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夢の在り処5<掌握小説:完結>

前回の4話はここから↓

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 気がつくと、さっきまで緑の深かった窓の景色が街並みに変わっていた。
 もうすぐ名古屋が近いのだろう。
 案の定、車内では声の通ったお兄さんの声が次の駅は名古屋に止まるという感情のない声でアナウンスをしていた。
 やがて新幹線は減速を始めて次の駅、名古屋に止まるという感覚を起こさせた。
 止まった駅は比較的、大きな都市の中にあるようだ。
 ここが名古屋なんだな。
 思えば、名古屋には一回も行ったことがない。
 親戚はみんな関東周辺の地域に住んでいるからなかなか関東を出ることがないのだ。
 思えば、小学生の時に家族旅行に行ったことや中学や高校での修学旅行以来、今回が一人で旅をした時かもしれない。
 いろいろな空想や考え事に耽る旅というものが少し面白いことを実感し始めていた。
 視線は景色を見ているが頭の中ではぼんやりと何かを考えている。
 その時だった。
 私に声をかけてくる一人の女性の声が横から申し訳なさそうに響いてきた。
 「あの……景色を満喫しているのに失礼。申し訳ないけれど君、座席、間違ってない?」
 ふと顔を上げるとそこには白いワンピースと麦わら帽子をかぶった黒髪の女性が立っていた。
 重そうな旅行のスーツケースはこの人が国内旅行ではないことを物語っていた。
 私は彼女に見とれるあまり、言われたことが頭に入らない。
 「え、えっと……」
 慌てて席の上にある座席番号と持っているチケットの座席番号と確認する。
 自分のチケットに書いてある番号と自分が座っている番号が明らかに逆なことに気づいた。
 「す、すいません!!」
 立ち上がるとすぐに頭を下げる。
 白いワンピースの女性はいいの、いいのと席を移動しようとする私に手を振って制した。
 「あなたどこで降りるの?」
 「東京です」
 「なら、私は品川だし、あなたさえ良ければこのままの席で行きましょう!」
 「でもそれはそれで……」
 「申し訳ないって?」
 私の心を見透かしたように彼女は言う。
 私はコクリと頷いた。
 二人とも席を立っている私たちに一部の乗客の人がトラブルじゃないかと不審げに思う視線を送る。
 私と彼女はその視線をなんとなく意識していた。
 「まあ、運賃なんて変わらないし、細かいことはいいじゃない!」
 そういって彼女は私の隣に腰を下ろしてしまった。
 それを見て、私もこれ以上、彼女の厚意を無駄にしてもしょうがないと思い、席に座り直す。
 改めて私は席に座るとさっきまで考え事をしていた時に出していたことを忘れていた英語のテキストを開き直してペンを出す。
 すると、彼女も大きなスーツケース以外に持っていたトートバックから大きい冊子と小さい冊子の2冊を取り出した。
 なんだろう。彼女も何かの勉強をしているのだろうか。
 ふと隣を見ると、彼女が手にしていたのは一般の英語テキストと英単語帳だった。
 女の人は、大きな旅行鞄を持って、英語のテキストを開いていた。
 この人は英語を話せるのだろうか。話せるとしたらきっと行くのは外国のどこかだろう。この女の人は一体、どんな場所にこれから行くのだろうか。
 私はこの女性に対して言い知れない興味を抱いた。
 緊張で手がじんわり汗ばみ、テキストの紙に手が吸い付くのを感じる。
 だが、意を決して、私は恐る恐る彼女に問いかけた。
 「あのう、外国へ行くんですか?」
 彼女は私に声をかけられたことが予想外だったらしく、ちょっと驚いた表情を見せたが、すぐに笑顔に戻り、ニコッと笑って言った。
 「ええ、そうよ!」
 すごい。私は矢継ぎ早に質問していく。
 「どこに行くんですか?」
 「ニューヨークからワシントンやアメリカの大きな西海岸の都市を順に回ってみようと思ってるわ。そして、最終的にはアメリカ横断が私の夢かな。フロンティアって知ってる?アメリカの歴史は西側から始まって、東にどんどん開拓して行くのよ。私はその人たちの気分になって西から東に横断してみたいの」
 「うわあああ。すごい!!」
 私は彼女の夢に驚いた。冒険家のような勇気あふれる彼女の熱弁に、そんなことを私は一度も考えたことがないという衝撃を受けた。
 ましてや姉と歳の違わない彼女がそれを実行に移すということが私の中では信じられないことだ。
 「英語とか話せるんですか?」
 「うーん、少しくらいかな。だから今、頑張って勉強しているの」
 え、話せないのに外国に行くのか?
 その一言で私は愕然とした。それではこの人はどうやって現地の人とやりとりするつもりなのか。
 「通訳の方やガイドの方と一緒に行くんですか?」
 「ううん。私一人で行くの」
 「一人で?英語も話せないのに?」
 この人は私に嘘でもついているのだろうか。しかし、目は本気で語っているように思えた。
 私は、この人が無謀な冒険を好む気狂いのような存在にしか見えなかった。
 何も知らない、わからない人が外国に行くだなんてなんでそんな馬鹿げた決断ができるのだろうか?
 そんなことで外国へ行くなんてこの人は余程の馬鹿なんじゃないだろうか。
 彼女は黙りこむ私の顔を覗き込むとふふふっと笑っていう。
 「私のこと、バカって思ってるでしょ?」
 そういって彼女は私の鼻をつんと人差し指でつついた。その瞬間、私はびっくりする。
 なんで私の考えていることがわかるのだろう。
 もしかして独り言のように言ってしまっていた?
 無意識にそんな癖がついてしまったのかとびっくりした私は思わず口を塞いだ。
 彼女はそれを見てさらに笑う。子どものように無邪気な笑顔で私に語りかけるように、また彼女自身にも諭すように語り始めた。
 「でも、しょうがないじゃない。外国って場所に行きたいって思いが今、私の血が騒いでしょうがないの」
 そして私に問いかける。同時に、自分で自分に問いかけてみるかのように。
 「自分で行きたいってなんとなく思ったらやるしかないじゃない?だって今しかないから」
 そんな頼もしい彼女に私は思わず自分と比較をしてしまっていた。
 口に当てていた手を下ろすと、俯いてボソボソと目の前の彼女に情けない言い訳をしていた。
 「私はあなたみたいにそんな決断はできないし、何をしていいかもわからない。何もする自信も力もないですよ」
 私は急に思い切りの良い彼女の前にいるのが恥ずかしくなった。
 冷静に考えれば、彼女の方が無謀で私の方が普通かもしれない。
 けれども、彼女の行動する姿を見た時、私にはどうにもできていない自分が嫌だったのだ。
 彼女は左手の人差し指を顎に当ててふうーんっと考えるそぶりをすると、その後にその人差し指を私に向けてきた。
 「じゃあ、言うけれどあなたは何がしたいの?」
 そう聞かれて何がしたいのか困る。
 「別に特にそんなものはないです」
 私は返答に困るとつい言ってしまう口癖を言った。
 「それはあなたが勝手に決めているだけ。本当に自信がないことはしなくていい。だってしたらものすごく苦しいだけでそのあとは後悔しちゃうもん。でも一ミリでもやってみたいと思う自分がいるならそこに会えて飛び込むしかないじゃない?だってあなたはあなただもの」
 彼女は私の手元にあったテキストを見た。
 「あなただって私と同じ英語を勉強しているじゃない?」
 「これは学校の宿題だから」
 「宿題ねえ。それなのに、わざわざその教科をこの時間で開くために持ってくるの?」
 彼女の言葉は意外にも図星だった。私は自分の勉強したい英語だけを持ってきた。
 他の教科は勉強するのが面倒だったけれど、英語だけはどこか好きだったからだ。
 全体的に勉強しなければと思いながら、よく手をつけてしまうのも英語だった。
 「きっとあなたは意外にも素直だと思うよ。もしよかったら私と英会話の勉強を手伝ってよ!」
 彼女は私に英語のテキストを手渡してくる。
 私はそのテキストを受け取ると開いて彼女にカタコトの英語で質問を始めた。
「Hi!Hello!!My name is kako.What's your name? 」
「My name is mirai.Wonderful to meet you.」
 時々、例文以上の英語を使うけれど、彼女が今、学んでいるのは中学生程度の英語だ。
 外国に今から行こうとする女性が学ぶ英語が中学生並みなことが正直、おかしくてついつい私は笑った。
 「なんで笑うのよ?」
 不満そうに言う彼女に私は笑って答えた。
 「だって私以上に言い方がカタコトなんだもん。意外とみらいさん、緊張してるでしょ?」
 「あ、当たり前でしょ?」
 よかった。自分とはまるで違う世界の人かと思ったけれど、案外、私と同じようなものかもしれない。
 「あはは。みらいさんっていうんですね!漢字はあの未来ですか?」
 「そう。両親が将来に希望を持って欲しいからそう名付けられたみたい。名は体を呈しているでしょ?」
 私はお茶目にウインクする未来さんにもう一回、あははっと笑った。
 私と未来さんはその後、意気投合して日常英会話の練習を車内で続けた。
 お互いの会話が弾み、あっという間に新幹線は品川の駅についた。
 遅い新幹線なのだから着くのはもっと先なのではと思っていたのに、人と話すことでこんなにも時間が有意義に感じられるとは思っても見なかった。
 あっという間に品川駅に着いても、男性のアナウンスはいつも通りのフラットだ。しかし、私の心は対照的に弾んでいる気持ちと未来さんとの別れを惜しむ気持ちが胸の中で交錯していた。
 未来さんは座席から立ち上がると私に握手を求めてきた。
 「バイバイ、叶來。意外にもあなたと一緒に話すの、楽しかった!」
 私はその手をしっかり掴み、彼女の手を握る。そして彼女も私が手を差し出すのを待っていたかのように握り返す。
 「未来さんこそ、英語のセンスを意外にも持ち合わせていてびっくりしました。まだぎこちないけれど。さすが外国行きを決意しただけありますね」
 「失礼ね。当然でしょ?未来を叶えるための私だし」
 そういって無邪気に微笑む。
 「じゃあまた会える日まで」
 そういって手を振りながら乗降口の方へ向かって行った。
 彼女の手は女性らしくしなやかな肌さわりをしていたが、どこかとてもパワフルな気を帯びているように感じた。
 未来さんは大きなスーツケースとトートバックを軽々と動かしながら、車外に出る。女性の腕力でどういう腕をしているのか私の中で、未来さんの魅力という謎がさらに深まるのを感じた。
 私はホームに降り立った未来さんを視認すると、窓から私だとわかるように大きく手を降った。
 彼女もまた手を振り返した。
 新幹線は発車の合図を鳴らすと、どんどんと加速して品川駅のホームを離れていった。
 すぐに未来さんは見えなくなる。
 私は急に未来さんがいなくなった隣の席を見ると寂しくなった。
 その後に押し寄せる今の自分が抱えた悩み。
 もし今、ここにいた未来さんが私だったらどうしただろう?
 そんなことをぼんやりと考えていた。
 私は東京駅に着くまでしばらく自分のやりたいことを考えていた。
 私が本気でしたいことってなんだろう?
 私のやりたいことってなんだろう?
 やがて新幹線は終着駅である東京駅に到着した。
 降りる人々が空くのを待ってからキャリーバックを持って、前の方にある乗降口から東京駅のホームへと降りる。
 私は、ここに立つまでにいろいろなことを逡巡した。
 しかし、さっきの未来さんとの会話くらいに面白い出来事がこの人生の中でなかったかのように今は彼女との短いけれど充実した思い出でいっぱいだった。
 浅はかだと思われるかもしれない。
 お姉ちゃんよりもしっかりしていなくて自信のない私が選んでいい道なのかわからない。
 けれども、私はさっき会った彼女のようにいずれここを出て世界へと羽ばたきたいと誓った。
 新幹線の乗降口に立った私は未来へ向かう彼女の背中を追いかけるように駅のホームへと降り立った。

 「あなたが今、次に踏み出したい未来はなんですか?私は……」

<夢の在り処 完結>

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