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兎の日

作:久野那美  
※「短編集1 兎の日」より
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登場するもの 兎 女の子

夕方。線路の脇の公園。風の中を空き缶が転がっている。
大きな兎が1匹。空き缶を拾って、ゴミ箱へ放り込む。
女の子が一人。ぶらんこを漕いでいる。足音を立てて、兎は近づいていく。


女の子 こんにちは。

兎  …こんにちは。

兎  隣、いいですか?
女の子 どうぞ。

兎は隣のぶらんこに腰掛け、困っている。。
しばらく。女の子は気になるので時々見ている。
 
女の子  ぶらんこ初めてですか?
兎  はい。
女の子 地面をね。こうやってね。 
兎  地面?こうですか。
女の子 そうそう。そんな感じ。
兎  ありがとう。
女の子  はい。

兎、だんだん上手になる。長い耳が風になびく。
ふたりは並んでぶらんこを漕いでいる。
 
女の子 上手ですね。
兎  そうですか?
女の子  上手ですよ。

女の子 あの。
兎  はい。
女の子 兎さん…ですよね。(横目で見る)
兎  わかります?
女の子  わかりやすい形ですから。
兎 そうですか。
女の子 おおきいですね。
兎 おおきな兎なんです。
女の子 あったかそうですね。
兎  まあ。そこそこ。
女の子  いいですよね。この季節には。
兎  あなたは寒いですか?
女の子  少し。私は人間ですから。
 
ふたり、ぶらんこを漕ぐ。それぞれの正面を向いて。
しばらく。 
 
兎 わかりやすいのは形だけです。
女の子 え?
兎 見ただけで分からないこともあります。
女の子  ?
兎  たとえば。
女の子 たとえば。
兎 人間を食べるんです。
女の子  あなたが?
兎 はい。
女の子 兎なのに?
兎 兎なのに。
女の子  …。
兎 おどろきましたね。

女の子 だから、そんなに…
兎 そんなに?
女の子 悲しそうに。
兎 悲しそうに、見えますか。
女の子 はい。

兎 人を食べる兎との付き合い方を誰も知りません。僕にもわからないんです。
女の子 だから悲しいんですか?
兎 だから…。(肯定も否定もしない)
勉強しました。法律や、文学や、哲学や、科学…。法律は人を食べる兎を裁いたりしないんです。だから、僕には罪がないのかもしれないと思いました。でも、法律は人を食べる兎の権利のことも説明したりしません。
文学や、哲学や、科学が教えてくれるのは、人間と世の中のことです。人を食べる兎のことではありません。
女の子 文学。
兎  はい。
女の子 哲学。
兎 はい。
女の子 科学。
兎  はい
女の子 あなたは、哲学も食べるんですか?
兎 いいえ。僕は哲学は食べません。文学も科学も食べません。
女の子 食べないんですか。
兎 食べません。
女の子 そう。
兎 哲学を食べる兎には哲学を食べる兎の悲しさがあるのかもしれません。でも、それは僕の悲しさとは違います。
女の子 …。
兎 生きるために食べるんです。食べないと死んでしまうんです。この町の人もみんな、食べてしまったんです。
女の子 この町の人。
 
風が吹く。
 
女の子 つまりあなたはひどい兎?
兎 そうです。ひどい兎です。
女の子 ひどい兎なのに悲しい?
兎 … ひどい兎なのに悲しい。
女の子  それでもあったかいですか?
兎  あったかいです。食べたものの分だけ、体温が上がるからです。
女の子 じゃあ、あったかいと悲しいんですか?
兎  あったかいと悲しいです。
女の子 それは、あなたがひどい兎だから?
兎  そうです。
女の子  ひどい兎は、あったかいと、悲しい…。(何か考えている。)

しばらく。長い間。ふたりとも黙っている。
いろいろ考えて。女の子はぶらんこを止める。兎もつられて止める。
 
女の子  それはわからないです。
兎  え?
女の子  私は、見てわかることしかわからないです。
兎 (女の子を見ている)
女の子  兎。おおきい。あったかそう。
兎  …。(女の子を見ている)
女の子  ほかのことはわからないです。
兎  …。
 
風が吹く。ふたり、同時に瞬きする。
なんだか少し、楽しくなる。兎も。楽しくなる。
 
兎、女の子の後ろへ回り、背中を押す。
ぶらんこは大きな弧を描いて宙に出ていく。
ぎいっぎいっ。しばらく。
ぎいっぎいっ。ぎいっぎいっ。
やがて。ぶらんこが止まる。
 
兎 寒いですね。(空を見ている)
 
踏切の音。大きくなる。
電車が通過する。長い電車。
静寂。
 
風の中。ぶらんこが頼りなく、いつまでも揺れている。  


この作品を音声ドラマで聞いていただけます(期限:6か月)
脚本・演出:久野那美
出演:七井悠(劇団飛び道具) 桜田燐(劇団白色)
音楽:酒井康志(Foumalhaut)
録音・編集:合田加代(結音)
      

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