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戦闘服からヘッドセットへ 26 ~熊虎コンビ~





~上杉の決意~



  莉理が、長期休暇を終えて出勤するまで、あと2日。

 上杉は、横尾と食堂で遅いお昼を食べながら莉里の事を考えていた。夏に社食で定番となる冷やし中華を口にし、なんら変哲のない定番の味にいつもと変わらない食堂で、上杉の心だけは落ち着く事が出来ずにいた。
 上杉は深いため息をついた。
「なんで、横尾も莉里ちゃんの事を詳しく知らないんだよ」
「いや、続けるとか辞めるとか、人事もですけど。基本的には本人から聞かされないと分からないですよ。・・・人事なんて、基本的に発表されるまで他言無用ですから」
「・・・そうか。本人が出勤するまで、辞めるかどうか確実には分からないか」
「そうですね。ただ、坂口さんが長期の旅行に行くのって、いつも秋なんですよ」

 社内の家族持ちは、子どもの夏休みに旅行へ行く人が大半であった。
 そのため、子どもが夏休みのシーズンは人手が減り、独身者は確実に出勤となる。莉里も職場の事を考えて夏は稼働し、秋に長期休暇をとっていた。

「それが今回は、秋じゃなく夏に長期休暇なので・・・。辞めるのは濃厚なのかな」
 上杉は浮かない顔で聞いた。
「旅行中に、本人にLINEで聞いたらヤバいよな?」
 横尾は一瞥し、眉間に皺を寄せながら答えた。
「絶対やめた方が良い!嫌われますよ」
「だよなぁ」
「旅行中に、仕事の話なんて振られたら、萎えます。空気読みましょう」

 今度は上杉が横尾を睨み、唸るように答えた。
「わぁかってるよ!冗談だから、それ以上言うな」

 そこへ、新藤がBランチを載せたお盆を持ち、また何か始まったとでも言いたそうな表情でこちらへやって来た。
「2人、声大きいね。丸聞こえだよ」
 新藤の座る姿を見ながら、2人は何も言わずにいた。
「上杉さん、気持ちはわかりますけど。そんな事したら、嫌われますよ」
「新藤まで言うなよ!正直な気持ちを、横尾の前だから言っただけで、本気じゃない!」
「本当かなぁ」
「怪しいもんだよな」
 と2人は少し笑みを浮かべて、上杉を見た。

 そこへ、佐々木が蕎麦をお盆に載せてやって来た。
 夏の暑い季節による薄着のせいか、佐々木の若い頃から鍛え上げられた上半身は、それほど小さいサイズのTシャツでなくても浮き彫りとなっていた。
「おう、虎、荒れてるな。坂口さんの事か」
「なんだよ、熊さんも責めるのか。俺を見くびるなよ、昔とは、違うんだから」
 佐々木は拗ね始めた上杉の顔を見て、笑った。

「お前、色々考えて心ここにあらずなんだろ。・・・今日、飲みにでも行くか?」
 佐々木の提案を聞くと、3人のは表情は和らいだ。どうやらその場にいた皆が、同じ気持ちのようだった。
「良いですね!夏だし、飲まないとね」
「僕も、毎日暑くて、ずっと飲みたかったんですよ」
「なんだよ、みんな飲みたがりだな。仕方ねーな、行くか!」
「何言ってんだ、お前が一番、一人でいたくなかったんだろ」
 上杉は本音を言い当てられた事に、なぜか嬉しそうな顔をしていた。



「さかぐっちゃんはさ。もしかしたら、教員にもどりたいんじゃないかな?ここが楽しいとは言ってたけど。やっぱり教師に、って思いが、あるんじゃないかな」
 いつもの居酒屋の、子上がり席で、4人はすでに3杯目のビールを口にしていた。
 横尾は上杉の話を聞きながらも豚の串を頬張り、味を堪能しながら答えた。
「そうですかね、仕事以外の話はあまり莉里さんから聞かないんですよね。基本的に聞き役に周る人だから。瑠美さんなら聞いてるかな、と思ったけど、最近はあんまり2人で飲みに行ってないって言ってました」
「瑠美の奴は、三平と会うのに忙しいだろうな」
 嫌味そうに上杉が言うと、周りも納得の顔をしていた。

 新藤はイカ焼きが噛み切れないのか、口をしきりに動かしながら声にした。
「まぁ、まだ決まった訳じゃないし。辞めるとしても、年内はいるでしょ。教員って4月からですよね」
 佐々木は店員に日本酒を頼んでいたが。新藤の話を聞き、斜め上を見つつ何かを考えているかのようだったが、思い出したように声にした。
「いや、どうだろうな。産休や育休の代替えだと、臨時教員としていつからでもあるぞ。ぜんぜん、再来月から急にとかもあり得る」
 上杉は、顔の表情が能面のようになり止まってしまった。
「いやいや!だとしたら、さすがにASVの僕らには教えてくれるんじゃないかな」
「いやぁ、どうだろうな。莉里さんの事だからぎりぎりまで教えてくれないかもよ」
 佐々木は、上杉の方を見ると肩を抱いた。
「虎、逆に良い機会かもしれないぞ」
 上杉の顔は変わらなかった。
「お前、言えなかった気持ちを、伝えられるきっかけになるだろう」
「そうだよ!」
「確かに、それはある」
 ASVの二人は、上杉を鼓舞するかのように煽った。

 上杉は、佐々木を見て言った。
「勇気を出せと?」
「それしか、ないだろう」

 上杉は、いつもの顔にもどっていた。胸の前で腕を組み、一点を見つめて言った。
「・・・そうか、そうだよな。いや、本当は作戦があったんだ」

 皆が上杉を見ると、首の後ろを掻きながら照れくさそうに話した。
「いや、俺がさ頑張って。ASVかSVになったら、言おうと思ってたんだよ。でも、まだまだ先だし」
「それはそれで格好良いけど」
「今はもうそんな事も言ってられないですよ」

 佐々木は、新たに届いたビールを上杉に手渡した。
「虎、とにかく。今日は飲め!」
「今日は、勝負に向けての勢いづけ飲み会ですね」
 上杉は覚悟を決めた表情をした。
「よぉぉし!言うぞ!」

 上杉の喉元をビールが潤す、空になったジョッキがテーブルに置かれると大きな音が響いた。


~熊虎コンビ~



 気づくと、居酒屋の閉店時間まで、あと一時間となっていた。
 横尾と新藤の二人は明日も休みではないため、すでに帰宅していた。残る熊虎コンビは、久しぶりにゆっくりと向き合って語り合い、良い具合に酔いがまわっていた。
 佐々木は日本酒をちびちびと飲み、上杉はすでに三杯目のゆずハイボールに突入していた。
「虎は、酒に強いな」
「そういう、そっちも」
 上杉は、そう言いながら胡瓜の漬物を口にした。
「熊さん知ってるか?十条さんが、実はたまに俺らの電話対応を聞いているらしいよ。あんな上の立場なんだし、聴く必要ないのに」
「ああ、らしいな」
「十条さんが言ってたらしい。熊さんの対応を聴いて、クレームの客を味方にかえる天才だって。・・・すごいな」

「何言ってんだ。味方じゃない、恩返しだよ」
「恩返し?その客と面識はないだろうが」
 佐々木は、おちょこの日本酒をぐびっと口にし、言った。
「ここに来たきっかけも、辛かった時代に光を感じたのも。ここのオペレーターのお陰だからな」
「ああ、まぁ。・・・いや、理解できん!」
 そう言われ、佐々木は小さく笑った。

「お前の電話対応も、新人研修で参考になる対応として聴かせてるんだってな」
「ああ、そうそう。信じられないよな」
 上杉は嬉しさを隠せないのか、口元が緩んでいた。



「本当に、その通りだ。昔のお前なら、お客に『何回言うと、理解するんでしょうか?』って言って、横尾に止められてたな」
 二人は思い出し、爆笑していた。

「それに、クレームの客の対応練習で。『店舗のクレームは店舗に行って言え!って伝えます』とかASVに言って、クビになるぞって言われてたな」
「うわ、確かに。俺、やべー奴だった」
 お客の少なくなった店内に、二人の楽しそうな声が響き渡っていた。

 アルバイトかと思われる若い店員は、閉店が近いからか、店内を清掃し始めた。

「すぐに辞めると思ったが、本当に努力して続けたな」
 上杉は、佐々木の優しい視線と声から、心が洗われる気がした。
「なんだよ、照れるな」
「本気だよ。・・・ところで虎、お前、前に言った事、覚えてるか?」
「え?」
 佐々木は真っすぐな目で、上杉を見ていた。

「上に上がりたいなら、黙って結果を出す。そして、最後に勝てって」
「ああ、もちろん、覚えてるよ。背筋がぞくぞくした。でも、・・・それが一番難しいな」
「お前は、単純で血の気が多いから、気を付けないと足をすくわれる。とも、言ったが」
「ああ」
 上杉は、痛い所を突くなと感じていたので、否定はしなかった。

「それ以上に、自分で自分を潰す可能性があるかもなぁ」
「あ?」
「どんなに上手くいっても、謙虚と感謝を忘れるんじゃないぞ。俺の周りの傲慢な奴は大体これで消えた。・・・まぁ、俺自身にも当てはまるんだろうな」
 最後は、自分を戒めるかのように呟いていた。
「なんだよ、熊さんが失敗して得た教訓か?」
「まぁ、そうだな」

 最後に佐々木は、にっこり笑った。
「お前が、リーダーになって、スーツを着て活躍する姿を早く見たいな」
 上杉は照れくささを隠そうと、酒を口にした。
「馬鹿言え、その前にクビになるかも知れないだろ」
 そう言いながら、佐々木のおちょこに日本酒を注いだ。
「まぁ、でも。見てろよ熊さん。熊虎コンビって馬鹿にして来た奴らを、ぎゃふんと言わせてやろうぜ」
 佐々木は、今日一番かと思われる嬉しそうな表情をした。
「ふふ、いつになるかなぁ」

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