見出し画像

魂のあとがき▶Yuning

みなさま、春の雨の日にこんにちは。
今日は、再び中山可穂さんの話をしようと思います。
 
少し前に『感情教育』のレビューを書いたが、今回は第14回山本周五郎賞に輝いた『白い薔薇の淵まで』を取り上げたい。と言っても、本編も素晴らしいが、注目すべきはそのあとがきだ。今日はひたすら、私が心を持っていかれた「あとがき」の話をしようと思う。ああ、早くこの話を書きたくてうずうずしていたのです。


左が『白い薔薇の淵まで』の復刊本、右が同作者による短編集の『花伽藍』。


 
『白い薔薇の淵まで』には3冊の本がある。2001年に集英社から刊行された単行本(Aとする)、2003年に集英社文庫として刊行された文庫本(同B)、そして2021年に河出文庫から復刊された文庫本だ(同C)。
 
それぞれの本には異なるあとがきが収録されている。絶版により私はCしか手に入れることができなかったが、初版本を持つ中山可穂ファンの友人からAとBのあとがきを見せてもらった。感謝に堪えない。


***
 

単行本のあとがき(A)は、「花だけはくれるな」という受賞エッセイとなっている。そこで読者は衝撃を受ける。「レズビアン女性と、既婚で子供のいる女性が恋に落ち、離婚を経て、二人が手探りで新しい人生を始める」という中山可穂さんが得意としたストーリーは、彼女の実体験であったことを知るからだ。「離婚してわたしたちが一緒に暮らせるようになるまでに三年かかった」と可穂さんは切なそうに振り返る。
 
可穂さんは、パートナーの娘さんであるKちゃんになかなか会わせてもらえなかったらしい。そして、受賞祝いの花に埋め尽くされた狭い部屋の中で、小学2年生のKちゃんとついに顔を合わせ、「この日のために一人前の作家にならなければならぬと努力を重ねてきた」と彼女は感激する。「今なら胸を張ってこの子の前に立つことができる。わたしは山本周五郎受賞作家になったのだから」と。
 
……ここまで読んだ時点で、私はもう目頭が熱くなっている。


***

 
そして、それから2年後の集英社文庫のあとがき(B)。

「受賞後に変わったことといえば、受賞エッセイに登場したパートナーとその後別れることになってしまったくらいで(人生いろいろですね)、あとは何も変わらない。本がたくさん売れるようになったわけでもなければ、たくさん書けるようになったわけでもない。」
 
……えっ!?別れちゃったの!?(絶句)
 
それ以降、可穂さんはこの話題には触れず、「人生は地獄だ、と思いながらわたしはこれまでずっと生きてきたが、そしてその実感は一生変わらないだろうが、生きるに値する地獄であると少しは思えるようになった。」とあらためて受賞への感謝を述べている。
 
この時点で、私の心臓はもうバクバクだ。可穂さんの人生に感情移入してしまって、会ったこともない人の人生のために涙している。


***

 
さて、そして、それから20年後の復刊版(C)だ。同じく復刊した『感情教育』には何もあとがきをつけなかったのに(当初のあとがきは削除されてしまった)、こちらにはつけている。それがまた味わい深い。
 
「わたしはといえば、かつてあれほどの精魂を傾けてほとんど命懸けで書き続けてきた「女×女の恋愛小説」をもう書くことはなくなってしまった。それはわたしの人生から恋愛というものが消えてしまったからである。恋愛をする機会も、情熱も、興味すら、きれいさっぱりなくなってしまった。そしてそのことに何の未練も感じない。」
 
ふはぁ……(深い溜息)。

ここまで読んで、私はもう、彼女の人生を一緒に走り切ったような、その酸いも甘いも、情熱も退廃も一通り味わってしまったような、ぐったりとした余韻に浸ることしかできない。数知れぬ感情の荒波にぶつかり、祈るようにして幾多の夜を越え、還暦を過ぎてようやく心の安寧を手に入れたであろう彼女を、私は愛する。そして、憧憬と尊敬と哀惜を捧げたくなる。


***
 

……いかがだったでしょうか、魂のあとがきにしびれた話。

え、本編?面白いに決まってるじゃないですか。ぜひ読んでみてください!
そして、わたしたちの読書会に来て、感想を教えてください。
待ってますからね…!


【投稿者】Yuning
 



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?