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空中散歩①

私は窓枠に足を引っ掛けていた。
右手を、窓の向こう側で宙に浮いている君に怖々と差し出す。君はニコッとして私の手を取った。
ひんやりとした手。

手を繋いだ瞬間、君はぐっと力を込めた。私は上半身を持っていかれそうになる。
「ちょ…ちょっと待って!」
窓の上部の壁を左手で押し返しながら叫んだ。
「私まだ空飛んだことないから」

君はイタズラっぽい顔で笑った。でもこの上なく優しい目をしている。
「できるよ、コルハ。そこに地面があると思って、足を置いてごらん」
私は目を閉じて深呼吸した。イメージしてみる。
空中に浮かぶ地面。足が地面を踏む感覚。
そのままゆっくりと、足を置いてみる。
ぼわん、とした抵抗があった。

…信じられない!

嬉しくなって笑顔で君を見たら、君はもうこっちを見ていなかった。
私の手を掴んだまま、斜め後ろの上空を眺めている。何やら目を光らせて、ウズウズしているようだ。
「あ、コルハ!早く行かないと夜が短くなっちゃう。もう行けるでしょ?
僕がついてるから怖くないよね。さ、行こう!」

返事も待たずに君は夜空に駆け出した。
引っ張られた私の体は建物の外に飛び出す。
「ひぃっ」
夜の冷たい空気に、パジャマの身体が丸ごと包まれた。
落下していかなかった。

気付いたら、私は空中を走っていた。
足は勝手にボワンボワンと宙を踏んでいた。
頬を通り過ぎていく風が気持ちいい。
上空へ、上空へと上がっていき、街の灯りがだんだん遠ざかっていく。

右手には君のひんやりとした手。
少し力を込めると君も握り返し、走りながら振り返った。
「コルハ、見て。満点の星空だよ」
すごく嬉しそうだ。
私も走りながらようやく君以外の物を見てみた。
ほんとだ、星ってこんなにあるんだ。宇宙みたい。
いや、宇宙なんだっけここは。

「コルハがやりたかったこと叶えてあげるよ」
君はそう言うとスピードを上げた。

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