見出し画像

寄せては返し

「もしもし、もしもーし」
「はい、聞こえております。もしもし」
「もしもしと普通に言うとる場合ちゃうどゴラァ。オマエ大概にしとけよ。何時間待たせとんじゃおんどれ。大変混み合っております、って腹立つ声でテープ永遠にループさせやがって。電話の向こうで休憩しとったんとちゃうんかおどれは」
「お客様、お声を小さく、ちゃんと聞こえております。大変お待たせいたしました。コールセンターの小坂と申します。本日はどういった……」
「おどれが今目の前におらんでホンマ運ええど。目の前に立っとってみぃ、ワイシャツの首もとに手ぇかけて、一気に下までビリビリビリ、言うて下着丸見えになってたとこやど。どないしてくれるんじゃ、この無駄に終わったワシの1日」
「はい、ご迷惑をおかけしているようで、お客様、落ち着いてください。どのようなトラブルでございましたか?」
「トラブルも何も、お前とこの会社無茶苦茶やないか。ええ? 朝によ、スマホにピコーン言うて通知きて。荷物が来ます、て。それは親切でええがな。それでワシは昨日メールが来たDVD付きのマガジンを発送しました、っちゅう連絡があったさかいな。それ毎回楽しみにしとるんじゃ。来たらその日に観るんじゃ。だから朝からどっこも行かんと、じーっと家ん中で待っててやな。それで夜や。何も出来てないがな。無駄に待ってた一日やがな。ほんで聞けよ、おどれ。今、スマホ見たらやな。配達は完了しております。って画面になっとるやないか。ええ加減にしとけよゴラァ。嘘ばっかこきやがって。いてもたるど。どないしてくれるんじゃゴラァ、ケツひん剥いてモミジ咲かせたろか」
「お、お客様、冷静に、落ち着いて。ちゃんと聴こえておりますので。はい、情報は完了になっているのに、商品がお手元に届いてない、と」
「だから電話しとるんやないかボケ、頭かち割ったろか。それで電話しても何回も何回も何回も只今電話が混み合っております、言うて2時間も待たせやがって。この時間どないしてくれるんじゃボケ。2時間奥で休憩しとったんちゃうんかいおんどれ」
「そんなことは決してございません。お客様、確認でございますが、ご自宅に宅配ボックスは設置されてますでしょうか?」
「このアマ丁寧に言うたら何でも許される思うとったらあかんどゴラ。とっくに見たわ。中身は空っぽじゃアホ、そんなもん一番に見るわ。見て無いから電話しとるんやないか犯すぞゴラ」
「ではポストの中も届いておりませんでしたでしょうか?」
「おどれ怒り逆撫でとったらあかんどゴラ、本が一冊届いとっただけじゃ。これはどうでもええねん。どうせ堀江しのぶ写真集やさかい、これは後でもええねん。ワシはDVDが観たかったんや。それで昨日通知まで寄越して、今日1日待たせて、来てもないのに終わってます、言うて、あんまり人を舐めくさっとたら両方の乳首摘み上げるぞゴラ」
「ご家族のかたが先にポストから取り込んで、みたいな可能性はございませんか?」
「ワシは独りもんじゃ、悪かったの。おんどれ冗談も大概にしとけよ。女や思うてそんな可愛らしい声を出せば、1日丸潰れになったワシの怒りが治る思うてるんやろ」
「そんなことは決してございません」
「歳なんぼや」
「え?」
「おどれの歳なんぼや、言うて聞いとるんじゃ」
「よ、48でございます」
「独身か」
「え?」
「独身かて聞いとるんじゃ」
「そ、それは個人情報ですので、こういう場でお答えは……」
「おんどれ客に大迷惑かけといて、ようそんな口ごたえできるのぅ。言いさらせ。本社に名指しでクレーム入れたろかゴラ」
「ど、独身でございます」
「そうか。運がええど、お前とこ。アンタの声が可愛いから、ワシの怒りもこんなもんで済んどるんじゃ。誰に似とる」
「は?」
「誰に似とる言うとんじゃ、耳たぶ唇で引っ張って耳の穴広げたろかゴラ」
「あ、あの、同僚のオペレーターからは真矢みきに似てると言われたことが」
「ほんまか、そうか。あっ、いかんいかん。好みのタイプと怒りは別やさかいの。きっと別の家に配達しとんねん。前にもあったんじゃ。ワシと同じ苗字、近所に3軒あるさかいな。そのどれかに投函して完了になっとるんやろう。封開けられてたらどないしてくれるんじゃボケ、どう責任取るっちゅうねん」
「大変申し訳ございません。事実確認をしたいところですが、配達員は今、夜の十一時ですので、帰宅しております。また明日のお返事ということになりますが」
「おんどれそれで済む思うてるんかゴラ、ワシの待ってるだけで終わった1日どないしてくれるんじゃボケ。持ってこい、今すぐ持ってこい。あんまり寝言ばっかり言うとったら、股間に日本酒垂らしてタコチューの口でワカメ酒一気飲みしたるぞゴラ」
「大変申し訳ございませんでした。どうもご迷惑をおかけ致しました。二度とこのようなことがないように再発防止に努めてまいります」
「そんな眠たいこと言うとったら両足首持ってガクガク言わしたるぞど。ならアンタがワシの家に来い。張本人が帰ったんやったらアンタまだ勤務時間中やろ。ワシの家まで謝罪に今すぐ来い」
「それは出来かねます。落ち着いてくださいお客様」
「そんな泣きそうな声出して、腹の中では舌出しとるんやろ。しつこいクレーマーや思うとるんやろ。あんまり人舐めとったら髪の毛優しく撫でながらワキ吸い倒すどゴラ」
「お客様、落ち着いてください。分かりました。では分かるところまで確認させていただきます。よろしいでしょうか?」
「謝罪にアンタが来んのか? ワシの寝室まで謝りに来るんか、どうなんや?」
「お待ちくださいお客様、昨日、お客様のスマホに今日荷物が届きますよ、というメールが来て、1日待ったけど情報は完了になっているのにポストに荷物はない、と。誤って他の家に配達されている、と。お楽しみにされていたDVDマガジンが今日見れない、と。当社配送をしておりますが、主に書籍を配送しておりまして、DVDマガジンはどちらかといえば郵政が良く配達をしている風に聞きますが?」
「何やと? メール寄越しといて、1日待たせといて情報は完了になっといて、コールセンターは二時間も待たせといて、よくもまぁいけしゃあしゃあと、のらりくらりと言い返せたもんやな。可愛い思うて図に乗っとったら、おどれの短パン付け根までまくり上げて左にずらして、パンティーは右にずらして、ワシのお仕置き棒で折檻したるどゴラァ」
「落ち着いてくださいましお客さま、先ほどお話に出た堀江しのぶの写真集。その包みはまだございますか?」
「もう袋から出してゴミ箱捨てたがな」
「ちょっと取り出してお手元にご用意出来ませんか?」
「何やと、面倒臭いことさせよんのぅ。謝罪先送り牛歩戦術たらい回しかい。花びら大回転食らわしたろかボケ」
「その包みに荷物番号が印刷してあると思うのです。読み上げていただけますか?」
「何ぃ? どれどれ。8888−8888−8888や」
「それがPCでは配達完了の情報になっております。間違いなくお届けできているみたいですね。当社の配達員は間違っておりません」
「な、何やて? なら昨日、おどれの会社が送ってきた今日くるはずのDVDマガジンはどないなっとるんじゃ」
「そのメールも開いて頂けますでしょうか?」
「何ぃ? 開いたど」
「差出人は当社になっておりますでしょうか?」
「に、日本ゆう……」
「発送通知が出ても、そこは最近では三日ほどかかるようで翌日には来ない、と聞いておりますが」
「紛らわしい、紛らわしいのぅ、ホンマ。なんで同時にこんなもんが重なるんじゃ。ええ加減にしとけよ」
「待てコラァ」
「な、なんや」
「散々悪態ついて全てワレの勘違いやんけ。謝罪せんかいこら」
「お、オマエ客に向かってなんやその態度は。羽交締めにして両ケツ揉みしだいたろか」
「今日び他人にそんな口の聞き方してタダで済む思うなよ老害。最初から全部録音されてるからな。いつでも裁判所に提出できるからな」
「僕は何か失礼な事を言ってしまったかなぁ。ちょっと勘違いから興奮してしまって我を忘れてしまって。よくあるよね。世間ではそういうこと良くあるよね。でも良かった。DVDマガジンは今度来るんだ」
「良かったちゃうどオッサン。長々と無意味なクレームほざきやがって。おどれがやったこと自覚あるんか? 恫喝やど。それに重度のセクハラやど。犯罪やど。分かってるんか?」
「だから事情は分かりましたので電話を切ります」
「まず謝罪せんかいコラ。謝ったら死ぬ人間かコラ。オマエみたいな人間がぎょうさんおるから日本は衰退していったんやろがえ老害」
「ごーめーんーなーさーいーっ」
「小学生か。舐めとんか。まとも謝ることも出来んのか。怒る口だけは一人前やの短小」
「分かりました。すいませんでした。楽しみにしていた荷物が来てないし、メールは来てたし、情報は完了になってましたし、ついカッとなって」
「ついとちゃうどコラ、どこまでエスカレートさせとんじゃ、このエロテロリストが。確認せんかい。ちゃんと確認してからクレーム入れんかい。オマエみたいなんがおるから、無駄なことで時間を消費するオペレーター、ストレスまみれになるんじゃ。この脂肪まみれのクチクサ野郎が」
「ひどい言葉の数々すいませんでした。反省いたします。今後は二度と確認しないままこのようなクレームの電話を入れるような真似は致しません」
「常識じゃコラ、おどれみたいな人間を非常識っちゅうんじゃ。自覚持てアホ。勝てる喧嘩の時だけ威勢のええインポテンツが。負け犬人生歩んどけ。独身で当然じゃ」
「あのぅ、あなたの苗字にその方言、もしかして〇〇市〇〇町では?」
「な、何で知ってるのよ気持ち悪い。録音は続いてるわよ。何で私の住所知ってるのよ」
「え? もしかしてあれか? 〇〇市のニコニコ食堂の娘か? その苗字」
「え? 何で? 怖い。警察に言うわよ。何でお父さんの店知ってるのよ」
「ワシ、そこの地主や。おどれのオトンにその土地と建物を貸してる家主や」
「え?」
「明日、立ち退いてもらおか」
「ち、ちょっと、それとこれとは関係が」
「関係ない。気持ちが変わったから、あの土地で商売しようと今フト思うてな。ハイ思いつきました。私の土地ですので明日更地にする」
「そ、そんなひどい。あそこを取り上げられたら、他でどうやって店を続けていけばいいの?」
「そんなもん知るかボケ。おどれ世の中ギブ&テイクやど。人の失敗に思い切りつけ込んで報復しやがって。あそこでオマエがスッと引いとけば、ワシもこんな心変わりせんかった。吐いた唾飲まんとけよ。明日速攻立ち退いて貰うか、家賃二倍。物価が高騰しとって世の中の流れに逆らえまへんからなぁ」
「そんな御無体な。歳をとった老夫婦二人で細々とやっている食堂です。駅に近いのに格安の家賃で長年お世話になってきたのに、この段になって出て行けなんて、これからどうすればいいんですか?」
「おどれ老害言うたのう、ワシのこと老害言うたのう。貸す時人の良さそうな夫婦やったから、相場より安く家賃を設定したんや。根は素晴らしい人間で、金も余ってるから欲張らへん。そんな人間に向かってアマ、日本が衰退する言い腐ったのぅ。出てってもらおか」
「それだけは許してください。私も言い過ぎました」
「も? 私も? ワンスモア」
「私が、言い過ぎました」
「そやろげ。カスが。賃貸暮らしが調子こいとんちゃうど。全部の豆洗濯バサミで挟みながらケツ舐めくり回したろかボケ」
「ちょっと待てよ、ハゲ」
「な、なんや、急に。出ていく決心が付いたんか」
「家主か。家主やったら私知ってるど。おんどれ、今年の夏、町内でみんなやってるから、言うて、高校野球の賭博持ちかけてきたよな。うちのお父さん、ややこしいことに巻き込まれるの恐れて参加してなくて用紙だけ持ってるんや。おどれ、これ警察持っていったら胴元は逮捕ちゃうんかいゴラ」
「すいませんでした。ほら、昔からよくあるじゃないですか。家族で麻雀してお金賭けて、そんな可愛いもんですやん」
「逃げさらせると思うなよ。証拠の用紙、まだ家にあるど。警察持っていったらどうなるやろな。社会的信用失落やろな。明日警察持っていこ」
「ま、待ってください。立ち退きは言いませんから堪忍してください。家賃もお安く変更いたしますので許してください。もういいじゃないですか。色々ありましたが、双方痛み分けで終わりましょうよ」
「何が痛み分けよ。そっちの勘違いが貸し一、私の応対に腹を立てて立ち退きで貸し一、野球賭博の告発で貸し二。私の方が多いやないの」
「家賃半分にしますから、色々と水に流してください」
「今の聞いたで。録音テープあるからな」
「それにしてもこんな短時間でジェットコースターのような濃密な時間でしたね。苦楽を共にした夫婦みたいな感じで。ドキドキが止まりません。僕たち、結婚とかあるかな」
「死んでもないわ」

〜完〜

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?