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家族になるってこういうことなんだ。

十数年前、夫と結婚したとき、この人と一緒に親を看取る日がくるなんて想像もしていなかった。
命がもうあとわずかだという知らせを受け、なんとか間に合うようにと車を飛ばしてくれたあの日のこと、ずっと忘れないと思う。

父の最期は、穏やかだった。
呼吸器も点滴もなし。
なににもつながれず、とても自然な状態でその命を終えた。
延命治療をしない、という選択ができたことは、今でも本当によかったと思っている。

穏やかな死、というとどんなイメージだろうか。
すやすや眠っている間にスッと呼吸が止まるイメージ?
そんな最期ならいいなぁ。

父の死は穏やかだったけど、それでも
命が尽きる瞬間というのは、日常とはまるでちがう。
目の前で人が死ぬなんて、
わたしは正直こわかったし、逃げ出したかった。

だけど同時に、ちゃんと見届けたいとも思った。
声をかけるのも手を握るのも、もう、今しかない。

夫は、父の耳元で「お父さん」と声をかけてくれた。自分の名前も言ってくれていた。届いていただろうか。
もう下顎呼吸(死が近くなった時の呼吸)も始まっていたし、見た目も痩せ細っていたから、そんな父のすぐそばで声をかけるのこわくないのかな、と思った。
だって、十数年前までは会ったこともない他人だったわけで。
それなのにこうして父の命の終わりに立ち会ってくれている。不思議な感覚だった。

そうか、家族になるってこういうことなんだね。
そう思うととてもありがたかった。


父は、夫のことが大好きだった。

読書が好きで庭いじりが趣味の父と、サッカーひとすじでスポーツ少年のまま大人になったような夫。
全くちがうタイプのふたり。

父と夫の会話は車の話やスポーツの話、時々仕事のことも話していたようだ。
父亡き今、夫の口からわたしの知らない父とのエピソードを聞けるのが密かに嬉しい。

最近は、「役職が変わると名刺が変わるから、そのたびにお父さんに報告して新しい名刺を渡していた」と夫が言っていた。
え、そうなの?全然知らなかったよ。

そんな感じで、話の流れでポロッと新しいことを教えてもらえることが、たまにあるのだ。

父と夫の思い出といえば、ひとつ忘れられないエピソードがある。
癌の手術のあと父のお見舞いに行った日のことだ。

術後の父は元気がなかった。
人生初の入院がつらかったのかもしれない。
母にもわたしにも小さな声でボソボソ話すし、すっかり弱ってしまったなぁと思っていた。
ところが。
夫がお見舞いに来た途端、表情がパァッと明るくなって、急にはっきりした大きな声で話し始めた。背筋までピンと伸びている。

声、ちゃんと出るんかい。(母とわたしの心の声)

男親としての威厳を保つため?
男のプライド?
いや、シンプルに嬉しかっただけかもしれない。

夫は父の病気のことには触れず、いつものように車の話をしていた。
2人が好きな車の話。
これまでと変わらない普段通りの話題がよほど嬉しかったんだろう。父に元気が吹き込まれた。すごい。

実の娘であるわたしではできなかったトークだ。
娘よりも夫のお見舞いでテンションが上がる父を見て、あぁ、彼のことが大好きなんだなぁと思った。

夫が父の息子になってくれたことで、わたしはいくらか親孝行をできた気がしている。夫のおかげだ。

夫は食事の時によく父の話をする。
蟹を食べるときは、「茹ですぎると身が縮むから早く上げや〜ってお父さんがよく言ってたな」という。

家で餃子を焼いていると、「お父さんは”よく焼き”が好きやったな。よく焼いた方がウマイ!って言っていた」と。

焼肉も、鰻も、父が好きだった食べ物で父を思い出してくれるみたいだ。
これまで一緒にいろんなおいしいものを食べてきてよかった。

そして時々、初めて聞くようなエピソードが出てきたりする。
父のことを知っている人がこうして近くにいてくれて、ふとした時に父と繋げてくれるのがとてもあたたかい。

死んでしまった人とはもう会えないけれど、残されたもの同士で記憶を共有しながら生きていけることは幸せなことだと思う。

生きている間に周りに伝えた言葉、態度は、自分が死んでも大切な人たちの記憶の中にずっとずっと残り続ける。そう考えると日々の態度や発する言葉を少しだけでもよくしたいと思える。

あたたかいものを残していきたいな。

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