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【冬曲でショート】冬来たりなば

今月も残りわずかだ。
立春が近い。
なんとなく日差しが柔らかくなったのは気のせいだろうか。

とはいえ。

エアコンの効いた室内は暖かいが、冷気はさり気なく忍んでくる。
例えば窓付近。
結露で湿ったカーテンが窓に貼り付く。
僕の眼鏡をうっすらと曇らせてゆく。

テーブルの小皿からナッツをつまんで口に放り込んだ。
アーモンド。
次はカシューナッツ。ピスタチオ。
この冬はナッツばかり食べていた。
おやつにツマミに大活躍だ。
健康と美容にもいいとか何とか。これは君の受け売り。

リスみたいね。
君のからかうような笑顔が目に浮かぶ。

その君とは半年近く顔を合わせていない。


大学を卒業してから遠距離恋愛を続けていた。休みが取れると行ったり来たり。
交通の発達した現代、物理的な距離はそう気にならなかった。あの時までは。

物騒なウイルスが頻繁にニュースに登場するまでは、だ。

君は特殊な職業に就いていた。
それが理由で行動範囲を制限され、そうそう県外へ出られなくなったのだ。

会えないと分かった途端、物理的な距離は現実味を帯び、僕は地図上の距離を指で測ったりした。
ため息をつく。
そしてまたナッツに手が伸びる。


今夜も忙しいだろうか。
会えないならせめてオンラインで話したい。勤務が不規則な君とはなかなか合う時間が取れなかった。最後に話したのはいつだ。

前回は確か休憩時間中で、マスクの君は顔半分しか見えなかった。
短くてごめんね。
すまなそうに目で笑う君に、僕はちゃんと笑えていただろうか。

余計なことを考えながらナッツを咀嚼する。

今はこんなご時世だから仕方ない。
僕と同じように、会えない気持ちを持て余している人はごまんといる。
いつか。落ち着いたら。必ず。
そんな言葉を祈りのようにくり返して日々を送っているのだから。
その日を待つしか今はできないじゃないか。

眼鏡が曇ってきた。


冬来たりなば。

大学の授業で習ったフレーズが不意に浮かぶ。

詩人の言葉だった、確か。

続く言葉は何だっけ。スマホで検索する。

春遠からじ。

冬が来るなら、春は近いぞ。


季節は順繰りに巡る。

春から夏、夏から秋へと。
秋の次に冬が来たら、また春がやってくる。だから冬が来たら春だ。

春を思い浮かべるだけで心が暖かくなって来るのが不思議。

梅は無理でも桜は是非一緒に見たい。
君と僕の街、どっちが先に開花宣言をするだろう。

もし僕の街で見るなら、あの公園がいいな。鈴懸の木が並んでる公園。

そういえば鈴懸ってプラタナスのことなんだってさ。
よく見る街路樹。気になって図書館で調べてみた。

あの鈴みたいなのは実だけど中身は綿毛なんだよ。

タンポポみたいに飛ぶんだろうか。

いつか君と歩いた木の下を、またいつか君と歩く。そして桜を見に行く。春を満喫してやるのだ。

ずっとずっと押しこめていた気持ちを解放して。思い切り深呼吸できたらいいな。

早く春が来ますように。


🍀創作は久しぶりです。夏にピリカさん企画で乗った「曲からショート」を勝手に冬バージョンにしてみました。曲と内容が合っていなくてもご容赦ください。曲中のキーワードと、頭に浮かんだものを組み合わせて物語を練りました🍀



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