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つぎはぎのくろねこ

 薄暗い工房で生み出されたとき僕はまぎれもなく黒猫のぬいぐるみだった。

 駆け出しの若い縫製職人が僕を縫い上げてくれた。

 路地から目立つショーウィンドウに展示されると直ぐに僕は買われた。

 買われた先ではとてもとても大切に扱われた。ぬいぐるみとして生まれてきた僕には、これほどまでに幸せなことはなかった。

 幼子に与えられた僕は、その幼子の成長を傍らで見守ることとなった。

 その子は健やかに成長し、やがて大人になった。

 恋人ができて家族になり、そして家庭を持つことになった。

 しばらくすると新しい家族が誕生した。

 僕は親から子へと譲られ、そして再び大切に扱われていった。

 だけれどいくら大切に扱おうと、ぬいぐるみである僕の体には限界があった。

 何度も破けたし、ほつれも酷くなった。布地も汚れたし薄くもなった。真綿も痩せたし目玉だって片方は何処かへいってしまっていた。

 その都度、補修はしてもらえたけれど。

 もう何世代もの子供等の手に渡り、人の成長をそんな風に見守ってきた。

 その頃には僕はツギハギだらけだった。

 僕は黒猫のぬいぐるみとして生まれてきたはずだけれど、今の姿は面影が少しあるだけ。

 だけれども、大切にしてもらった優しい記憶はいつまでも残り続ける。

 姿形はボロボロだけれど、生まれてきた役目を全う出来て幸せだ。

 そんなことを思いながら、陽だまりの暖かな部屋の傍らで、今日も幼子を見守っている。



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