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母は洗濯機の中にいる

まるでミステリー小説みたいなタイトルだけれども。
これは私が小さい頃に見た夢の話。

夢の中で母は洗濯機の中にいた。(もしかしたら壁の中だったかもしれない。記憶が定かでないが多分洗濯機だったと思う)
洗濯機の「中」というのは洗濯槽の中ではなく、外側から見えない部分の「中」のこと。
要するに母の姿は見えないのだ。
洗濯機の中から母は私に呼びかける。

「ママは出られないけど、大丈夫だからね」

そんなふうに母は私を安心させようと声をかけるのだが
幼い私にとってはものすごく恐怖で悲しくて不安で不安で…。
目が覚めてその出来事が夢であったことにホッとした。

母にその夢の話をしたら
「それは昨日ママに怒られたからじゃない?」と笑っていた。
怒られたかどうかの記憶はないが、きっとそうだったのかもしれない。

そんな優しい母は今、前頭側頭型認知症だ。
進行度合いはわからないが昔の母の姿が少しずつ失われていっているのは事実。

前頭側頭型認知症は前頭葉や側頭葉がダメージを受けるため、「人間らしさ」が失われていってしまう。
普通の人なら「抑えられる」ことが抑えられなくなる。
急に大声で笑いだしたり、何かを話しだしたり。
集中力が続かず、思いついたらすぐに家を飛び出してしまう。
夜であっても「〇〇に行こう!」と遠くの観光地を目指そうとする。
その他にもいろいろな行動が見られる。

その中でも「自分の言いたいことをはっきり言葉で伝えるのが難しくなる」という症状が母の場合は目立つような気がする。
お腹が空いていても「お腹空いていない」と言ってしまったり、
なにかしてほしいことがあってもそれをうまく言葉にできなかったり。

話しかけて答えが出るまでゆっくり待つことにしているが、答えるまで時間がかかってしまうことに母は戸惑っているようだし不安になっているようにも見える。

そんなときふと「洗濯機の中にいる母」の夢を思い出すのだ。

母は母自身の中に閉じ込められてしまっているのではないか?
洗濯機の中に入ってしまったように。声は届くけれど母の姿は誰にも見えない。そこにいるのは分かっているのに。

昔のままの母は今でも母の中にいるのだ。
母の周りには霧がかかっているような、母の形をした入れ物の中に入っていて外が見えるように開けられた2つの目の穴から少し離れたところまでしか顔が近づけられないようなそんな感覚なのかもしれない。
2つの目の穴にぴったりフィットするまで近づければ視界が開けるのに、ぴったりくっつくことができず遠い穴から外の世界を見ているようなそんな感じなのだとしたらすごく不安だし焦りを感じているだろう。

本当は伝えたいことがあるのにうまく言葉にできないとか声がでないのだととしたらそれは本当に恐怖だろうと思う。
私にとってそれはものすごい恐怖でしかない。

毎週1日だけ母と過ごす時間があるのだけれど、料理をするためにほとんど台所にいるから母とじっくり向き合って話すということができていない。
閉じ込められている母を引き出すためにももう少し話をしたほうがいいのかもしれない。
話題なんてなんでもいいんだ。話すこと、自分の言葉で言いたいことを言うことの練習をするためだから。

母は本を読むことが好きだったし、難しい言葉もたくさん知っていた。
認知症であろうと、歳をとっていようと、訓練すれば機能は回復すると私は信じている。

母を洗濯機のなかから出してあげたい。

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