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[ことばとこころの言語学24]嫌われる言葉遣いについて。ポライトネス理論をもとに考えてみる。

みなさんは初対面の人にたいして「あ、この人って感じの良い人だなぁ」と思ったり、逆に「なんだか嫌な感じだなぁ」と思ったりしませんか?なぜ、私たちはそのような感覚を抱いてしまうのでしょうか?「見た目」と答えた方、そうではありません。答えは「ことばのつかいかた」にあるのです。

そこで、今回はどうやったら感じの良い人を演出できるのかについて考えてみましょう。そのために、「感じの悪い人のことばのつかいかた」を見ていくことで、気をつけなければならない点を明らかにしてみたいと思います。

私は学校で日々学生さんと接している中で、学生さん同士のコミュニケーションや教員と学生とのコミュニケーションの方法に興味があります。注意をしなければならない場面で見られる「嫌われる先生のことば」を例にあげてみます。

<ダメ出し系>
1. 勉強できないね。
2. バカじゃないの?
3. それじゃ、ダメだね。
<否定系>
1. それは間違えている。
2. その考えだと通用しないね。
3. まるっきりなってないよ。
<理由追求系>
1. なんでそんなことになったの?
2. どうして遅刻したの?
3. ちゃんとわかるように説明して。
<大きな主語系・比較系>
1. 社会じゃ通用しないね。
2. みんなやってる(できる)のにどうして?
3. 昔の学生は(私が学生の頃は)こんなことなかった。

どれ一つ取っても言われたら、ちょっと嫌な感じですよね。相手と徹底的に議論して、攻撃して一言も言えないという状態に追い込むのであればこれで問題はないのでしょうが、そういったことをすることは決して許されないことです。

なぜ、これらの表現が不快に感じられるかということを考えてみましょう。わたしたちは、人と関わる時に、自分のことを受け入れてもらいたい、わかってもらいたい、褒めてもらいたい、好きになってもらいたいという思いがあります。また、そこまでではなくとも、他者に自分の心の中まで入ってきてもらいたくないというような思いもあります。皆さんの中の良い友達は、困った時には手を差し伸べてくれ、何か自分がイライラしているときにはそれを察して距離を取ってくれるような人ではないでしょうか?つまり、自分のことをちゃんと認めてくれ、必要に応じて近くにいたり、距離を取ってくれる。そんな人のことを友人と呼びますよね。イライラしている時にズケズケと何かを言ってくる人がいたら、ちょっと嫌な感じになったりします。

こうした、私たちのコミュニケーションを支える「気持ち」の部分について、研究をしたのが、Brown と Levinson が『ポライトネス』(1987)としてまとめました。このポライトネスは「丁寧」という意味ではなく、心地よい快適なコミュニケーションのルールのようなものをまとめて「ポライトネス」と呼んでいます。ですので、敬語などとは少し違っています。

Brown と Levinsonのポライトネスの理論の核となるものとして「ポジティブ・フェイス」と「ネガティブ・フェイス」というものがあります。「ポジティブ・フェイス」とは私たちがコミュニケーションをする上で、自分が気に入られたい、よく思われたい、好かれたいという欲求のことを表します。そして、「ネガティブ・フェイス」は自分の中にまでずけずけと入ってきてほしくない、という気持ち、欲求があるとしました。ちなみに「フェイス」という概念は社会学者のゴフマンの理論を援用していますが、ここでそのお話に立ち入ると長くなりますので割愛します。

Brown と Levinsonは「ポジティブ・フェイス」と「ネガティブ・フェイス」を脅かさないように配慮すると円滑なコミュニケーションが行えるよと考えました。「ポジティブ・フェイス」に訴えかけるストラテジーを「ポジティブ・ポライ トネス」、ネガティブ・フェイスを配慮するストラテジー を「ネガティブ・ポライトネス」として、それぞれのフェイスを脅かさないように、可能な限りのストラテジーについて、詳細に論じたのです。

そこで、嫌な先生の言葉について考えてみると、私たちは失敗をしてしまったら、あれこれ細かいことで突っ込まれたくないという思いがあります。つまり「ネガティブ・フェイス」の側面ですね。ちょっと距離を保って置いて欲しいので、自分自身の中に直接食い込んでくるような言葉、すなわち、ダイレクトな言葉が向けられると気持ち的に萎えてしまいます。これは、ネガティブ・ポライトネスのストラテジーのうち、「あからさまに、直接的に言う」と相手の面子を思いっきり潰すことになるわけです。そうならないように、あからさまにではなく、ほのめかしながら言うことや、直接的に言うのではなく間接的に言うということが必要とされるのです。

遅刻してきた学生に、「遅い、遅刻だ」と直接的に言うのではなく、「なにかあったの?」とか「もうちょっと早くきてくれるとよかったのに」と「遅い」という言葉を言わずに、別の表現に置き換えてみることで、相手の中に直接入り込まずに済ませることが可能となります。

今日はここまでにしておきましょう。これから何回かに分けてBrown と Levinsonのポライトネスの理論をベースに心地よいコミュニケーションについて考えて見たいと思います。

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