シロガールテンイムホウ

登場人物紹介

・白鷺姫子(しらさぎ ひめこ) 本編の主人公。11月11日午前11時11分に偶然姫路城の前を通りかかり、たまたま姫路城に向かって願い事を口にしたことにより、姫路城に魅入られてしまった女子高生。苦手な科目は歴史。

・鬼瓦元吉(おにがわら もときち)白鷺姫子と同じ高校に通うクラスメート。姫路城に隣接する姫神社に住む宮司の息子。姫子の能力を覚醒させる手助けをする。白鷺姫子に想いを寄せている。

・鬼瓦トメ(おにがわら とめ)通称『ばさま』姫神社に住む元吉の祖母。城憑依現象を知る者の一人。姫子に『天下統一』の宿命を諭す。機嫌が悪いと杖で相手のみぞおちを突く。

・三木飢子(みき うえこ)三木城に魅入られた憑依者。それぞれの城が持つ強烈な『天下統一』の意志に導かれ、白鷺姫子の前に立ちはだかる最初の敵。

小幡先生(おばたせんせい)姫子の通う高校の男性教師(50歳)。歴史担当。放課後でも優しく姫子に歴史を教えてくれる。

宇土清正子(うど せいしょこ)熊本城に魅入られた憑依者。姫路城に肉薄する強力な能力の持ち主。100年前の天下統一で姫路城に負け、悲願である天下統一の覇者を目指し『姫路城包囲網』で挑む。


第一話 「姫路城と白鷺姫子」

 天衣無縫とは、天人の衣には縫い目がないという言い伝えによる四字熟語であり、以下のような意味を持つ。飾ったり気取ったりしないで無邪気な様子。天真爛漫。


『やっぱり部屋の中にこもってばかりじゃダメね』

 白鷺姫子は自転車を漕ぎながら思った。雲一つない晴天。どこまでも続く青空。とても11月とは思えないほどのポカポカ陽気である。

『やっぱり陽の光を浴びるって大切。帰ったら試験勉強の効率、絶対に上がると思う』

 苦手科目である歴史のテストを控え、昨夜から徹夜で勉強していたのだが、思ったようにはかどらず、息抜きにコンビニへ買い物に出掛けていた帰り道のことである。

『ノートを買うだけのつもりがドーナツも買っちゃった。ダイエット中だけど、ここまで自転車漕いだんだもん。カロリー消費でチャラよね』

 そんなことを考えながら、いつもより早いペースでペダルを漕ぐ。しかし家からコンビニまでは、たかだか1キロ程度だ。とてもドーナツのカロリーを消費し切る運動量ではない。ドーナツのチョコの味と同じく『自分に甘い』姫子であった。

 目の前の信号が赤に変わる。自転車を停め、ボンヤリと流れる車を眺める。不意に姫子の周りが薄暗くなったような気がした。目眩の前兆だろうか? 徹夜で勉強したあと、自転車を思いっ切り漕いだのがよくなかったのかもしれない。そんなことを考えながら、姫子はゆっくりと深呼吸をしながら呼吸を整える。

 誰かから見られているような気配。姫子は強烈な視線を感じた。目の前をゆっくりと流れる車から、視線を上に移す。

 姫子はハッと息を飲まずにはいられなかった。何度見ても心を奪われてしまいそうな美しさで鎮座する、姫路城の五層の天守閣が視界に飛び込んできたのである。

 現存する12天守のうちの1つであり、華麗な装飾、三基の小天守を従える圧倒的な建築美。多彩な建造物を残す世界遺産である。

 歴史が苦手な姫子も姫路城のことは好きであった。誰が建てたのかも知らない姫子ではあったが。

「姫路城って綺麗だなぁ。美白よね」

 白鷺姫子の意志とは関係なく、運命の時計は『その時』を刻もうとしていた。午前11時10分。

「日焼けのお手入れなんて全然してないから、美白なんてほど遠い話」

 信号が青に変わった。ペダルを勢いよく漕いで前に進む姫子。

「あーあ、姫路城みたいな美白になりたいなぁ」

 その瞬間、時計は11時11分を刻んでいた。雷に打たれたかのような衝撃が姫子を襲った。目の前が真っ暗になる。きっと横断歩道で横転してしまったのだろう、と姫子は思い、つくづく徹夜勉強を後悔した。

 薄れていく意識の中、遠くで若い男の声と老婆の声が聞こえた。

「この子は私らが医者に運びますだ」

「この子は僕の知り合いです。皆さんご心配なく」

 姫子はそこまで聞き取ると、完全に気を失った。

 古い木の香りと香の匂いが混ざったような、どこか懐かしい感じ。白鷺姫子はまだ目を開けることができなかった。どこかの部屋で横になっているようである。意識は段々とハッキリしてきたのだが、全身にまだしびれが残っている。

「ばさま、白鷺さんは『憑依しちまった』ってことになるのかい?」

 聞き覚えのある声だ。姫子はクラスメートの鬼瓦元吉の顔を思い浮かべていた。

「間違いねぇ。この子は11月11日11時11分、姫路城に向かって願い事を口にしたんだろう。毎年『魅入られるか』と目を光らせておったが、とうとう100年目で現れよったわい」

 目を閉じながら聞いている姫子は『憑依』とか『魅入られた』とか訳のわからない会話に混乱していた。それと自分の気絶と一体どういう関係があるのか。

「ばさま、白鷺さんが今回全国で最後の憑依者なのかい?」

「んだ、他の城は全て憑依は終わっている、と水晶玉に出とったよ。これで役者は揃った。いよいよ始まるでよ、百年ぶりの『天下統一』が」

 そこまでの会話を聞いている時に、ようやく姫子は目を開けることができた。

「あっ、白鷺さん」

 頬を赤らめながら、鬼瓦元吉は枕元に座っていた。

「鬼瓦くん、ここどこ?」

 姫子は起き上がろうとするが、身体からしびれが抜けきらず、思うように動かせない。

「ゆっくりしてて、ここはお城の横の姫神社だよ」

「私、自転車で転んで気絶しちゃったの?」

「そうなんだけど…、それ以外にもいろいろな要因があってね」

「残酷なようじゃが、おまえさん。姫路城に魅入られてしまったのじゃ。おまえさんはこれから、自分の意志とは関係なく、様々な敵から狙われる宿命を背負うことになった。急にこんなこと言われても理解できんじゃろうが」

 鬼瓦元吉の横には首から大きな数珠をぶら下げた白髪の老婆、鬼瓦トメが座っており、厳しいまなざしで姫子を見つめていた。

「さ、さっさきから憑依とか姫路城に魅入られたとか、話の内容が全く分からないんですけど」

 起き上がって話を聞こうと半分まで身を起こしたところで、横から鬼瓦元吉が二の腕に手を添えて起き上がらせた。姫子は熱心にトメの方を向いている。元吉は姫子の身体に触れることができて、嬉しさを隠すことができない。

「現代まで残った戦国時代の城たち。天下の覇者になるべく、色々な思惑で築かれてきた『城の想い』この強烈な想いが人を選び、城が悲願を成就すべく人の運命をねじ曲げてゆくのじゃ」

「城に憑依された人達は、合戦して『天下統一』するために争いを始めてしまうんだ。それが城のアイデンティティーなんだよ」

「ち、ちょっと、争いって何? 鬼瓦くん。私、ケンカなんてしたくないわよ」

「ケンカというか、叩き合いとか、ひっかきあいみたいな感じじゃないんだよ、説明がしにくいんだけど…」

 鬼瓦元吉は上手い言葉が出てこずに頭を掻く。

「特に今回は『この争いを永遠に終わらせる』ことが出来るかもしれない大事な戦じゃ」

 老婆は杖をついて立ち上がった。

「前回の勝者である姫路城が二連続、つまり今度の戦で天下統一を成し遂げれば、城の深い情念も戦の不毛さを知り、幾度も続いた争いに終止符を打つことができるのじゃ」

「いやです。合戦とか天下統一とか、私にはなんの関係も興味もないことです。第一歴史なんて嫌いだし」

「辛いことばかりじゃない。天下統一すれば『願いが一つ叶う』んじゃぞ」

「えっ?」

 姫子の瞳に光が戻る。老婆の話に食いついたようだ。

「そ、それって『美白の肌になりたい』っていうのも叶えてくれるんですか?」

 前のめりで鬼瓦トメに問いただす姫子。横で『俺ならもっといい願いごとするけどなー』といった感じで、口を開けたまま呆れている丸刈りの高校生、鬼瓦元吉。

「叶うさね。実際あたしは前回の姫路城の憑依者で『長生きしたい』って願っただよ」

 姫子は上から下まで鬼瓦トメを観察する。白髪だが60歳くらいであろうか。

「今年で116歳になるだよ」

「えーっ?!」

 姫子は声を上げて驚いた。だろうなぁ、という感じで鬼瓦元吉が頷く。

 ゴゴゴゴゴゴ。突如地鳴りのような音、部屋が棚が音を立てて軋む。置かれている神職の道具であろう鈴も音を出しながら揺れる。

「じ、地震?」

 姫子は元吉の腕にしがみついた。真剣な表情を保とうとするが、どうしても顔はニヤけてしまう元吉である。

「もう嗅ぎつけおったか。早すぎる。まだ憑依したてでねぇか」

 神棚から色んな物が落ちてくる。陶器の割れる音が部屋に響き渡る。鬼瓦トメと元吉は、まだ振動の収まらない建物の入り口に移動し、扉を薄く開いて外の様子を伺う。

 数メートル先に、セーラー服の女子高生が、もの凄い形相でこちらを睨み付けながら立っていた。仁王立ちの背後から黒い妖気が立ち上るような気迫である。

 鬼瓦トメは揺れる地面にたまらず柱へと寄りかかり、懐から野球ボール大の水晶玉を覗き込んだ。

「三木城の憑依者がやってきおったわい」

 三木城の念道力であろうか、扉がひとりでに開け放たれた。

「早く出ていらっしゃい。姫路城の憑依者。私は三木城に魅入られた女、三木飢子」

 三木飢子が右手を高く上げる。それに呼応するかのように、布団から白鷺姫子が引っ張り出されてしまった。

「元吉、初陣じゃ。あの子は何も分かっとらんが、姫路城は基本能力だけでも高い。きっと勝てる。援護するだよ」

「わかったよ、ばさま」

 二人は姫子の後ろに陣取った。困惑するのは白鷺姫子ただ一人である。三木飢子に対峙するも、ただオロオロとするばかりであった。

「私のような遺構の残っていない城では、貴方に勝てる可能性は今しかないわ」

 三木飢子は闘う構えを見せた。セーラー服のミニスカートから覗く、長い足の外側に、土塁アーマーが可視化される。これは憑依者である白鷺姫子と、神職に就く鬼瓦トメ、元吉にしか見ることができない憑依者ビジョンであった。

「衝撃に備えるのじゃ」

「そ、そんなこと言ったって、私格闘技なんてやったことないですし」

「悪く思わないでね。貴方には個人的になんの恨みもないわ。天下統一したい、っていう城の『業』が私にそうさせるの」

 言いながら三木飢子は右足を高く上げた。サポートするはずの鬼瓦元吉は、そのスカートから覗く純白の物に目を奪われ、避けるアドバイスをするタイミングを完全に逃してしまった。

「行くわよ。三木城の堀切ぃーっ!」

 遠くで繰り出される『かかと落とし』の動作。続いて物凄い衝撃が三人を襲った。

「ぐうっ」

 まともに衝撃を喰らったのは姫子であった。数メートル後ろに吹っ飛ばされ、口の端には血が滲んでいる。

「いいわね、生まれながらにして美しい城なんですから。貴方に三木城の辛さが分かって?」

 ジリジリと三木飢子は間合いを詰める。

「こりゃ、元吉、なんで避けるタイミングを教えてやらなんだ」

「ぐふっ」

 鬼瓦トメの杖が、元吉のみぞおちを綺麗に突いた。白目を剥く元吉。

「貴方には22ヶ月もの間、空腹で死んでいった城兵の気持ちなんて分からないでしょうね」

 三木飢子は両方の手のひらを白鷺姫子にかざす。その途端、姫子の瞳から光が消えた。完全に術中に堕ちた。

「三木城は周辺に付城を築かれ、少しずつ希望を奪われたの。兵糧の補給を絶たれてね」

「まず高木大山付城ッ」

 その言葉が呪文のように響く。催眠術で操られているような白鷺姫子はゆっくりとした動作で赤のジャージの上着のファスナーを下ろした。

「続いてシクノ谷を挟んだシクノ谷峯構付城ッ」

 操り人形のように今度はゆっくりと赤いジャージのズボンを脱ぎ始める。元吉の目の前にはブラジャーとパンティーだけになった意中の人の素肌が浮かび上がった。

「続いて明石道峯構付城ッ」

 白鷺姫子は後ろ手でブラジャーのホックに手をかける。

「あら、意識がないのに抵抗しているようね。さすが高いポテンシャルを秘めているようだわ、姫路城は」

「いかんぞ、元吉、数珠を握れ、祈れ、眠りを解くのじゃ。何をボケーッとしとるんじゃ」

 三木飢子は両手を広げて、白鷺姫子の顔に向けてかざした。

「辱めを受けながら落城なさい。行くわよ。三木城究極奥義『三木の干殺し』」

 周りの風景が暗転し、阿鼻叫喚の地獄絵図が展開する。地に這いつくばり、食べ物を請う者、死んだ者に食らいつく者、空腹に耐えかねて自ら命を落とす者。様々な情念の衝撃波が白鷺姫子に降り注いだ。

 苦悶の表情を浮かべ、ブラジャーを外す姫子。

「う、美しい」

 鬼瓦元吉は感嘆の声を上げた。これまで元吉は沸き起こる性の衝動に正直であり、女性のバストは大きければ大きいほど良い、と思っていた。が、今目の前に神々しく立つ白鷺姫子の胸元はBカップであろうか、くびれた腰元から綺麗なラインを描き、全然いやらしい気持ちの起こらぬ、美しい彫刻芸術を前にしたような感動に打ち震えていた。

 鬼瓦元吉は日頃から後生大事に持ち歩いている、バイトをして買った三千万画素の一眼レフを構えてシャッターを切った。

 ファインダーに意中の人の薄いピンク色をした突起が、何枚も綺麗に切り取られ収められていった。

「このエロ餓鬼が」

「ぐへ」

 フルスイングで振り下ろされた鬼瓦トメの杖が、元吉の後頭部を直撃した。

「このままじゃ負けるぞ。ここで負けたら再び乱世じゃ」

 鬼瓦トメは古い古文書を元吉に手渡した。

「ワシはもう脚力がない。この干殺しの衝撃波を突き進んでいく力がない。元吉、この古文書を見ながら姫子の近くで助言するんじゃ」

 向こうでは勝ち誇ったように、三木飢子が不適な微笑みを浮かべていた。

「そろそろ最後の一枚も剥ぎ取ろうかしら。恥ずかしさと失意の中で落城していきなさい」

 鬼瓦元吉は大慌てで古文書をめくる。最後の一枚も剥ぎ取ってほしいのは山々だが、これを見逃せば、ばさまに殺される。

「兵糧攻めの終盤ではね、愛馬にも食らいついたそうよ」

 三木飢子の目に涙が溢れる、城の無念が魅入った者の心を揺さぶっているのだろうか?

「落城なさい、三木城の馬塚っ!」

 悲しみの衝撃派が押し寄せてきた。これをまともに受けたらひとたまりもない。きっと最後の一枚も、乙女の一番大切な部分も、白日の下にさらされてしまうであろう。

「白鷺さんっ、姫路城には鉄壁の守りがいくつもある。華頭窓を持ち、窓枠や格子に金箔の飾りを施し、桃山風の外観を持つ櫓門がっ!」

「ひ、菱の門?!」

 鬼瓦元吉の叫びが白鷺姫子を正気に戻らせた。姫子の前に菱の門のイメージが立ち上がり、衝撃派をそのまま跳ね返す。何倍もの力がカウンターとなって。

「ぐふぉおおおっ」

 三木飢子は血を吐きながら後ろに吹き飛ばされた。口からは泡を吹き、白目を剥いて痙攣している。無意識であるにも関わらず、念仏のように飢子は呟いた。

「今はただうらみもあらじ諸人の いのちにかはる我身とおもへば」

 そこまで言うと、三木飢子は完全に気を失った。

「落城、成仏じゃ。見ろ元吉、城兵の怨念が天に昇っていくぞよ」

「本当だ」

 何人もの兵士が安らいだ顔で天に昇っていく。振り返れば鬼瓦トメは手早く白鷺姫子の衣装を着け終えていた。近くで見たかった元吉は内心歯ぎしりをして悔しがる。

「今回はなんとか防ぐことができたが、この子にもっと姫路城のことを知って貰わねばならぬ。ええな元吉」

 力を出し切ったのか、白鷺姫子は、ばさまの腕の中でスヤスヤと眠っていた。

薄暗い倉の中、祈祷師の老婆が女子高生に語りかける。

「目覚めましたわ。宇土清正子さま。遂に姫路城が」

「そう、目覚めたのね」

「どう攻めます?」

「なに、慌てることなんてないわ。数々の戦いで疲労した末で仕掛ければいいのよ」

 薄暗がりの中、ロウソクの炎で二つの影が怪しく揺れる。


第一話「姫路城と白鷺姫子」完

次回予告

「か、身体が動かない?!」

 姫子の手足に粘液を垂らしながら絡みつく、いやらしいタコの触手。

「このまま貴方の一番大切な場所を汚してあげましょうか?」

 迫り来る明石ダコの恐怖、明石城に魅入られた女、子午 線子(しご せんこ)の魔の手が伸びる。巽櫓、ひつじさる櫓クラッシュを防ぎきることができるのか?

第二話「まとわりつく明石ダコ」にご期待ください。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?