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展覧会 | みちのく いとしい仏たち が思い出させてくれた事

東京が久しぶりに大雪に苦戦し明けた次の日、東京ステーションギャラリーで開催中の「みちのく いとしい仏たち」を観に行ってきました。
この展示会情報を知った時から、これは見に行かなくちゃ!と思っていたのに、ギリギリになってしまった。

とってもとっても良かった。素朴な仏様たちを観て周り、すっかりデトックスされた気分です。
館内の展示は撮影NGでしたので、イメージを伝えるために恐れ多いですが、ちょこちょこと私の落描きが入ります。バチがあたりそうで怖いです。

とにかく優しくてあったかい仏様たちがずらり

神社仏閣を回りまくるほどではないけれど、私は仏好き。これは昔からで、そもそもお寺や神社に入るとホッとしちゃうし、仏さまを拝むと心がシーンとします。

フロア移動の階段踊り場は東京駅そのもの


2番目のフロアに入る扉。かわいいです

私は北にこれまであまりご縁がなく、今回展示されているような仏様たちを実際にお寺などで拝観したことがありませんでしたが、いろんな記事でこんな素敵な仏様たちがいらっしゃるという事は聞いていました。

実際に目にすると、本当に素朴さや優しさが伝わってきます。
いわゆるどうだ!これぞ仏像、金ピカよ!っていう仏様とは全く違う。
生活の中に根付いて、人々の祈りを一心に引き受けてきたという温度です。

専門の仏師でもない、宮大工や職人が彫った仏様たちなので、繊細さには程遠く。
しかしその無骨さが人々の毎日をダイレクトに伝えてきます。
仏師が彫った仏像が丸顔に対し、こちらの民間仏様達はアゴが大き目の四角顔が多いですね。

命を救う事ができなかった子を抱く母仏

青森県五所川原にある慈眼寺にいらっしゃる 子安観音坐像。
子を得た喜びと失う悲しみを両方通らねばならなかった母を救うような仏様。本当に”慈悲”という言葉を感じます。
英語の "The poorly expressed hand holding the baby firmly in its arms.."というストレートな説明にグッとくる。

これは人が願う事を考えさせられる展示です。どうか儲かりますように♩みたいな願いではありません。
人が北の地で生きていくために願った事は、天災、疫病、事故や上からの酷い仕打ちから逃れ、愛する人と一緒に平和に暮らしていくことです。

目先で追いかけるものがあまりにもスピードが早すぎて、沢山ありすぎて、こんな願いを世界中の多くの人々が根本的に忘れているのだと思います。

家族や健康や、あたりまえのものを失わないと人は気づかない事をこの展示会で思い返しました。

帰ってきて思わず切り出した仏さまたち
六神様達。とても素敵なお姿でした

そして下が今回のスター、山神像です。この仏様をキャッチに選んだプロデューサーは素晴らしい。
他にも候補は沢山いたなあ、と思いますが、もうこのフォルムに叶う仏様はいらっしゃらない。

たまらないこのバランスと表情

岩手県は兄川山神社というお寺にいらっしゃる。
しかし本殿ではなく、脇の小さいお社に静かに祀られているそう。地元の方もずっと存在を知らずで暮らしてきたそうですよ。

林業に携わる人たちの安全を願った神像なのだそう。
何かすがるものがなければとてもじゃないけど、危険な場所に毎日出かけて行けないですね。

展示されている海の神様について、館内の映像展示の中で地元のかたがおっしゃっていた事。
「漁師なんて一枚板の下は地獄です。大漁もさることながら、何事もなく家に帰って来れますように、と願いを捧げた仏様です」と。
今のような頑丈な造りの船でもないでしょうから、さぞ恐怖をかかえながらの闘いだったでしょう。
山の神様も、海の神様も、そこで暮らす人たち皆の心の支えだったのです。

仏様達は、お寺の護摩焚きや、囲炉裏の煤で真っ黒です。これこそ毎日の中に在った事がよくわかります。

そんな危機感満載の願いを捧げるにしては、このゆるさってどうなの?とちょっと微笑んでしまうほど可愛らしいお姿ですよね。

怒り顔なのに、ちょっと笑ってしまう

こんな風にかわいらしい仏様たちが出来上がっていった理由は、人は心のうちを神様にやさしく聞いてほしいから。
マウント取られて上から説教されながら、あれはダメだ、これはいかん!とたたみ込まれるよりも、人の不安や恐怖を柔らかく受け止めて欲しいから。

まあそりゃそうです。頭の上からガンガン怒られたら、お願いに来たのにしょぼんとしてしまいますわ。
「どうしたの?話してごらんなさい」と話しかけてくれるような、優しく切ない仏様達が沢山展示されています。

やはり母の仏が切なくて優しい

そして昔、顔と体が別々のお地蔵様を作ったことを思い出しました。
なぜこれを作ったのか、理由はまったく記憶にないのですが、私の机にちょこんと置いてあった時期がありました。

頑張るぞ!っていう日は顔を上向きに。
ちょっと切ない日には顔を下に。
ふてくされモードの時はちょっとそっぽを向いて。

ころころ地蔵と命名

胴体の中は空洞で、息子が小さい時に保育園で作ってくれた小さい小さい折り紙虫を入れていましたねー。彼は「じゃり虫」て呼んでました。

これまで安易に「ああ、こうなったらいいなー」とか「こんな風にならないかなー」とか鼻歌まじりで思ったりしていましたが、そんなふざけた願いなんて叶うわけがないんですね。
人が願う事や想いを馳せる事。
もっと真剣に覚悟を持って、そのために一生懸命頑張って、しっかりと心から願っていればきっと願いは叶うのだと思います。

さて、この後には壮大な「中尊寺金色堂」の美術展も待っているわけですが
こっちの仏様とは対極なんでしょうねえ。

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