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MAD LIFE 320

22.歯車は壊れた(1)

「瞳さん! 逃げて!」
 江利子が叫ぶ。
 しかし、瞳はその場から動こうとしなかった。
「……冗談だよね?」
 兄の顔をじっと見つめ、そう口にする。
「私は信じてる。お兄さんが私を殺そうとするはずなんてない。私の知っているお兄さんはそんな――」
 そこまでしゃべったところで、銃の引き金は引かれた。
「危ない!」
 瞳の前に江利子が立ちはだかる。
 爆音。
 瞳は両手で顔を覆った。
「ああ……」
 江利子の悲鳴が鼓膜を揺さぶる。
 嘘……こんなの嘘だ。
 瞳は顔を覆ったまま、病室を飛び出していた。
 全部、夢だ。
 夢に決まっている。
 私は悪夢を見ているだけ。
 気分が悪い。
 めまいがする。
「今の音はなんだ?」
「爆竹じゃない?」
「あっちのほうから聞こえたぞ」
 病院の通路がひどく騒がしくなる。
 瞳は人々の間をすり抜け、逃げるように病院をあとにした。
 お兄さん……。
 心の中で呟く。

 (1986年6月28日執筆)

つづく

1行日記
本日、再び水泳の試合――がんばりまっす!


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