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天使が通る(4人Ver.)

登場するもの 
堕天使
少女
右の靴
左の靴 

  


1.
屋上。天使が落ちてくる。  ひゅうーっ、どすん。

少女 こんばんは。

少女、堕ちてきた天使をちらっと見る。さほど驚いた風もなく・・・・ 手には靴を持っている。

堕天使 あ・・・。
少女 風、止みましたね。(空を見ている。)
堕天使 ・・・・
少女 ほんとに手回しがいいですね。
堕天使 …
少女 地下には葬儀屋さん、屋上には天使さん。
堕天使 葬儀屋?誰か、亡くなったんですか?
少女 まだです!
堕天使 ・・・・?
少女 でも・・・・。
堕天使 いいんですか?こんなとこにいて・・。
少女 あたしは、家族じゃないから。
堕天使・・・・・?
少女 彼のご両親とお姉さんが、今お医者様と話してます。 …脳が死んでしまったんですって。
堕天使 ?(よくわからない。天使には医学の知識がないのだ。)
少女 だけど、彼は、まだ生きてます。
堕天使 はい。
少女 だけど、今だったら、誰かに譲ってあげることができるんですって。  でもそのためには、今、おしまいにしなくちゃいけないんですって。
堕天使  はあ。
少女 わかります?
堕天使 ・・・・すみません。よく・・わかりません。
少女 わたしも。
 

 
少女 歩くのが好きな人でね。「遠くへ」行きたいんだって。
堕天使 とおく?
少女 ええ。
堕天使 ・・・・・・
少女 どこへ行きたかったんだろ。
堕天使 ・・・・
少女 どこへ行く途中だったんだろ。
 

堕天使 もうすぐ、とおくへ行くことができますよ。 
少女 彼は天国へ連れていかれるの?
堕天使 はい。たぶん。
少女 天国は天の上にあるのよね?
堕天使 はい。
少女 遠い?
堕天使 はい。とても。
少女 でも、歩いていくことはできないのよね。
堕天使 できません。


 
堕天使 あの・。たぶん・・勘違いされてると思うんですけど、あなたの彼を天国へ連れて行くのは僕の役目じゃありません。別の天使がもうすぐここへ来るんだと思います。
少女 え―――――――――――?!じゃあ、あなたここで何してるの?
堕天使 僕は、もう、天使の仕事をすることができないんです。こんな破れた羽では天へ昇ることはできません。
少女 あなたも・・死ぬの?
堕天使 いいえ。僕は天使ですから、死ぬことはできません。
少女 じゃあ、転職するの?
堕天使 そういうわけにもいきません。僕らの姿は人間の目には見えないんです。
少女 あたしには見えるわよ。
堕天使 大切なひとを見送ろうとしているひとの目には、一時的に見えるみたいです。
少女 ・・・・・・・・・・。どうするの?これから・・・・
堕天使 わかりません。

少女 どうしてあなた、靴を履いてないの?
堕天使 天使は歩きません。だから、靴を履かないんです。
少女 どうして歩かないの?
堕天使 飛ぶんですよ。翼がありますから。
少女 もう飛べないんでしょ。
堕天使 それは・・・・・
少女 歩いたことないの?
堕天使 ええ。
少女 道を、歩いたことはないの?
堕天使 ありません。
少女 もし…
堕天使 (遮るように)天使には、おしまいがないんです。
少女 ・・・・・・・・・・。
堕天使 歩き始めてしまったら・・・
少女 ?
堕天使 あなたの彼のように、どこかで止まるということができません。
少女 ・・・・・・・
堕天使 どこまでも、永遠に歩き続けることになります。

少女、しばらく考えている。
やがて、握っていた靴を天使の前に差し出す。

堕天使 えええええええええええええ・・・・? でも、この靴はあなたの彼のじゃ…
少女 あなたさっき言ったじゃない。彼は遠くへ行くんでしょ。だけど、歩いて行くことは出来ないんでしょ。
堕天使 ・・・
少女 履いて。

天使、おそるおそる靴を履いてみる・・・

少女 …そのファッションは意外と靴を選ばないのね。 なぜか、サイズもちょうどいいし。
堕天使 天使にはサイズがありません。
少女 便利ね。
堕天使 まあ・・。
少女 ね、これで歩けるでしょ。
堕天使 でも、天使が歩いて、どこへ行くんでしょう?
少女 どこへでも行けるじゃない。
堕天使 天の上へは行けません。
少女 いいじゃない。地面を歩けば。
堕天使 でも・・・・・
天使はしばらく何か考えている。

少女 遠くまで行けるかな?
堕天使 とおく?
少女 行ってきてくれない?
堕天使 … 
少女 その…歩かない方の天使が来る前に。

堕天使、一歩づつ、確かめるように道を歩き始める。少女はそれを見送っている。いつまでも、見送っている・・・・。

堕天使 もらった靴を履いて、僕は歩いた。
   あれからどれだけの時間が過ぎたろう。僕は歩き続けた。
   砂の上に、雪の上に、アスファルトの上に足跡を残して。
   地球はまるいので、どこまでもどこまでも歩き続けることができた。
   僕の姿は陽炎のようにはかなくて、風景の中に紛れてしまう。
   僕の足音はとても小さくて、かすかな音にも消されてしまう。
   自分で自分の姿を見失いそうになりながら、僕は歩き続けた。
   遠くへ向かって、歩き続けた。


3.遠くへ続く道
ゆっくりゆっくり歩くふたつの影

右の靴 ねえ、おとうさん。ずいぶん、長いこと歩いてますねえ。私たち。
左の靴 そんな長いか?
右の靴 長いですよ。
右の靴 私ら、どこから歩いて来たんでしょうね。
左の靴 そんなん…しらんがな。
右の靴 どこまで、歩いて行くんでしょうね?
左の靴 そいつはわかる。捨てられるまでよ。
右の靴 捨てられるんですか。
左の靴 当たり前や。いらんようになったら、捨てられる。
右の靴 捨てられたら・・・そのあとは、やっぱり、てんごくへ、行くんでしょうか?
左の靴 あほか。わしらはてんごくへは行かん。
右の靴 そうなんですか?なんでです?
左の靴 てんごくいうところは・・・・・・生きとったもんが、死んだときに行くところや。わしらは靴やから。靴は生き物やないから、てんごくへはいかんのや。
右の靴 そうですか。 靴は、てんごくへはいかんのですか。
左の靴 生き物にはたましいがあって、てんごくいうのは、死んだもんのたましいが運ばれてくとこなんや。
右の靴 私らには、たましいがないんですか。
左の靴 たましいは、ない。
右の靴 靴やからですか。
左の靴 靴やからや。
右の靴 てんごくはやっぱり天の上にあるんでしょうかね?そんなところへいったいどうやって運ばれていくんでしょうね?
左の靴 それは・・・てんしや。たましいを運ぶのはてんしや。てんしは空を飛べるからな。
右の靴 ふうん。
左の靴 わしらは、靴やから・・てんごくやのうて焼却場へ行くんや。
右の靴 焼却場へ行ったらその後は、どうなるんです?
左の靴 煙になって消えてしまうんや。
右の靴 何も残らんのですか?
左の靴 何も残らん。

右の靴、しばらく考えている 
 
右の靴 おとうさん。
左の靴 なんや?
右の靴 それまでは、いっしょに歩きましょうね。
左の靴 歩いとるやないか。
右の靴 おぼえてますか?初めて会った時のこと。
左の靴 う~ん。
右の靴 覚えてないのは、ずいぶん、ずいぶん、昔のことだからですよ。
左の靴 そうか。
右の靴 …私は、覚えてますけどね。

古いつぶれた靴を履いて天使は歩く
地平線を越えてどこまでもどこまでもどこまでも歩く
天使の足音はとても小さくて誰の耳にも届かない

古いつぶれた靴を履いて。天使は歩く。
地平線を越えて。どこまでも歩く。
天使の足音はとても小さくて、誰にも聞こえることはない。
けれども。
ふと、沈黙の中に遠くから響く足音を聞くかもしれない。
踵を翻し、てくてく歩く天使の姿が一瞬だけ、見えるかもしれない。
「ねえ、今。天使が通った?」




   

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