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ジンジャーハイボールと彼 18 〜新しい感情〜

 

 さっぽろ駅近く、東急百貨店のテラスでリゾートビアガーデンが開催されていた。 
 リゾート地をイメージしたおしゃれな雰囲気で料理もそれなりのものが出るだけあって、通常のビアガーデンよりお値段が高めに設定されている。人気があるのは明らかだった。

 日下部さんと伊藤さんが先に席をとっておいてくれていた。

「香澄、こっちこっち!」

 伊藤さんが笑顔でこちらに手を振る。横の日下部さんも笑顔で軽くこちらに手を振っていた。
 
 私も笑顔になった。
 今日はお気に入りのアクセサリーを付けてきた。ポーチにいつも常備しているものだけど、ここぞという時に使うようにしていた。
 
 
「いやいや、一時はどうなるかと思ったけど。結果、うちの生徒じゃなかったんだよ」

「え、どういうこと」
 香澄は前のめりになって聞いた。

「他校の生徒が殴り合いの喧嘩をしてて、それを見かけたうちの生徒が警察に連絡したんだ。現場にいたから、事情聴取でうちの生徒も警察に行くことになって」

「え、それで伊藤さんや日下部さんも動くのはおかしな話ですよね」

 教員の顔からおどけた雰囲気に変わった二人は目を合わせて少し笑っていた。

「それがさ、教頭が焦ってうちの生徒が暴力したって勘違いしたんだ。それで、担任の俺と生徒指導部の伊藤に動くよう指示がはいって」

 伊藤さんはビールを一口飲むと上手いと言いながら。
「いつも少し抜けた教頭なんだよ。さすがに温厚な校長も怒ってましたよね」
 二人は爆笑していた。

「いや、気の毒だけど笑えたな。教頭は憎めないんだよ」
「先輩、笑いをこらえるために変な咳してましたよね」
 二人はその後も笑いが止まらない様子だった。
「まぁ、うちの生徒じゃなくて本当によかった」
「本当、よかったね。そのお陰でまた四人で飲めてるし」香澄は笑顔で伊藤さんに向かって言った。


 今日は私の隣は香澄だった。前回は珍しく日下部さんが隣だったけど、プライベートゾーンに長時間入られても嫌悪感はなかった。

「ところで、香澄たちはこの夏に旅行とか行ったの?」
「あ、俺らはニセコに行ったよ!木原さんは?」
「ニセコ良いですね。私は実家に帰ったのでそのときに地元の友達に会ったり、あとは大学時代の友達と久しぶりに集まりました」
 香澄はアヒージョを口にし、火傷しそうと言いながら私の話に反応した。
「そうそう、大学の子らと集まったね」 

「俺も大学のやつらと海行ったよ。あっ、そうだ。実は俺の地元で花火大会があって、雨降ったから延期になったんですよ。四人で行きません?田舎だと生徒に会わないだろうし」

 
 花火大会かぁ、このメンバーだと疲れなさそうだな。行きたいけど、香澄たちは二人で行く方が良いんじゃ・・・。
「えっっ?!」
 
「百合、どうしたの?」
「あ、いやごめん。なんでもない」
「もう、びっくりさせないでよ」
 
 驚いた、このメンバーで花火大会に行きたいと思うなんて。
いつもは面倒だなとか、気を使うから疲れるなと思うのが常なのに。行きたいんだ・・・。

 
「そうだな、せっかくだから行きたいな。伊藤の地元はけっこう田舎だから楽しそうだし」
「おお、先輩の浴衣姿が見られますね」

「いや、浴衣持ってないから」
 日下部さんはポテトを口にして軽く言い返した。

 伊藤さんは楽しそうな表情で日下部さんに顔を近づけていた。
「俺もこれから買うんですよ」
「学生気分かよ」
「いや、大人気分ですよ」

「私たちも浴衣着るから、着てくださいよ」
 うわ、それは面倒だな。動きづらいし、髪の毛結うのもしんどい。
「先輩も、木原さんの浴衣姿見たいですよね」
 
 ちょっ、伊藤さん余計なこと聞かないで!
「ああ、木原さんは似合うだろうね」

 
 その日、どう帰ったんだろうか覚えていない。
 最後に嬉しすぎることが聞けたことだけは覚えている。
 
 そして、伊藤さんと日下部さんが浴衣をネットで購入している前で香澄と何か話をしたけど、何を話していただろうか。
 
 
 そうだ、バックの中でも整理するか。
明日から五日間の遅れた夏季休暇だけど時間を無駄に使わないようにしたかった。
 
 明日の香澄との予定は伊藤さんの仕事がなくなったことで、当初の予定通りに二人はデートすることになった。
「明日、明後日はゆっくり過ごすか」
 
 
LINEが届く音が聞こえた。
「・・・え!日下部さん!」

“明日から遅れて夏季休暇って言ってたよね?もし予定が空いていたらどこかで例のスマホケースを渡せたらと思って”

 木原はかなりの速さで返信した。
“明日・明後日は空いてます!”
 少し速すぎたかな、速すぎて気味悪がられないかな。

“ちょうどよかった。どちらも時間は作れるから。木原さんに合わせます。せっかくなので、ご飯でも行きますか?”

「ご飯!!行く!」
 リビングにインテリアとして置いている鏡に映った自分が見えた、驚くほど滑稽な顔をしていた。

 少し落ち着こう、冷静さに欠けている。
でも、ご飯にまで誘ってくれるなんて。日下部さんも私と似ていて人をあんまり信用しないタイプだよね。

 初めて会ったときは、背が高くて整った顔立ちなのに暗い影があって、表情もなんかあんまりパッとしない人だったから警戒していたけど。
 香澄の話を聞いていると、最初の印象と違って遊んではいない人のようだし。
 
 イベントで最初に出会った、お互いがわからない状態の時は、生き生きとした素敵な表情で話しやすくて良い人という印象だった。

「ああ、でも最近は変な暗さというか陰湿な感じがしないな。・・・ああ、きっとアナウンサーと上手くいったからだ」
 夜の独り言は止まらない。悩んでいる時ほど止まらない。

 でも、じゃあなんでご飯に誘うの?ただの推し活仲間として?
 
 
 
 日下部は、ソファーでペットの犬とじゃれ合いながらテーブルの上にあるスマホが気になっていた。

 返事がこないな。

 さっきまで即レスだったのに。食事に誘ったのは間違いだったか。もしかして、スマホケースを理由に連れ出そうとしていると思われたか。
「誘わない方がよかったか」

 こんなの久しぶりで、どうやって上手く誘っていたか思い出せない。

「いや、これはただ単に休みの日に来てもらうのが申し訳ないからなだけで。せめてご飯を奢ることでwinwinという」

 ・・・いや、俺がケースをプレゼントして奢ってだとwinwinではないな。

 
 LINEが届いたようだった。
日下部はすぐに確認した。

“お昼、ご一緒したいです!” 

 「良かったぁー」

 ペットの犬も気持ちが通じたように、足元で尻尾を振っていた。

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