2020年6月 弘前周辺の国指定重要文化財巡り

画像1 黒石市の国重文、高橋家住宅。約270年前の建物。黒石藩御用商人の米問屋であった。
画像2 黒石の中心部は、こみせと呼ばれる、昔のアーケードが今も連なっている。
画像3 こみせの屋根下には明かりも灯せるようになっている。
画像4 高橋家住宅。今では14代当主、東京から嫁いで50年という奥様がひとりで家を守っている。お子さん達は別に家を建てて住んでいるそうだが、奥さんはここが一番暮らしやすいそうだ。冬も居室を最新の暖房器具で暖めればすむし、夏は外より2℃は気温が低く快適とのこと。
画像5 高橋家の土間の外には、思いもよらぬ広い庭があり、松竹梅が昔から植えられている。土間は外から入ってくる人たちによって、すぐに盛り上がってしまうので、頻繁に削っていたという。
画像6 客間の障子の桟は、昔から独特なパターンのオリジナル紋様。余所には見られない紋様だという。
画像7 客間越しに、もうひとつの庭が見える。規模は小さいが風情がある。火鉢がいいなあと思って口にしたら、織部だと教えられた。
画像8 高橋家のすぐ近くの食堂では黒石名物、つゆ焼きそばを食べられる。いったん炒めたソース焼きそばを出汁に入れ、天かすとネギを載せる。ソースの風味と出汁が合わさって独特の旨味となる。
画像9 弘前市内に残る、弘前学院外人陣宣教師館。残念ながらコロナの影響で内部は見学できなかった。明治39年に日本人のクリスチャン棟梁によって建てられた。
画像10 同じく弘前市内、旧弘前偕行社。陸軍将校のためのクラブハウス。現在もイベントや結婚式などに利用されているそうだ。
画像11 旧弘前偕行社の内部。シンプルなデザインのシャンデリアが目を惹いた。シンプル故にお洒落な感じが出ている。
画像12 弘前市内のお寺が密集するエリアに立つ長勝寺。代々の津軽藩主らを祀る菩提寺。庫裏、本堂、三門や津軽藩主霊屋など多くの建造物が重文指定。本堂へはまっすぐには入れず、右手の庫裏から入る。本堂の鬼瓦にまだ若いタカが2羽とまってしきりに鳴いていた。
画像13 こちらも弘前市内、最勝院の五重塔が国重文。日本最北にある五重塔だという。門前の狛犬が犬ではなくウサギなのが面白い。
画像14 最勝院境内にモミジの木に、プロペラがたくさん付いていて美しかった。翼果と呼ばれる実で、少しでも遠くへ種子を飛ばせるようにとの形状。
画像15 弘前城近くの旧第五十九銀行本店本館も国重文。あいにく外壁修理のためぐるりを囲いで覆われていた。中のシャンデリアが旧偕行社と同じ。あちらのを真似て作ったという。
画像16 こちらも弘前城前に残る明治時代の建築、旧弘前市立図書館。国指定ではなく、県の重宝。隣に近代的な今の図書館がある。
画像17 桜で有名な弘前城だが、今年のさくらまつりは中止、公園も閉鎖された。現在、天守閣下の石垣を修理中で、その間、天守閣は数十m移動して安置されている。移動の模様を城内のテレビでタイムラプスで上映されていて面白かった。
画像18 こちらが修理中の弘前城天守閣石垣。弘前城では天守閣の他に櫓や門など多くが国重文指定。
画像19 弘前城北門、通称亀甲門の前に残る石場家住宅も国重文。江戸時代は雑貨荒物を扱っていたが、その後は精米や肥料などいろいろ変遷し、現在は酒屋。ここも家のお守りは奥さんがしていた。
画像20 石場家住宅の造りは見事。太い梁はカツラだそうな。上がり框には青森ヒバ1本そのままを面取して使っている。現在補修工事中だが、国や県、そして所有者それぞれの負担割合が決まっているそうで、どうやってそんな大金を払えるかと奥さんは嘆いていた。
画像21 弘前の夕食は、居酒屋土紋にて。銘酒、豊盃を十数種類常時置いている名居酒屋。
画像22 たらたま。干し鱈をむしって玉子の黄身で和えてある。噛むと豊かな風味が口いっぱいに広がって、お酒が進む。
画像23 こちらは名物、イガメンチ。イカをみじん切りにして焼いてある。これまた一度食べたら忘れられない郷土の味。
画像24 弘前で泊まった翌朝は、青森ではフツーだという朝ラーメンに挑戦した。470円。朝限定の塩ラーメン。割と濃いめの豚骨出汁だが、海苔の上の練り梅を少しずつスープに溶きながら食べると、さっぱりする。
画像25 弘前市内の革秀寺。初代津軽藩主のために創建。独特の形に張り出した茅葺き屋根が美しい。本堂と初代藩主御霊屋が国指定重文。
画像26 岩木山神社も門や本殿などいくつかの建造物が国重文。天気が良ければ、鳥居をくぐると行く手にご神体である岩木山が見えるはずだが、あいにく曇っていて見えず。
画像27 岩木山神社の前で店を出すのはカランカランアイスの店。昔は鐘を鳴らしながら売り歩いたのでその名が付いたという。リンゴとパインのダブル味で、150円。すっきり美味しかった。
画像28 こちらは四代津軽藩主の遺言によって建てられた高照(たかてる)神社。本殿など主要な建物が国重文。吉川神道による唯一の神社建築だという。

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