見出し画像

サンセットビーチ

壁一面に広がった、大きな窓の向こうには、夕焼けでピンク色に染まった海が広がっている。

砂浜には3本の椰子の木が影絵のように並んでおり、遠くの空には2羽のカモメが飛んでいた。

外の景色と同じピンク色に染まった部屋の中に、私はいた。
この部屋に家具は無かった。あるのは床一面に敷き詰められた白い絨毯だけで、こちらも照らされて薄いピンク色を帯びていた。

海は、目と鼻の先にあった。

窓を開けて駆け出せば、すぐに足を海水に浸すことができるだろう。
しかしこの大きな窓には開閉部分が無いようだ。
私は窓に近づき、手を当てて、精神を集中させてからぐっと押した。

途端に窓は消失した。

ピンク色の風景がよりクリアになり、それと同時に風がブワっと襲ってきた。
外のすべての音が一気に部屋に雪崩れこんでくる。

その変化にしばらく呆然と立ち尽くしていたが、じっとしていたら落ち着きを取り戻した。

部屋の縁に立ち、1mほどの高さからジャンプして砂浜に降り立った。とすん、と軽い音がした。

砂に埋もれる感覚を裸足の足に感じながら、海の方へと歩いていく。
寄せては返す波の音と、素肌を撫でる滑らかな風が心地良い。

歩きながら足元をよく観察し、デザインの凝った貝殻を見つけてはポケットに入れた。
6つほど集めたところで、手を止めて立ち止まる。
貝殻の運命を思うとやはり元の場所にあった方がいい気がしたのだ。
集めた貝殻をポケットから取り出し手に乗せた。
ふぅっと息を吹きかけると、貝殻は全て元あった場所にふわふわと戻っていった。

浮遊して戻っていく貝殻越しに、さっき出てきた部屋が見えた。
横に長い長方形の部屋が、宙に浮いている。
そこだけ空間が切り取られたようだ。

私はしばらくその不自然な空間を眺めていたが、くるりと踵を返し、また海に向かって歩き出した。

波打ち際まで辿り着いたら、波を踏んだり避けたりしながら、ゆっくりと海岸線に沿って歩いた。
しだいに砂まみれだった足はきれいになっていった。

あの部屋からの私の足跡は、途中でL字に曲がり、海に出会ってからのそれはくねくねと曲がっていた。
足跡は、歩くたびにひとつ、ひとつと確実に増えていった。
しかしたまに波に攫われて消えたりもしていた。


遠くの空に一番星を見つけ、私は右手の親指と人差し指でそれを摘んだ。

小さな白い星の光は私の指の間で徐々に熱を帯び、10秒程で柔らかな光を放つ小さなシーグラスになった。
それを口の中に入れると、甘い味がしてすぐにほろりと溶けていった。

心臓のあたりに、温かくて優しい何かが広がっていくのを感じた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?