夢の在り処4(掌握小説)
前回の小説3話はここから↓
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母さんとの喧嘩の延長線上でお姉ちゃんの家に行くことになった昨日の夜。私はバスで梅田駅に着いた。
母さんはお姉ちゃんと話をしたらすぐ帰ってこいと言って、今日の夜くらいしか大阪に滞在する期間をくれなかった。
おかげで私はすぐにお姉ちゃんにあった後、修学旅行以来、初めてきた大阪からとんぼ帰りせざるを得なくなった
お姉ちゃんは急な母さんの連絡にも関わらず、週末の休日を利用して私を迎え入れてくれた。最近、あんまり話す機会もないお姉ちゃんはきっと私が大阪に遊びに来てくれることが嬉しかったのだろう。
お姉ちゃんの家はマンションの一LDKだ。
住んでいる千葉周辺に比べるとまた違った意味で人や物が溢れていてどこか落ち着かず、空気に違った味を感じた。
お姉ちゃんとは、幼い頃は喧嘩をすることもしばしばあったが、今はもうお互いに離れて住んでいるせいか良き友達くらいの仲に落ち着いていた。
お姉ちゃんは家に到着するなり、開口一番にこう言った。
「あんたから連絡してこっちくるなんて珍しいよね」
「まあね。こっちにはお姉ちゃんくらいしか知り合いがいないし、仕事忙しいでしょ、きっと?」
多分、私は濁し気味でお姉ちゃんに空返事と適当な理由を話した。
「まあ、銀行ってみんないいって言うけれど、仕事は仕事だし、一人暮らしをしていると日々の流れが早くてさ。なかなかこっちに呼びたくても暇がなかったからね」
私はお姉ちゃんに荷物を預けるとお姉ちゃんはリビングの隅に私の荷物を置いた。
「来て早々悪いけれど、お寿司食べにいこうよ!」
そう言うとお姉ちゃんは私を家の外へ連れ出した。
バスに揺られてここまで来るのに疲労を感じてはいたけれども、お姉ちゃんのもてなしを素直に受けるべく、お姉ちゃんに連れられて、車で近くの回転寿司へでかけた。
夕方の早い時間ではあったが、もう家族や会社終わりのサラリーマンたちで溢れかえりそうになっていた。
お姉ちゃんが急いだのはこの混雑を見越したものらしい。さすが要領がいい。
すぐに店員に案内され、私たちはギリギリ並ばなくて済むと同時にスムーズに席に座ることができた。
最近は家族で、お寿司を食べに行くこともないのでお姉ちゃんと二人で向き合ってお寿司を食べていることがなぜだか不思議なことにも感じられた。
お姉ちゃんは皿を配ったり、醤油を入れてくれたりと手際が良い。
私はそんなお姉ちゃんのおもてなしに対しておしぼりを渡すくらいしか気を回すことができない。
お姉ちゃんは私の前に皿を置きながらぼやいた。
「あー、お腹すいた。やっとお寿司を食べれる!あんた来るの待ってたんだから」
「なにそれ。私が来るのを口実にして贅沢したいだけじゃん」
「そう。最近、忙しかったからさ、久々にのんびりできる頃合いであんたが行きたいって言ってるって母さんから聞いたからあんたを口実に贅沢しようと思ってさ。母さんがあんたが来るのに迷惑かけるからって迷惑料までくれたから」
母さんからお姉ちゃんは賄賂を受け取っていたらしい。世の中の悪い縮図がここから始まっているよと私は、母さんとお姉ちゃんをまるで悪の組織であるかのように心の中で不平を言う。
「どんだけ、母さんは私に気を回してくれてんのよ」
私はため息をついた。
「まあ、私が成人しちゃってあんたしか面倒みるのいないんだからそう言わないの」
母さんという単語が出て来ると私はその先にお姉ちゃんは今回の経緯も聞いたのだろうと察しがついた。
しかし、私は何も言いたくない。つい、子供っぽく話をそらすように回ってきたサーモンに手を伸ばす。
「あ、このサーモンおいしそう!!」
皿を手に自分の机に乗せた後、お姉ちゃんは何気なく本題を切り出した。
「母さんと喧嘩したんだって?」
急に本題をぶつけられ、私はお寿司がむせそうになった。はい、お茶っとすかさずお姉ちゃんはお茶を私にくれて、飲み干した後に、私はふうーっとため息をついた。
お姉ちゃんは自分の意見を私にぶつけるように話し始めた。
「母さんはいろいろ心配してあんたにいうんだろうけれど、そんなこと全然まだ気にすることないじゃん。だってあんたまだ今年で十八歳だよ。迷って決めた方がいいのは確かだけど、もっと自分に可能性を感じる方を選べば全然問題ないよ」
その言葉の端々からお姉ちゃんは逆に私が羨ましいようだった。
私のことをまるで自分が学生だった頃を投影するかのようにキラキラとした目で私を見ている。
私の悩みなんてきっとお姉ちゃんにはわからないよ。
私はお姉ちゃんの優しさを知りつつも、少し意地悪な面と拗ねたような面を合わせた口調で返していた。
「じゃあ、お姉ちゃんは今の仕事で満足しているの?」
すぐに返事が来ると思っていたのに、意外にもお姉ちゃんは、しばし言葉を濁らせた。
その反応に私はお姉ちゃんの意外な一面を見た気がした。
それまで私はお姉ちゃんに対して素晴らしい理想のお姉ちゃんだとしか思っていなかった。
自分でなんでも全てをことごとく決めてきたというイメージを持っていた。
父は会社の経理担当をしていて、終身雇用で定年まで働いていた。
その父の背中をお姉ちゃんは一心に見ている気がした。だからこそ、大阪で銀行員になるという道を選択したと思っていた。
お姉ちゃんの次の言葉で私はさらに驚いた。
「……満足はしてないかな」
その一言は今まで私が見たことのないお姉ちゃんの言葉だった。
一体、今まで見てきた私の中のお姉ちゃんはなんだったんだろうと思わされた。
お姉ちゃんの真意を私は聞きたくてさらに問いかけた。
「じゃあなんで?」
お姉ちゃんは店の窓の方を見た。
店の前の道はそれほど大きくはなかったが、帰宅ラッシュも合わさってより多くの車が行き交っていた。
お姉ちゃんの目は窓を見つめているけれど、視線は窓以上の遠い先にあった。
「私もあんたみたいに迷っているのよ、こう見えてもね。でもとりあえず時は止められないから。どうしてだろうね?どこかへ向かって歩いてなきゃ人は死ぬしかなくなってしまうから私は風に吹かれたり、雨に打たれたりでふらふら待っている。私にとっての安住の地はどこなんだろうって」
私はお姉ちゃんの胸の中を推し量り、お姉ちゃんと同じく窓の方を見た。
私には見えないものでも、お姉ちゃんには見えているものがある。そしてまた私にもお姉ちゃんには見えない私の世界がある。
そういう気がした。
「私は私の道を考えているからあんたはあんたらしく生きたらいいと思う。何も気にしないで。それしか今の私には言えない」
最後にお姉ちゃんは付け加えるように言った。
「生きていたらいつか死ぬし、叶わないことはたくさんあるけれど生きてるのは今しかないから」
私もいつものお姉ちゃんとは違うもう一人の姉を垣間見たような気がしてふふっと笑った。
「そうだね。どうしたらいいかわからないけれど、考えてみる。ありがとう、お姉ちゃん」
私はそういって、私はお姉ちゃんとお寿司を食べた。
私たち姉妹にとって何かが深まったお寿司の味だった。
<夢の在り処5に続く>
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