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ヨガや合気道でコンフォートゾーンを抜けることが自己成長につながるリスキリング【元外交官のグローバルキャリア】

コンフォートゾーン、心理的な安全領域は、ぬるま湯のように心地よい。

愚痴を言い続けてもそこにとどまっているのは、そここそがコンフォートゾーンだからだ。安心して文句を言える場所。無くなる心配がない安全地帯。そういう人間関係すらある。勝手知ったる安堵できる居場所。
嫌なら離れれば良い、転職すれば良い。でも、それは慣れ親しんだ領域から未知の世界に飛び込むことになる。だからそこにとどまるコンフォートゾーンだ。

でも一度そこを抜けることを学ぶとその爽快感がクセになる。そこにとどまっていると、歳とともにどんどんその領域が狭まってくる気がする。だから私は定期的に、意識的にコンフォートゾーンを抜ける。

リスキリングすべし、とよく言われるが、新しいことを覚えるのは思い切りコンフォートゾーンから外れることになる。初心に戻るどころか、初心者になるわけだ。良い大人が初心者に戻るのは、正直なところ辛い。

それでも新しいことに挑戦するのは気持ちが良い。自分が情けなくなったり、冷や汗をかきそうになりながら緊張を強いられるけど、筋肉の一つ一つや脳細胞の隅々までに物理的な成長を感じられる。

世にも長い60分間のヨガクラス

10年以上初心者のままでヨガを続けていた。だがちょうど10年前にシカゴで、永久初心者を自認していた私がヨガ講師の認定を受けた。200時間のヨガ講習と実習と筆記試験の末に、勉強すると言うことを初めて学び晴れてRYT-200となった。

ヨガのポーズのサンスクリット名から効能、筋肉の働きや解剖学を覚えた。ヨガ経典を読んで仏教に通ずるヨガ哲学を議論した。サンスクリットでのお経のようなチャンティングを暗記した。

初めてのヨガクラスの実習は、自分の人生の中で最も長い60分間だった。逃げ出したくなるような、コンフォートゾーンの外にあった体験だった。

シカゴのヨガスタジオでの60分は、総理大臣官邸で外務省通訳の自分の声だけが響いていた時間よりも長かった。取材のテレビカメラが連なる、アメリカ大使公邸での通訳では動じなかった私がヨガクラスで緊張していた。

手足の動きと言葉と呼吸を重ねるのに脳のあらゆる部分を作動させた。10名前後の生徒の前でリードするクラスは、新米ヨガ講師の私の心拍数を上げた。呼吸法で気持ちを落ち着かせることを学んだというのに。 

初めて通訳をした時は、何もかもが初めてだった。社会人になりたて。初めての会議。初めての海外出張。全くの怖いもの知らずだった。まるで子供の頃にスキー板を履いて、恐れを知らずに雪山を滑っていたように。気が付いたら社内通訳として、どんな場面でのビジネス通訳が身についていた。通訳はスキー同様に5歳の頃からやっていた。それを仕事としてやり始めたまでのことだ。

大人になってからは、やり慣れている事とそうでない事の差が大きい。社内でプレゼンをするのも、100人の前でスピーチをするのも高校時代から取った杵柄でへっちゃらなのに、ヨガクラスをリードするのには頭の中が真っ白になった。四十(しじゅう)の手習とはよく言ったものだ。

クセになる爽快感

無事にクラスを終えて、生徒が笑顔で退室する頃には脳内を爽快感が巡っていた。ランナーズハイのような、脳内快感物質のエンドルフィンで満たされていた。コンフォートゾーンをアドレナリン満載で抜けた後で、クセになる感覚だ。

その時から、あの快感を味わうためにコンフォートゾーンを抜けることを課してきた。いつか歌を習ってみたい、とボイストレーナーに就き、オーディションを受けてシカゴの市民コーラスに参加しカルミナ・ブラナをプロと劇場で歌わされた。挙げ句の果てに職場の同僚の前で、ボイストレーナーの伴奏で一曲歌うまで。自宅のパーティーで歌ったこの時には、いつもは外さない高めのキーに半音届かなかった。「ハメたわね。」とトレーナーに言うと、「これぞコンフォートゾーンからの逸脱」と返ってきた。

合気道白帯

ヨガ講師の資格を取った10年後の今は、白帯を締めて合気道教室に通う。自分が情けなるくらい、両手両足の動きがちぐはぐだ。取れない受け身を取って、緊張させなくて良い箇所まで強張らせている。先生が丁寧に教えてくれても、力のぬき具合が分からなくて毎回身体も頭もくたくただ。先輩に指導を受けて、褒められて、励まされて、笑い飛ばしてなんとかなっている。

きっとそろそろ白帯無級から五級に上がる審査を受けなくてはならない。新たなコンフォートゾーンの逸脱の時が来たようだ。稽古開始30日を裕にすぎた私は、サボりサボり、マイペースで合気道を続けている。一教、入り身投げ、四方投げ、座技の呼吸法。これらを何度も練習しているが、身についているとは思えない。いざ審査となれば、これもまた世にも長い5分間となるのだろう。


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