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漫文駅伝特別編 『アル北郷人生挽歌~続きを待てずに』㊴ アル北郷

「北野武監督最新作『首』。カンヌに登場!」
「北野武監督6年ぶりの新作『首』。カンヌで熱狂的スタンディングオベーション!」

ここのところ、ネットニュース。ワイドショー。ツイッターなどのあらゆるメディアから、カンヌ映画祭へ参加している師匠の情報がガンガン入って来る日常に、わたくし、やたらめったらワクワクしています。

いつだって、師匠。いや、殿。いやいや、北野武監督の最新作は胸が高鳴り、こちらの気持ちを大変豊かにしてくれるのです。
そんな、カンヌのレッドカーペットを悠然と歩く監督のお写真を拝見しながら、「この方と二人っきりで、寿司を食べたことがあるんだぞ、俺」と、少しばかり間違った優越感に浸ったりもしています。
しかし、『首』、日本での公開が楽しみでなりません!
(公開日は11月23日・わたくしも出ております)

で、このような映画祭での誇らしき殿の姿を見るたびに、必ず思い出す夏があります。今回はそんな、「あの夏、一番驚愕した海」について書かせて下さい。

あれは2008年、北野映画14作目『アキレスと亀』が、第65回ヴェネチア国際映画祭のコンペティションに選出され、北野組御一行が、7月末から開催されるヴェネチア映画祭へ参加する事が決まった夜のこと。

その日はいつものように、夕方から稽古場で殿と若手数名にて、タップダンスの稽古を2時間程こなした後、わたくしが作る、大根を丸々一本すりおろし、それを塩ちゃんこ鍋の上にどさっとのせる、‘‘アル北郷お手製・『真っ白な雪鍋』‘‘をつつきながら、お酒を頂き、ちょっとしたミニ宴会を開催していた時の事。
その日の話題は自然と、‘‘つい最近完成したばかりの「アキレスと亀」‘‘の話になり、殿はそこで、
「よく考えたら、お前も映画に出てるんだから、ヴェネチア来るか? 寝る場所ならよ、俺のホテルがどうせスイートで、ベッドルームが三つぐらいあるから、そこに泊まればいいだろ」と、恐ろしくワクワクする提案をいきなり放り込んできたのです。
この「どうせスイートで・・・」といった言い回しが、わたくし的には、実に殿らしいなと。
それはさておき、殿の先の発言に、一気に酔いが覚め、現実的思考になったわたくしは、このタイミングを逃がさんとばかりに、「殿、本当に行っていいんですか?多分、僕なんかが行ったら、事務所の人間は迷惑がると思うのですが・・・」
と、すぐに浮かんだ、‘‘今そこにある懸念‘‘を口にすると、殿は、「俺が良いって言ってんだからいいんだよ!来ちゃえばいいだろ」と、なんとも頼りになる発言をかましたのです。

そんなこんなで、わたくしの気分はすでにヴェネチアであり、会う人会う人に、「僕、今度殿とヴェネチアへ行くんですよね」と、自慢する日々が続くと、あっという間に噂は広まり、そんな噂を聞きつけた、『アキレスと亀』に出演していた、
柳憂伶。お宮の松。マダ村越の3人が、「ならば、俺達だって行きたい!」と手を挙げ、結局4人で急遽ゲリラ的に、イタリアはリド島で開催される、『ヴェネチア国際映画祭』へ、勝手に押しかける旅が決まったのです。

で、早々に一番安い航空券を検索すると、最安値のコースは、成田~中国~ドバイ~イタリアと、ひたすら安い飛行機を求めて乗り換えを繰り返す32時間コースで、殿達が乗る、優雅な直行便と比べると、倍以上の時間がかかると知り、「だったら殿達より先に日本を出て、ヴェネチアで殿を待っていよう」となり、北野組御一考より半日程早く、日本を旅立ったのです。

で、長い長いフライトを経て、無事イタリアのマルコポーロ空港に到着。そこからリド島までは水上バスでの移動。
セルリアンブルーのアドリア海を眺めながら、
「ついに来たぜ、ベニス!」と、気分は最高に高まるばかり。

そんな水上バスの中は、パパラッチ風の一眼レフカメラを首から下げた外人達。映画祭を目的とした青い目の観光客などなど、祭りがはじまる空気がビンビンに漂っていました。

天気は良好。海から肌に当たる風も実に気持ちが良く、「今日の夜はきっと、殿と豪華なディナーか?その後はスイートルームでお泊りか?この旅、すでに言う事ないじゃないか!」と、やがてくる幸せな時を想像しては、アドリア海の空で鳴くカモメ達に、人知れずウィンクしたのをよく覚えています。

で、リド島に到着して、早々に北野組御一行が泊まる三ツ星ホテルの前へ出向くと、白人、黒人、アジア人などが入り混じった、パパラッチ、映画ファン、観光客、映画関係者などで、すでにホテル前は大変な人だかりで、ヴェネチア映画祭が、歴史ある国際的なものであると、はっきりと肌で感じました。
そんな人だかりに圧倒されながらも、殿のマネージャーに「予定通り先に到着致しました。今、ホテルの前にいます」と、メールにて報告すると、すぐさま返信が。
「お疲れ。丁度今、こっちもマルコポーロ空港に到着したところで、これから税関を抜けて、水上バスでリド島へ向かうから、なんだかんだで、後1時間ぐらいはかかると思う。着いたら連絡するから」と、すぐに返事が返ってきたのです。(ちなみにマルコポーロ空港からリド島までは、水上バスで30分くらい)

殿を待つ間、ホテル前の船着き場に、続々とスター達がやってくると知ったわたくし達は、長いフライトで疲れ切った体に鞭打って、船着き場がよく見える小さな橋の上へ移動し、パパラッチに混じり、船着き場にやってくるスター達を待ちわびたのです。
で、待つ事30分。明らかにパパラッチ達の動きが騒がしくなり、橋の上にどっと人が押し寄せ、一瞬でその場が騒然となったのです。
「誰だ?どこの大物だ?」
カメラのフラッシュの嵐の中の、眼下の船着き場を凝視すると、一艘のリムジンタイプの水上バスが到着。するとその
船の中から、ブラッド・ピットが顔を出したのです。

歓声が一段と上がる中、皆、ブラッド・ピットに手を振っている。つい興奮してしまったわたくしは、「ヘイ!ブラッド。ファイトクラブ、ミートゥー!ファイトクラブ、ミー、トゥー!!」と、訳の分からない言葉を叫んでいました。

ちなみに橋から眼下の船着き場までの距離はわずか5メートル程。こんなに近くで『セブン』で興奮した、あのブラッド・ピットを肉眼で見れるとは!やはりこの旅は最高じゃないか!と、今一度幸せな状況を確認。
おっと、お次はジョージ・クルーニーを乗せた水上バスが到着。またもやフラッシュの嵐。
「彼を最初に見たのは、タランティーノの『フロム・ダスク・ティル・ドーン』だっけか?」 
なぜか冷静にそんな事が頭をよぎる。で、ブラッドもジョージも、歓声をうけながらこちらに手を振り、屈強なボディガードに囲まれ、ホテルへ吸い込まれて行く。その後、良く知らないトルコ人の監督や、エチオピアのスターなんかがリムジンバスでやってきては、手を振っていた。そんなこんなで、気がつけばそろそろマネージャーから返信をもらってから1時間。いよいよ来るか?北野武監督の登場か?と、思った瞬間、イタリア人らしきかなり若い青年が、はっきりと分かる発音で、「タケシ!キタノ!!」と、叫んだのです。
すると、ブラッド・ピッドの時よりも多くのパパラッチが集まりだし、一斉にカメラを船着き場に向けると、すぐに一台のリムジンバスが入って来る。
居た!来ました!リムジンバスに乗った殿が、船着き場に入って来たのです。
湧き上がる歓声。フラッシュの嵐。が、殿はいつもの感じで、頭をぺこりとさげ、照れた笑顔でこちらに手を振る。そして、橋の上の、わたくし達貧乏旅団に気づくと、「なんだ、お前らホントに来たのか?」と言いたげな表情を見せたのです。

で、この時、なぜに殿の方がブラッド・ピットよりもパパラッチの数が多かったのか? 説明します。
5年連続でヴェネチア映画祭に参加している、日本語が達者なイタリア人のグレック君に聞いたところ、「たけしは『HANA-BI』でグランプリの金獅子賞と、『座頭市』で銀獅子賞を取ってるから、ヴェネチアでは誰よりも愛されている監督なんだ」と教えてくれたのです。なるほど!

とにかく、無事ヴェネチアの地で殿と会えたわたくし達は、一気にほっとし、疲れがどっと出て、人波からはずれ、みつけたベンチに腰をおろしたのです。

ベンチでぼーっとすること30分。スマホが鳴り、殿のマネージャーから着信が。
‘‘お、いよいよ来たな。さー早くホテルへ案内してくれ‘‘と、意気揚々と電話に出るわたくし。

マネージャー「北郷、お疲れ。監督が『あいつらほんとに来たんだな』って笑ってたよ。でさ、ちょっと言い難いんだけど、今年は例年になくホテルのセキュリティー厳しいのよ。ブラッド・ピットとかが来てるからだと思うんだけど。でね、さっき担当の人に聞いたら、予め登録してない人は、ホテルには入れないって言うのよ。
その事を監督に伝えたら、監督がさ、『それはまーしょうがねーな。じゃーよ、あいつらに言っといてくれ、とりあえずそういう事だから、お前ら、頑張って野宿せい!』だって。大丈夫?」

大丈夫なわけがない。わたくし、この時生まれて初めて、「ちょっと、聞いてないよ~!」と、心の底から、目の前にひろがるアドリア海に叫んだのでした。  

つづく。


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