ひとつ

「欲しいものはただひとつだけ あなたの心の白い扉開く鍵」

矢野顕子の「ひとつだけ」の歌詞だ。ぼくはこの歌を知っていたが、その歌詞の当事者の気持ちが理解できなかった。欲しいならば好きなだけ手に入れたらいいのに、と思っていたのだった。

それが間違いだったと気がついたのは、きみのことを好きになってからのことだった。何をおいてもきみの心が欲しい。愛が欲しい。カラダが欲しい。理屈じゃなく魂が叫ぶのだ。そのひとでないと自分は満足できず、世を儚んで死んでしまうことさえも厭わない、と。

そんなものはただのワガママの上の世迷い言だとまだ気丈にも思っていられたのは、僅か数か月のことだったと思う。ぼくはすぐさま、燃えるような恋の炎に焼かれるようになったのだ。

ああ、これか。これがそうなのか。厄介なことに巻き込まれたもんだな。

そんな風に斜に構えた風を装って虚勢を張っても無駄なこと。ひとたび、相手が目の前に現れたならば、情けないほどに自分が弱くなってしまうのだ。もう男じゃなく宦官でいいとぼくは思った。股間に何もついていないんじゃないかというほどに己が女々しいので嫌気が差したのだ。

そんな煩悶から1年、ぼくは久し振りにそのことを思い出した。

ずっときみに言いたくて、解ってもらいたくてたまらなかったことを、ぼくはようやく口に出来たから。

そして、今夜はきみにぼくの想いが通じたんだと勝手に思っている。

すべては自信のない、ありのままの自分をきみに初めて見せたからなのかもしれない。

きみの心が応えてくれたのを、ぼくは感じたんだ。何にとは言えないけれど。

たぶん、ぼくの想いに応えてくれたんだと思っている。

溜まってるとかそんなことがすっ飛んでしまうくらいに、ぼくは嬉しかった。していいよと許されたからではなくて。

たぶん、きみが応えてくれたことを心が感じ取ったせいだと思っている。

やっぱり指輪を渡すべきなんだとぼくは思う。

きみの体調次第になるけれど。

きみの家で土日を過ごしながら、のんびりとするのはどうだろう。

掃除が大変だと嫌がるかもしれないけど、体は最大限休まると思うんだ。

しかも、好き放題出来る。ごろごろできて、チェックアウトも気にしなくていい。きみはぼくを空港に送り届けてくれればそれでいい。それも無理なら、見送りは要らない。

そんなことを思わず考えてしまうぐらい、ぼくは元気です。