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小野直紀さん×嶋浩一郎さん×上阪徹さん「僕らはこうやって会社を使い倒した」刊行記念イベントレポート(上)

こんにちは。株式会社DISTANT DRUMSという広告のプロデュース会社でプロデューサー/プランナーをしています、清水 邦一と申します。

去る2月15日(金)に下北沢のB&Bで、博報堂monom代表の小野直紀さんが出版した『会社を使い倒せ!』刊行記念イベントの第3段が行われました。とても素敵なイベントで、多くの学びを得ましたので、是非みなさまにも内容共有したく、レポートしてみたいと思います。

『会社を使い倒せ!』は昨年の12月20日に発売された書籍です。

刊行イベントは今回で3回目になるようなのですが、そのゲストがすごい!

第1回はIT批評家:尾原和啓さん、第2回は幻冬舎の編集者:箕輪厚介さん、そして第3回は博報堂ケトル共同代表:嶋浩一郎さん!!更に第4回は株式会社GOの三浦崇宏さん!!!

このメンバーとイベントを開催できる小野さんってどんな方なのか、とこれだけでも期待をしてしまいますが、今回は本の内容をネタバレしない程度にお話しつつ、イベント内容を中心にご紹介したいと思います。

小野直紀さんプロフィール:博報堂入社以来、広告、空間、デジタルと幅広いクリエイティブ領域を経験する中で、多数のプロダクト開発業務に従事。2015年に、プロダクト開発に特化したクリエイティブチーム「monom」を設立。設立から1年でスマホ連動のボタン型スピーカー「Pechat」(ペチャット)を開発し、博報堂初のデジタルデバイス販売事業を立ち上げて話題に。また、手がけたプロダクトが3年連続でグッドデザイン・ベスト100を受賞した。社外ではデザインスタジオ「YOY」(ヨイ)を主宰。その作品はMoMAをはじめ世界中で販売され、国際的なアワードを多数受賞している。2015年より武蔵野美術大学非常勤講師、2018年にはカンヌライオンズのプロダクトデザイン部門審査員を務める。2019年に博報堂が出版する雑誌『広告』の編集長に就任。

下北沢のB&Bは、ビール片手に読書を楽しむことのできる本屋なのですが、このイベントも著者とゲスト自らがビールを飲みながら、和やかな雰囲気で行われました。*モデレーターは、構成も担当しているブックライターの上阪徹さんです。

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嶋さんに聞く:会社の使い倒し方とは?

嶋さん:朝日新聞に出向して『seven』の編集ディレクターをしたり、小山薫堂さんとワインを作ったり、、、自分的には博報堂のためにやっていたつもりでしたが、そんな過程を通じて、いろんなコンテンツを作る仕事に携わってきました。

上阪さん:嶋さんは博報堂ケトルという会社を経営されているわけですが、その成り立ちを教えてください。

嶋さん:ある日、役員から呼ばれて「会社を作ってしまえば」と言われまして、、、僕は即決で「やります!」と返事をしたんですけど、一緒に呼ばれた木村*は「少し考えます」と言っていました(笑) *共同代表の木村健太郎さん

小野さん:嶋さんは僕の会社の大先輩で、”広告っぽくない広告をする第一人者”です。僕が博報堂に入社したときから、「会社を使い倒し」てた大先輩で、本屋をつくったり、雑誌を出版したりと、縦横無尽に好きなことをやっている印象です。そういったことを最初にやるって本当にすごいことです。(以下、敬称略)

嶋:(「広告っぽくない広告」っていう意味でいうと)博報堂ケトルという会社の社是は「恋と戦争は手段を選ばない」なんですよ。得意先や社会の課題を解決するために、あらゆるコミュニケーションの手口をニュートラルに発想していく、「合法なことは何でもやっていく」というスタンスですね。

TVCMとPRについて

嶋:(僕はケトルの前はPR局にいたわけですが)PRは新しい概念を世の中に定着させていく仕事。わかりやすい手法はパブリシティですが、多くの人はパブリシティ=PRだと思っています。PRの中にもいろんな手法があって、例えば学会を作ってもいいし、ロビー活動をしてもいい。パブリックリレーションはニュートラル、手段を選ばないでいいんです。

広告代理店の中にいると、何故かTVCMとかを作っている人が偉いという風潮があって、僕は「もっと世の中を動かす手法はたくさんあるのに」と、ずっと思っていました。そんな想いを持って30代になると、広告も含めて全ての手法を使えるようになりました。

上阪:(博報堂ケトル的な手法は)メインストリームにいなかったからこそ、出来たんでしょうか?

嶋:僕ね、端っこ大好き、辺境大好きなんですよ(笑)。自分がメインストリームになっちゃっているのは良くないと思っている。メインストリームは、危ない危ない(笑)。全てのイノベーションは「辺境」から生まれてくるものではないでしょうか。

PR局からCDに

上阪:嶋さんは(辺境と言われる)PR局からCDになった最初の人?

嶋:そうですね。何でPR局のディレクターがうちのスターデザイナーとかをディクションしているんだ、と言われたこともあったんですけど、うちの会社の凄いところが、ある日、会社に行くと自分の机の上に、クリエイティブディレクターの名刺が置かれていまして。この解決方法すごいなと(笑)。逆にいうと、絶対に「この辺境を出ないほうがいい、メインストリームの行列に並ばなくていい、並びたくない。」と思いましたね。

小野:僕は2008年という、まさにソーシャルメディア元年に入社しました。空間プロデュースの部署に配属になって、メインストリームではなく辺境と言われるような部署で、最初はガッカリしたんですが、そこで「今の広告は過渡期だから、リアルなコミュニケーションが重要だ」ということを上長に教えてもらいました。確かに、当時のカンヌの傾向としても、リアルに振ったものか、デジタルに振ったものか、もしくは統合したものかというものが混在しているような時期でした。

転局試験を受けて、コピーライターになり、その後にmonomを設立するわけですが、回り道をすることで視野が広がり、今に繋がったように思います。

上阪:辺境だと、社内で居心地が悪くないですか?

嶋:もちろん嫌なこともあって、偉いクリエイティブディレクターがいる会議とかに行くと、毎回CMのコンテとかコピー、プロモーション、デジタルとかPRのアイデアを全部自分で考えて持って行きました。そうすると、「なんでお前がコピー書いてくるわけ?」とか言われるわけです。そういう時代もありました。

小野:でも本当に、嶋さんがそういうことを全部やってくれたから、今ではコピーライター以外でもコピーを書くし、CMも考えるし、CDになるのも、CMを考えている人以外がなることが凄い増えたんですよね。

本屋(B&B)の経営について

嶋:高度経済成長期は役職をたくさん作ると儲かったんです。ソーシャルメディアが流行ったらソーシャルメディアプランナーとか。ずっとそういう肩書きに囚われる仕組みに疑問を感じていて。今、本屋を経営しているわけですけど、今時本屋経営するの、すごく難しいんですよ。

本って売っても22%の利益。でもビールの利益率はもっと高いわけです。そうするとこの時代にどうやったらいいかなと考えると、ビールを売ったりとか、イベントを仕掛けたりとかしています。

でもそれって、イベント屋をやりたいわけでもビールを売りたいわけではない。ビールを売ったら気分良く本を選べるかな、とか作家が毎日のようにイベントに来てくれたらその人の書いてくれた本が欲しくなるかなとか、結果としては利益も得れて、本が売れることをやりたいと思っているんです。

カフェを運営したり、イベントを開催する本屋もありますが、飲食業のプロやイベントのプロを雇っているケースが多い。でも、そうするとカフェの運営やイベントの運営をするという発想になってしまう。うちの本屋は書店員がビールも売るし、イベントもやるところが違います。そうすると書店員さんに、・何で私がビールのサーバーをメンテナンスしないといけないのか・何で年間500回イベントをやらないといけないのかと言われたこともありますけど(笑)全ては本を売るためで、今、7年間連続で黒字を出しています。

何が言いたいかというと、課題解決という意味では、本を売るということに対して、やれることを全てやる。本屋っていう肩書きに囚われずに、マルチタスク発想でやっていく。本来仕事って目的達成のために、手段を選ばなくていいっていう発想なんですよね。こういう発想は辺境にいたからこそできた、辺境にいたのはチャンスだったかもしれませんね。

小野さんが始めたものづくり

上阪:小野さんはせっかくコピーライターっていうメインストリームに転局したのに、また出ちゃうんですね。辺境で、ものづくりっていう全然違うことをやっちゃう。これはどういう流れなんでしょう?

小野:言葉っていうものが、広告を作るだけではなく、何かを作る、発信するときにすごく重要なファクト、エレメントだという実感を持ったので、技術として欲しいと思いました。僕は本とか全然読まないので、「文字」とか「言葉」とかを避けてきた人生だったんですが、全く自分に無いもの、を0から手に入れるっていうことは、得しか無いはずだし、意味のあることだと思ったので、3年間はしっかりやろうと思って、やりきりました。

一方で、YOYっていうデザインスタジオを作って、ミラノサローネとかのデザイン見本市に出展して、みたいなことを全く同じタイミングでやっていました。コピーライターものづくりを並行して進めていました。

PEEL:壁の端がめくれ、そこから光が漏れているように見える照明。有機ELを用い光源を極限まで薄くし、電源コードを壁の隅に沿わせて目立たなくした。裏側の穴にフックを引っ掛けて壁に設置する。


嶋:マルチタスク的にここまで仕事を並走してやるのって、本当に大好きで、”なんか電車が10本くらい同時に走っているのを見ると興奮するんですよね”

小野:ふふふ(苦笑)

嶋:ある仕事はイベントやってて、ある仕事はTVCM作ってて、ある仕事は編集物作ってて、ある仕事は本屋やってラジオ番組作るみたいな、そんなことをすることに凄く快楽を感じます。仕事も5個くらい同時に走ってると、ここでコケたアイデアはこっちで使えるな、とか・・・ホントにさっきも言いましたけど、会社に与えられた肩書きだけに縛られちゃうと本当に損というか、好き勝手やればいいと思うんですよね。

上阪:そこでいうと、小野さんは広告代理店でものを作るって通常ではありえないこと、辺境をもはや突き抜けちゃった感じですけど・・・

小野:コピーもものづくりも好きでどっちもやっていたんですけど、会社に入って、なんか、得意先の課題解決をするってことに凄く嫌悪感を持っていて。デザイン=課題解決とか、CR=課題解決という目的設定が当たり前のようにされていて、でもデザインとかCRってそれだけじゃないんじゃないか、という思いはありました。

一方でYOYっていうのをやり続けていると、ミラノで賞をとって、そろそろ会社をやめるんじゃ無いかって言われ始めたときに、課題解決じゃ無いもの、自分の内発的なものから作るものづくりに少し飽き始めていました。

そのときに自分で持っている、「ものを作る」っていう職能と、「世の中」みたいなことを掛け合わせたいな、と思ったんです。広告って何かというと、結局世の中をみて、世の中の人にどう動いてもらうか、感じてもらうかっていうのを考えることなので、デザインが好きな人だけじゃなくて、世の中の人に対して何かを届けたい、と思いました。それで、コピーライターとプロダクトデザイナーの掛け合わせって面白いんじゃないかって思ったんですよ。それが閃いた瞬間に、プランが閃いてしまって、躁状態になって、それをどうやって実現するか、ということで、プロダクトデザイナー/コピーライターっていう名刺を作りました。

でもそこで、博報堂がなんで物を作るの?、って当たり前のように言われるので、じゃあそこに向き合おう、と真剣に向き合おうと思って、博報堂の人や辞めた人、全然関係の無いコンサルの人に話を聞いて回りました。

その上で、博報堂の中でmonomっていうチームを立ち上げようということにしました。でも、全くそのときは予算もないし、誰も立ち上げてくれと頼んできたわけでも無いので、勝手にやり始めた、本当に勝手にやり始めた、というのが始まりでした。

(中編に続く)



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