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[ことばとこころの言語学24]嫌われないためにも心がけなければならない理論。ポライトネス理論をもとに考えてみる。


前回、遅刻してきた学生に、「遅い、遅刻だ」と直接的に言うのではなく、「なにかあったの?」とか「もうちょっと早くきてくれるとよかったのに」と「遅い」という言葉を言わずに、別の表現に置き換えてみることで、相手の中に直接入り込まずに済ませることが可能となることについて確認しました。

ポライトネス理論の大切な概念として、フェイスという考えがあります。このフェイスとは、すべての人たちが持っている自分たち自身に関わる価値やイメージです。これらが、他者との相互作用を通して、影響を受けるのと考えられています。その影響とは、イメージが高められたり、逆に低く見なされたりするようなものです。そして、ポライトネスの理論の中でのフェイスは二つ の側面があるとされています。一つは、ポジティブ・フェイス、もう一つはネ ガティブ・フェイスです。ポジティブ・フェイスとは、他者から評価され たい、よく思われたい、認められたい、尊敬されたいという欲求と関連します。そして、 ネガティブ・フェイスは、他者から邪魔されたくない、自分の領域に入ってきてもらいたくない。さらに、自分の行動を自分で選択し、抑制されたくないという欲求と関連しています。

たとえば、前回、嫌な先生の例で挙げたものですが、

<理由追求系>
1. なんでそんなことになったの?
2. どうして遅刻したの?
3. ちゃんとわかるように説明して。

という例文があります。これは、相手に答えを強制的に迫るような言い方になっています。遅刻して申し訳ないと思っていたり、これ以上追求されたくないと思っている相手にとっては、非常に負担の重い質問ですよね。このように、フェイスがコミュニケーションの場においてしばしば脅かされたりします。このような発話による行為を「面目を脅かす行 為:face-threatening act(以下 FTA と称す)」と呼んでいます。相手の主張を認めなかったり、評価をしないことで、ポジティブ・フェイスを脅かすことになります。

例えば、

<ダメ出し系>
1. 勉強できないね。
2. バカじゃないの?
3. それじゃ、ダメだね。

<否定系>
1. それは間違えている。
2. その考えだと通用しないね。
3. まるっきりなってないよ。

という発話はポジティブ・フェイスを脅かす行為になっています。

また、自らの非を認めるような発話をすることは,自分自身のポジティブ・フェイスを脅かします。そして、自らの行動に対して制限を与えるような発話をすることは、自分自身のネガティブ・フェイスを脅かすことになったりもします。こうした自分自身のフェイスや、相手のフェイスを脅かすことを極力減らすために、発話の際に話し手は、表現上の工夫をします。こうした表現上の工夫は,自分や相手の社会的な関係などを考慮して行われたりするのです。この表現の工夫を、ブラウンとレビンソンは、人間関係を維持するための社会的な言語行動としてのポライトネスを規定しました。

ブラウンとレビンソンによると、FTA を冒す重み(その文化において特 定の行為が意味する負荷),、話し手と聞き手の社会的な距離、話し手と聞き 手の間にある力関係の三つの社会的パラメータの和)が大きいほど、話し手は以下の図にある高い番号のストラテジーを選択します。

つまり、はじめに話し手は、FTA をするかどうか決定します。 相手のフェイスを脅かしてしまう恐れが大きいと判断した場合は,、発話をしない。すなわち、FTA を行わないという判断をします。しかし、話し手は FTA を行う、つまり発話をしようと決めると、次にどのようなストラテジーで発話をするか決定しなければならない.そこには四つのストラテ ジーが存在します。1あからさまな表現で行う。2ポジティブ・ポライトネスで発話する。3ネガティブ・ポライトネスで発話する。4ほのめかした表現で発話する。というものである。

Brown と Levinsonは「ポジティブ・フェイス」と「ネガティブ・フェイス」を脅かさないように配慮すると円滑なコミュニケーションが行えるよと考えました。「ポジティブ・フェイス」に訴えかけるストラテジーを「ポジティブ・ポライ トネス」、ネガティブ・フェイスを配慮するストラテジー を「ネガティブ・ポライトネス」として、それぞれのフェイスを脅かさないように、可能な限りのストラテジーについて、詳細に論じています。そのストラテジーを簡単にまとめておきます。ストラテジーについては、Brown と Levinsonの翻訳版、『ポライトネス 言語使用における、 ある普遍現象』田中典子 監訳 東京:研究社を利用しています。

(1)慣習に基づき間接的であれ(Be conventionally indirect) 
(2)質問せよ、ヘッジを用いよ(Question, hedge)
(3)悲観的であれ(Be pessimistic)
(4)負担Rxを最小化せよ(Minimize the imposition, Rx)
(5)敬意を示せ(Give deference)
(6)謝罪せよ(Apologize)
(7)SとHを非人称化せよ:人称代名詞「私」、「あなた」を避けよ(Impersonalize S and H: Avoid the pronouns "I" and "you")
(8)FTAを一般規則として述べよ(State the FTA as a general rule)
(9)名詞化せよ(Nominalize)
(10)自分が借りを負うこと、相手に借りを負わせないことを、オン・レコードで表せ(Go on record as incurring a debt, or as not indebting H)

今回はここまで。次回も引き続きポライトネスについて考えていきます。

<参考文献>
Brown, Penelope, Levinson C.Stephen(1978)Politeness Some universals in language Usage. Cambridge UP. (『ポライトネス 言語使用における、 ある普遍現象』田中典子 監訳 齋藤早智子・津留崎毅・鶴田庸子・日野壽憲・山下早代子 訳 東京:研究社)
滝浦真人(2008)『ポライトネス入門』東京:研究社.

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