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心理学者との対話は気難しい。

バーテンダーをしていると、いろいろなお客様と話をする機会がある。

今日のお客様は心理学者。
妹尾睦月(仮名)とでもしておこう。

大学の教授をしている妹尾氏。
専門は犯罪心理学。
いろいろ伺うことができた。

風貌は葉加瀬太郎。
心理学者独特の悩みを抱えているという。

心理学者っていうと、どんなイメージを持つ?
妹尾氏が質問を投げかける。

そうですね。
人の心のスペシャリストというところでしょうか。
注文の準備をしながら対話する。

そうだよね。
でもね、実際は人のこと何も知らないんだよ。
心理学って、あくまで座学だよね。
それにね、心理学って、下が育たないんだよ。

ほら、大学に入学するときって文系科目で受験するじゃない。
でも、実際専攻すると理系科目が多いんだよ。
だから、生徒がなかなか話についてこれないんだよね。
就職先も狭いし、勉強は難しいし、実績は出せないし。
こんなに厄介な学部はないと思うよ。

オペレーターとチーズの盛り合わせです。
ご注文通り、白ワイン多めにしています。

オペレーターとは、白ワインとジンジャエールを混ぜたカクテル。
さっぱりとのど越しがいいのが特徴で、老若男女問わず人気の商品。

ひとくちカクテルを口にふくむと、再び語り始めた。

さっき君が話したように、心理学って心を研究する学問じゃない。
そもそも心って何だろうね。
長年研究してるけど、いまだに分からなんだよね。
人の考えてる事なんて、千差万別じゃない。
研究して、どうこう出来るもんじゃないんだよ。

フロイトって知ってるだろう?
精神分析学の基礎を築いた人間なんだけどね、すごく体系的に人間の発達状況を表現してるんだよ。
生まれたばかりの頃は唇に執着するとか、ちょっと成長すると肛門に性的欲求を持つようになるとか、小学生くらいになったら性器に興味を持つとか。

でもね、それってあくまでガイドラインで、結局は生活の環境に大きく左右されると結論付けてるんだよ。

この世界って、すごく複雑じゃない。
だから、心理学みたいに、ガイドラインだけを学ぶ学問って、実用性に欠けるんだよね。
だから、心理学者の給与って安いし、非正規雇用ばかりなんだよ。

心理学部って就職実績が伸ばせないから、大学側からしても微妙な立ち位置だと思うよ。
それに、実用的な行動心理学だけ学びたいんなら、大学で勉強せずに、市販の書籍で十分だからね。

心理学を学んでも、それを意識して実践しないと、人間的には成長しないってことよ。
わたしのようにね。

いや、長年連れ添った妻に別れを告げられてね。
原因が、人の心の研究ばかりしてないで、わたしの心を知ってほしかった。
そんなこと言うんだよ。

妻と子どものために実績を残してきたのに、わたしは一体何のために生涯かけて研究してきたんだろうね。
涙が出るよ。ほんと。
心理学者の末路なんてそんなものだよ。

生まれ変わったら、心理学者だけにはなりたくないな。
チーズをワンピース頬張ると、オペレーターを流し込んだ。

今夜もゆっくりとした時間だけが流れゆく。
闇明かりの空間が二人を照らし出す。

前の話はこれ。


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