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【詩】散った薔薇

庭に咲いた赤いバラの花

誰にも見られることなく

ただ春の雨に濡れて

涙のような雫を垂らしている。



頼りなさげな花軸に支えられ

たわわな花弁が

鮮やかに咲き誇っている。



されどもう

その花を愛でる人はいない。

昨日まで布団に横たわり

その深紅をひたすら眺めていた人は

もう空に還ってしまった。



今は薄絹のかけ布団だけが

飴色に焼けた畳の上に

ぽつんと放りだされている。



去年の今頃

遠くの家庭に戻るために

私の母は

一輪の薔薇を鋏で切り

「次会える日まで元気でね」

と言って私のカバンに忍ばせてくれた。



その薔薇は今も

私のカバンの奥で

薄茶に朽ちた肢体を晒している。



亡き母の最後の記憶が

名残香のように

枯れた花弁に宿っている。



この花を愛した人は

最後に私とまみえることなく

無窮の空に昇っていった。



いつの日か彼女は慈雨となり

新しき薔薇を育むことだろう。



そして薔薇は想いと共に

愛する人に贈られるだろう。



運命は定まることがなく

人の思いも流転すれど

愛する人からの情だけは

永久に思い人から思い人へ

受け継がれていく。



そしてこの私の愁いも

無常なる世界が散華して

新しき秩序が始まり

あの親しき顔と出会うまで

続くのだろう。








悠久の時に

祝福あれ。

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