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【短編】メタモルフォーゼ  〜 晩学作曲家のモノローグ 〜 第3話

作曲活動をコツコツと続けていた中で、継続していたことが少しは功を奏したのかもしれない。

世間の反応というものを感じていて、作品委嘱の依頼がまたもやあったのである。

受けた話は行き違いになったり、破棄されてはいけないと思い、丁寧に対応し締め切りまでにはしっかりと仕上げて提出することを肝に銘じた。

ところで演奏会の際の告知は外すことはできない大切な作業である。

主催者から送られるチラシを丹念にSNSを使って友人に宣伝するために、しつこいくらいにアップを重ね、またかと思われるくらいのほうが存在をアピールできる。

楽譜の出版では出版社にもコネを作ろうと都内の中小をまわってみた。

藁をもつかむ思いで、一件、一件を丁寧に当たったが反応は乏しく、高額の手付金をふっかけられたり、採算が合わないとストレートに断られてしまうことがほとんどだった。

なかなか進展がないために、地団駄を踏む思いで現実の厳しさを受け入れることになった。

マイナス思考でいくのはよくないと思いながらも、右往左往しつつ、次に成さねばならなかった広報用媒体である自分のウェブサイトの制作にたどり着いた。

まず、プロフィールと作品のデータベースを公開し、様子を見ることにした。

部屋にしばらくこもり、ドメインの取得からWordPressを用いるための情報の理解に努める。

悪戦苦闘の末にようやくウェブサイトを完成させ、作品の楽譜販売促進を重ねていくようにした。

ダイレクトメールまで設定し、そのままインターネット上でアップしていたところ、3日後に一通のメールが入っていることに気付き、何かと思って開いてみると、「素晴らしいお仕事をしていらっしゃる。活動に期待しています」と見知らぬ方から激励のメッセージが入っていた。

簡易だが温かな言葉をかけてくれるようになったことでもありがたいことで、少しウキウキしていたこともあった。

情報更新が自由にできるツールを立ち上げてから気持ちに余裕が生まれたのか、作曲の作業は次第に加速していくようになった。

退職してすぐにピアノのための組曲《子どもの遊戯》、トランペットソナタ《フェイズ》、十三楽器のためのコンチェルティーノを矢継ぎ早に書き上げた。

一日の大半の時間をかけられることのメリットはやはり大きい。

作品が完成すれば、当然に演奏会に出品していくことになるが、ただ待っているだけでは何も起こらない。

今の立場では自分から動かなくては自作の演奏はあり得ないのだ。

そして、とうとうスポンサーである音楽振興団体にコネをつけて、主催の演奏会プログラムに取り上げてもらえるようになった。

ようやく機運が熟し始めてきたと思えば、そうなのかもしれないが、まだ自身の問題点は山ほどある。

何と言っても演奏家の人脈を増やすことであり、演奏会の度に演奏者を探すのは大変なのである。

SNSで呼びかけることもできようが、音楽事務所などにも当たってみることも一考であると思う。

その場限りの友情心を燃やし、頼み込んだりする付き合い方をしてきた者にとっては、真の友情関係を築き上げられなかったことは恥じなければならないのだ。

フリーで活動していくには人的交流のないのは致命的だ。

演奏家との信頼を築きながら、幅広く常識あるお付き合いしていくことはいかに重要であるかは次の一件でもよく理解できるだろう。

少し前にSNS上の自然の成り行きで知り合ったトラッペット奏者Mに、一万五千円で「トランペットソナタ《フェイズ》の演奏を引き受けてもらえないか相談を持ちかけた。

Mは業界でもかなりの凄腕で、多忙の演奏活動のかたわら、音大で非常勤講師もしていたが、金額の提示には眉をひそめた様子で、「もう少しご配慮いただければ助かります」と単刀直入な返答であった。

「はいわかりました」と何も考えずにお茶を濁したまま楽曲の譜面を郵送し、曲の説明を付して練習の段取りまで取り付けた。

Mは二回の練習もそつなくこなし、ピアノ伴奏をつとめた自分も大変満足し、本番においても活き活きとした演奏ぶりで好評を博した。

終演後に喜び勇んで御礼を申し上げ、薄謝の入った封筒を手渡した。

Mは笑顔でその封筒を受け取り、一礼すると支度をしてホールを後にした。

その後、御礼のメールを送ったのだが、Mからの返事は何もなかった。

渡した謝礼は二万円であった。

どうして後味の悪い結果になってしまったのかはあとになって失敗だったと猛省したのだが、謝礼の相場感覚が演奏者と食い違っていたことにあったのだ。

無頓着な性格のためにやらかしてしまった失態だった。

二回の練習と本番の時間拘束を考えると、個人の依頼ではたして二万円が妥当ではなかった判断ができなかった未熟さを思い知ることになった。

業界をよく知らずに、演奏者との価値観の相違に恥辱の念に駆られた。

もう次にはお願いしても受けてもらえないのは明らかで、顔を合わすこともできないだろう。

なので、知り合いにお願いしやすい人脈づくりは欠かせないのである。

この時は一枚三千円のチケットの持ち分二〇枚は三枚残してあとは売れた。

全部で五万一千円の売り上げで謝礼が二万円であるから、差し引き三万一千円が残ったことになる。

でもこれはもともとスポンサーに会場経費、広報費などを含めて六万円払っているから、結局はチケットノルマを全部売らなければプラスマイナスゼロにならない。

このケースで作曲を中心に生計を立てていこうとすると、採算は当然合わなくなるので自主演奏会などの違う販売構造で必要経費以上の売り上げを考えなくてはならない。


[第3話 了]

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