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プラズマ

 教授を先頭にカメラマン、ディレクターの順番で、人気のない深夜の墓地を行進していた。

 視聴者からのハガキによると、この薄気味悪い墓地周辺で、超常現象が多発しているというのだ。

 もしそれが本当ならば、ネット動画に若者を奪われているテレビ業界にとって、高視聴率が見込める起死回生のチャンスとなる。

 この場所では人魂の目撃や、UFO、そしてそのUFOに吸い上げられていく牛の姿を、複数の人達が証言していた。

 そのどれか一つでもビデオに収めることが出来れば、世間を揺るがす大スクープである。

「博士、これらの超常現象について、どう思われますか?」

 テレビディレクターは、白衣に立派な白髭をたくわえた、高齢の教授に尋ねた。

「だいたいやね、基本超常現象なんてものはないんですよ。こんな寂しい夜の墓地に来てだね、恐怖から風に揺れる木の枝が人かげに見えたり、霧の中での車のライトの反射が幽霊に見えたりと、まぁだいたいそんなとこですわ」

 老教授はキッパリと言い放った。カメラの前なら、もう少し視聴者に期待を持たせるような言い方をしろよ、とディレクターは内心不満に思う。

「ああっ、あれを見てくださいっ!」

 カメラマンがフレームの端に動く奇妙な物に気が付いて、大声で叫んだ。

 それは墓石の下からゆっくりと浮かび上がる、青白い物体。紛れもなく人魂であった。視聴者の投稿はガセネタではなかったのだ。

「き、き、教授。墓石から、ひ、人魂が浮いています!」

 ディレクターは数メートル先に浮かぶ、青白い火球を目の当たりにして震え上がっていた。

「あれはプラズマですわ」

 老教授はこともなげに言った。

「プラズマ? そ、そんなことはないでしょう。墓石から青白い火球ですよ? これは確実に人の霊魂が形となって現世を彷徨う人魂でしょう」

「いや、プラズマですわ。世の中の超常現象は、大半がプラズマで説明がつくんですわ」

 教授はゆらめく人魂を前にしても、全く動じることがない。

「ああっ、あれを見てくださいっ!」

 カメラマンは再びフレームに映り込む異変に気が付いた。カメラマンに浮かぶ驚愕の表情にディレクターはおののきながら視線を追う。

「ゆ、ゆ、UFOだっ!」

 それは突如、寂しい夜の墓地上空に現れた未確認飛行物体であった。形はアダムスキー型で、機体の周りはうっすらと発光していた。窓も確認でき、中の明かりが漏れて見える。

「ゆ、UFOですね、教授。あれは間違いなくUFOですよね」

 ディレクターは信じがたい光景に興奮して、老教授の白衣の端を破れそうな勢いで引っ張っている。

「あれもプラズマですわ」

 老教授は当たり前の事を聞くな、というような顔をしている。

「いやいやいや、あれがプラズマなわけないでしょう。間違いなくUFOですやん、なぁカメラマン。ビデオ回ってる?」

 カメラマンは撮影しながら頷く。

「いや、プラズマですわ。プラズマの閃光が、脳内にそのような映像として焼き付けるんですわ。UFOの正体はプラズマで説明がつきます」

 ディレクターは教授の説に納得がいかない。

「アンタ、アホですか? あんな奇妙な物体が、浮遊してるんですよ? なんか人乗ってそうですし。あんな乗り物がプラズマみたいな掴みどころのない物のわけがない」

 揉めながらも未確認飛行物体は、段々とその距離を縮めていく。この寂しい墓場にどうやら着陸するつもりらしい。

 なんとも形容のし難い高周波ヘルツの音の波が押し寄せ、未確認飛行物体は、一向の数メートル先に着陸した。

 そしてハッチが開き、中から身長1メートルくらいのグレイ型宇宙人が降りてきた。

「き、き、教授、あ、あれはまさしく宇宙人ですよね? 見えてますよね? 歩いてきてますよね?」

 ディレクターは驚くのと、恐怖とで泣き笑いの顔になっている。

「あれもプラズマですわ。全くのプラズマの特徴ですわ」

「アンタ、マジか? 脳みそ傷んでるんか? どこがプラズマやねん。歩いてきよるやないかい」

「素人や怖がりは、プラズマの発光を前にすると、好き勝手に形をイメージして大騒ぎをする。あれはプラズマ発光が人型に見えて、歩いてくるように見えてるだけ」

 言い争いしている先で、グレイ型宇宙人は大きな筒のバズーカの様な器具を構えながら近寄ってくる。

 銃口がアクリルのように透明で、銃身は銀色の金属製だ。直径30センチはあろうか、という銃型の機械だ。

 教授は自身の学説であるプラズマ説を曲げる事なく、宇宙人が前に立っても全く動じない。

 すると宇宙人は、器具を教授の腹の部分に押し当てた。

「き、き、教授、宇宙人に銃を当てられてますけども、こ、これもプラズマですか?」

「これもプラズマで……」

 シュポン!

 教授が言い切らぬ内にグレイ型宇宙人は引き金を引いたようだ。

 アクリルの銃口には、教授の腹の中にあったもの、つまり臓器がそのまま引き抜かれて、ディレクターからは血や胃や大腸が、アクリル容器の中で揺らめいて見えた。

 バタリと教授は後ろに倒れた。当然絶命している。腹には丸い穴が開き、空洞になっていた。血は残っていないようだった。

 グレイ型宇宙人は、内臓の入ったバズーカを重そうに抱え、UFOに乗り込み、ハッチが閉まると信じられないスピードで急上昇し(不思議と全く風圧は感じなかった)そのままワープでもしたのか、消えてしまった。

 ディレクターとカメラマンは気がつくと、その場にへたりこんで失禁してしまっていた。

 どれくらいの時間が経過したのだろう。我を忘れるとはこのことだった。

 ようやく押し出すようにディレクターは言葉を発した。

「み、み、み、見た?」

「み、見ました」

「あれ、内臓持ってかれたよな? キャトルミューティレーションって、ああやってやってたんや。牛の内臓とかを」

「そうですね」

「アイツら、地球の生き物の生態を研究してるんやな」

「そのようですね、えげつない」

「教授、死んではるよな?」

「死んではるでしょうねぇ」

「ぜんぜんプラズマと違うやん」

「違いましたね」

「コイツ、あかんで。自説全く曲げへんかった。最後までプラズマ言うて余裕かましてたやん。やっぱり宇宙人やったんや。ちょっとでももしかして宇宙人ちゃうか? って思ったら、アイツ1メートルそこそこでガリガリやったやん。かかと落としとかしたら、やり返せて死なずに済んだかもしれへん」

「頑なでしたね、自分の学説を曲げる事は死んでもプライドが許さなかったんでしょう」

「死んだらアホやん。それはそうと特ダネになったな。これは世界がひっくり返るぞ」

「ああっ!」

 カメラマンは再生ボタンを押した後、奇声を発した。

「ど、どないしたんや」

「ま、全く映ってない……」

「な、なんだって?!」

「先週、導入されたばかりの新型カメラですよ? 故障なんてありえない。真っ黒な画像が延々写ってます。そんな馬鹿な……」

「この原因は、もしかして、もしかするとー?」

 ディレクターが半笑いでカメラマンにフリを投げる。

「プラズマのせいですかね?」

 二人は失禁してへたり込み、ズボンが土でドロドロになっているというのに大笑いした。大爆笑であった。

 恐怖を打ち消すためか、それとも発狂してしまったのか、二人は引き笑いになりながら、いつまでも笑い続けていた。

〜完〜

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