演のオダギリジョーは真っ先に殺されてしまうので良い悪いもない。

内容は、老若男女が、古い軍艦にクルーズ旅行をする(そんなバカなクルーズがあるのか?)。乗客は政治家、ヤクザ、様々な職業の人間たちである。海上を進む軍監の中で政治家(イ・ソンジェ)に命じられたヤクザたちがタカシ(オダギリジョー)とイブ(藤井美菜)カップルを襲い、タカシを殺しアダムを強姦する。艦内は政治家とヤクザたちによって人間としての秩序を失っていく…。他のカップルも襲撃され、女性は犯され男性は暴行されてしまう。ちなみに政治家の息子はアダムといい、チャン・グンソクが演じている。役名からわかるようにアダムとイブのお話である。

そんななか軍艦は雲の上にいた。空中を浮遊しているのだった。宣伝コピーに「ギドク史上最も不穏で過激なファンタジー作品」というフレーズがあった。ファンタジー??? これはファンタジーとは違う、一種のホラー映画だろう。

非常時に表出する人間の本能(性欲と食欲。隔絶された世界であるから金欲はない)は、政治家とヤクザという“力を持つ者”に制御されてしまう。まさに人間社会の具現化である。隔絶された軍艦上で展開されるのは、食料を得るための暴力である。ディストピア(反理想郷)というのだろうか?新型コロナ災禍の中でも常に安定した収益を得るものは政治家と、膨大な内部留保を蓄えた大企業である。

ここはいい。こういった主旨を上手に美しく表現してもらいたかった。

ラストは、ああなるほどなと思える。イブとその息子が過ごす樹木に覆われた軍艦上の理想郷も、いずれは人間の本能によって地獄と化してしまうのだろうか?

「この世のきれい事は一切信じてはいけない」そんなギドクの声が遙かな黄泉の国から聞こえるようだ。


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