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「幸せを求めた旅」はあっけからんとした結末だった。

~プロローグ~

別に、旅自体は全然好きじゃない。

アドレスホッパーとして無拠点生活を始め約1年。
北は北海道、南は大分。
全国各地40か所以上のホステル・ゲストハウス・シェアハウスを渡り歩いてきた。

いわゆる旅人に出会ってきて、その好奇心や体力、観光に関する意欲に驚かされることが多かった。

だけど、僕自身は観光スポットや日本各地の歴史的建造物に対して、そこまで興味はない。

人に会うのは好きだけど、社交性に秀でているわけではないから、毎日知らない人に会い続けるのは辛いものがある。


それでも僕が旅をしていたのは、むしろ”旅っぽくない時間”に価値を感じていたからだった。

例えば、別れ間際。
「また来てね」「また行きます」
「またどこかで会おうね」「応援してるよ~」
そんなテンプレのような会話。そこにいたことに対する承認と感謝。
この先、あるかは分からない再会を望む瞬間。


あるいは次の目的地までの移動時間。
「次の旅先では人生を揺るがすような何かが起こるかもしれない」
そんな一抹の不安と圧倒的なワクワク感が好きだった。


別に、旅自体は全然好きじゃない。

”いつか全てが良くなるはず”

自分では予想もしていない、物語の結末を求めて。
ヒッピーな非日常を浪費をするためだけに旅をしていた。


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こんにちは。
旅するボドゲフリーランス・かとちゃんこと、加藤です。
この度、アドレスホッパー生活を終えて定住することにしました。


住むのはシェアハウスですし、3ヶ月契約なのでその後どうするかはわかりません。
ただ、今のところ
再び「無拠点フリーランスとして全国を飛び回りたい」とは考えていません。


このエッセイの内容は

・自分の今までとこれから(?)について
・無拠点旅で感じたこと
・定住を決めた理由
・出会ってくれた人、ゲストハウス、旅への感謝の気持ち(本文ではあんまり書いてないけど、思っています)

などです。
くっさい自語りが続く駄文ではありますが、読んでもらえたら嬉しいです!

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初めての一人旅

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初めての一人旅は3年前の夏。2018年の夏。19歳の夏。

新品のリュックサックと青春18きっぷを持って。

本州の最南端・鹿児島目指して北海道から電車を乗り継いだ。

旅で決めていたのは

・ねぶた祭りを見る
・わんこそばを食べる
・甲子園観戦をする
・鹿児島まで行く

これだけ。
一人旅をする目的は特になかった。

ただ、大学がつまらなかった。
ただ、楽しく生きるためのヒントが欲しかった。
ただ、ここじゃないどこかに行きたかった。

ただ、「面白い人間」に為りたかった。

それだけの理由。

旅慣れしていない分、今より多めの荷物をリュックサックに詰め込んで。
青春18きっぷ3枚分。3週間ちょっとで鹿児島まで行って帰ってきた。


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結論、面白い人間にはなれなかった。

むしろ、面白い人間ばかりが集まる「旅」「ゲストハウス」という環境に圧倒された。

そこで自分は、ずいぶんちっぽけな世界で生きていたのだと思い知らされたし、知らない世界の人たち ~逆立ちしても勝てない人たち~ が世の中にはたくさんいるのだと知った。
・投資家
・外国人労働者
・ゲストハウスオーナー
・世界を何十カ国も訪れている人

観光で来ていた、一見普通のサラリーマンでさえも面白い話を持っていて、人間的な魅力に溢れていた。

---自分はここで披露できるほど、面白い経験をしていない---
---自分は何も持っていない---

その旅で生まれたのは「何者でもない自分への劣等感」だった。

あいにくなことに、
"じゃあこれから頑張ろう"
"それならしっかり話を聞いて勉強させてもらうぞ"
そう思えるほど、強靭なメンタルや素直な心は持ち合わせていなかった。

これが僕の初めての一人旅の思い出である。

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再び旅へ

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それから2年が経った。
21歳の夏の終わり。
コロナ禍によりゼミに出席する必要がなくなった大学4年の夏の終わり。

僕は再び旅に出ることになる。

この間の2年、というより旅に出る3カ月前の間。
就職活動を断念したり、住み込みでアルバイトをしたり、フリーランス養成講座に通ったり、色々あったけれど。

そんなこんなで

・ボドゲ15種類を持って旅をしている人
・アドレスホッパー
・パソコンを使って文章を書いたりデザインをしたりしている人
・大学卒業後に就職せず、フリーランスとなる予定(なった)の人
・同い年の外国人大学生と恋をして、遠距離恋愛をしている(していた)人


意図せずとも、初めて一人旅をした自分が喜ぶであろう看板。
あるいは面白い話の引き出し程度は持てるようになっていた。

ただの「何も持っていなかった大学生」は多少なりとも成長し
あの日ただただ眺めていた「向こう側の世界に住んでいる人たち」に、近づけていたのだ。

「え?ボドゲを持って旅をしてるの?」
「なんで就職しなかったの?」
「え、彼女がベトナムにいる?」

再び旅を始めた僕は間違いなく、あの日の僕にとっての「面白い人間」だった。

旅の苦悩

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あの頃は持ち合わせていなかった”会話への参加権”をゲットしたつもりだった。
現に、面白がってもらえる機会はたくさんあった。

それでも、どこか満たされない毎日が続いていた。
昨日まで知らなかった人と出会うコミュニティの中で、どこか疎外感を感じる自分がいた。

正直、意味が分からなかった。

「面白い人」「魅力的な人」
そう思われたくて、突っ走ってきたはずなのに。


旅の途中では

「自分の幸せってなんなんだろう」

夜になると、何度も、何度もそう自分に問いかけていた。


~~


それでも”幸せになる上で何かを掴みたい”とは常々思っており


”いつかきっと良くなるはずだ”

自分に言い聞かせながら、旅を続けた。


しかし、それはいつしか「色々な人に会い・話し・学びを得たい」という本来の目的からは逸れていて「旅をしなければならない」へと変わっていた。

学びではなく、次の旅先で起きるかもしれない「人生を揺るがすような何かに出会うかもしれないワクワク」に価値を見出していたのである。

“もしかしたら” "きっと次は"
ある種、違法薬物を求める快楽主義者のように。

ヒッピーな非日常を浪費をするためだけに旅をしていた。


旅の分岐点にて

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そんなあるとき、とあるゲストハウスで共にした人たちから連絡がきた。

”来週かとちゃんのいる場所へ「旅行」に行くから一緒に遊ばないか”

そんなお誘いだった。


…少し話は逸れるけど、個人的に旅行と旅の違いは「物事に対する捉え方」だと思っている。

旅行は、旅行先での出来事・景色・素敵な出会いをプラスの感情として消費すること。

旅は、旅先での出来事・景色・素敵な出会いから何かを感じ、ゆっくりと時間をかけて消化して、経験や知識へと変換すること。



そういう意味では、「旅」の日常に発生した久々の「旅行」

2か月ぶりに彼らと再開し、
一緒にご飯を食べて、観光し、お酒を飲み、笑いあった。

元々、歴史や建築物、良い景色に対する興味が薄かったことに加え、
”手を動かさなければ死ぬ”というフリーライターの性質上「プラスの感情を消費すること」を後回しにしている節があった。

だからこそ、その時間は良いリフレッシュだったのだと思う。

もっというと、
相変わらずの賑やかさや、久々に見る馴染みのある面々。

相変わらず、子どものような無垢な心に、大人の節度もあわせ持っている。
”良い人たち” なんて単純な言葉で表現はしたくないけど。

自分には欠けている要素だからこそ、いっそう魅力的に映る人たち。

そんな環境も自分がリラックスできる一因だった。


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旅行中は旅では味わったことがない気分だった。

それは、ただ「楽しかった」「リフレッシュできた」という消費的快楽という意味ではもちろん、
自分の内面に渦巻く感情すらも旅とは異なっていた。

その時間~旅行の時間~は相手に対する尊敬や敬意こそあるものの、羨望や嫉妬といったたぐいは一切なかった。

旅中に募っていた劣等感の欠片さえ。

むしろ、”この時間がずっと続けば良いのに”と涙が溢れそうになる程度には心地の良い時間だった。

なぜそう思ったのか、当時は分からなかったけれど。
それでも前に進むべく、旅を続けて、出会いと別れを繰り返した。


欲しかったのは何気ない日常だった

名称未設定のデザイン (1)

旅行だと思っていたけれど、もしかすると旅の一部だったのかもしれない。

「旅行中」に出てきた感情に対する理解はゆっくりと。
ゆっくりと深まっていったのだった。



ああ、”自分の幸せ”って
こいつはすごい、と多くの人に評価してもらうことじゃなくて、

自分のことを好きでいてくれる人、あるいは自分が好きな人たちに囲まれて、まだ見ぬ景色を見に行ったり、くだらない話で大笑いしたり、ときに泣いたり。

一緒に思い出を紡いでいくこと、感情を共有することだったんだ。


ただ大切な人たちと毎日を丁寧に生きること。

ありきたりな今日ですら楽しかったな、と振り返られること。

ありきたりな明日でさえも、”楽しみだな”って思いながら眠りにつくこと。


自分が求めていたのは、そんなシンプルなことだった。

そして、3年前に感じていた「何者かにならなければ、受け入れてもらえない」というのは幻想でしかなくて、
本当に必要だったのは「何者でもない自分を受け入れて、目の前の人に対して敬意を払うこと」だったのだ。

~~

「もっと毎日を丁寧に、安定した状態で迎えたい」
正直、なんとなくは気づいていた気もする。
ずっと見て見ぬふりをしていたし、もっというと、立ち止まる勇気がなかったのだと思う。

ただ、強烈な幸福を伴ったこの出来事は、薄々感じていたことが間違いじゃないと改めて教えてくれた。


アドレスホッパーを辞めます(仮)


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それからは住みたい地域でシェアハウスを探し、内覧し、比較検討し、住む場所を決めた。

自分にとって居心地の良い、”帰る場所”をつくるために。


ありきたりな今日ですら楽しかったな、と振り返りたい。
ありきたりな明日でさえも、”楽しみだな”って思いながら眠りにつきたい。

日常に楽しみを見出していきたい。
自分にとっての最適解は、人間関係が流動的になる旅じゃない。

僕の「1年にわたる無拠点旅」は3日考えればわかりそうな、極めて当たりまえな結論とともに幕を閉じた。

なんの面白味もない結末。
3年前の自分が知ったら、「つまらない人間」と幻滅されるかもしれない。

だけど、この決断にも、悩み苦しんだ過程にも満足している。

旅で出会った素敵な人たちのおかげで気づいた自分の幸せ。
この気持ちを忘れず、ときにはアップデートもしつつ、毎日を生きていきたい。


~エピローグ~

別に、旅自体は全然好きじゃなかった。

「旅」という環境に魅了され、結果、飲み込まれていた。


だけど、”旅は無駄だったのか”と聞かれたならば、絶対的な自信を持ってNOと答える。これは間違いない。

なぜなら、いったん旅を終えた今、様々なものが残っている。

お酒、ボドゲ、日々の共用スペースを通して様々な人と交流できた時間は自分の財産なのである。
さらには

・旅、ないしはゲストハウスのおかげでまた会いたい人が何人もできたこと
・良い意味で、理解不能な人がたくさんいるのだと知れたこと
・「面白い人間に対する憧れ」を捨てられたこと
・一周回って自分の幸せを知れたこと
・「何者かにならなければならない」というのは
”このままつまらない大学生活を過ごし、社会人になることへの絶望”であり”自分の心の拠り所が欲しい”ことの裏返しだったとわかったこと

たくさんの学び。
そしてなにより、行けば「おかえり」と言ってくれるであろう”第2の家”が全国各地にできたこと。


あの日問うていた「自分が何者か」
そんなことはさほど重要じゃない。

本当に大切なことは、目の前にあるのだから。

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