見出し画像

ななしの手紙たち

こんにちは。note書き始めは、私の謎な試みについて:
プロフィール欄にある通り、わたしは去年から何故かお手紙を募集してます。
差出人不明でいい、内容もなんでも良い。ただ本心を吐露したような言葉を受け取りたい。

友達にそのことを話したら、
「何のためにやってんの。お金かけて郵便受けを借りてまでさ」
「うーん。わかんない。なんか、なんかやってみたかったんだよね」
そしたら友達はタバコを外し、爆笑しながら言いました。
「なんか意味もないことやりてえよな。わかる。そういうの大好きだわ」
この言葉の募集に意味をあえてつけるとしたら、間違いなく"自分のため"にやっていると私は思いました。

去年わたしにお手紙を送っていただいた方、大変ありがとうございました。
お恥ずかしい話、手紙を受け取るというのは大変嬉しいもので、ちょっと仕事で凹んでいた私は、お手紙を読んで涙しました。

ひたすら自分の気持ちを吐露したような、まっさらな独白のようなお手紙、
知らない人に"自分"についてぽつりと語りだす、
短かかろうと長かろうと見栄のない言葉で染められたお手紙が私の心のドアを開けさせ、私はひたすらに泣いていました。

共感とかそういうものでもない、
名前も顔も知らない方の筆跡に込められた思い、それが自分が無意識に蓋をしていた部分を解放してくれたようでした。

日常生活の中で、人の本心に触れる機会は少ないと思います。というか、本心で生きていたら、社会中でぶつかり合いますね。本心をどうコントロールし、他者と協調していくか、ここが人間の理性の発揮場面な気がします。

でも見えない部分だからこそ、心の奥で語る言葉には隠されたパワーがあると思います。SNSのようにオープンな世界でなくて、私とあなたの1on1の世界。そこで匿名で開かれたものは、世にも珍しいものだと思う。

送る側の感じ方は私にはわからないけれど、私は自分のエゴのためにお手紙を募集しているのかもしれない。
心の言葉がほしい、この私欲は、匿名のあなたに届くのかわからない。

本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?