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タイの思い出:入国する予定はなかったのに。

通っている読書教室で、タイの思い出を書くという宿題が出ましたので書いてみました。

この連載も3回目。月に2回のペースで書いているのだけれど、編集長から発注されるテーマが毎回なかなか難解で、僕の心の抽斗を覗いて見てもヒントらしきものになかなか行き当らず、方向性を決めるだけで数日かかっている有様。それにはちゃんと理由があって、このエッセイを書くにあたって一つだけ自分に課していることがある。それは事実確認や辞書代わりに使う以外は、ネットで検索することをやめたのだ。するといかに普段短絡的にネット検索に寄りかかって自分の頭で考えていなかったかということに気付き、こうして毎回苦労している。

だけれども今回は楽に書けそうな気がしたので、出版社で打合せをした翌日(つまり今日)に早速とりかかっている。なぜか?なぜ楽に書けそうな気がしたか?それは、お題が「タイの思い出」を自由に書いてよし!と言われたからだ。

タイは、仕事の関係で頻繁に訪れていたアメリカに続き、2番目にたくさん行ったことのある国。記録を調べてみたら初めての訪問は1991年。当時はまだいわゆる先進国と言われていた国にしか行ったことがなかったので、途上国とまではいかないものの当時のタイはまだまだ発展途上で、ある種の冒険旅行の気分で出掛けた。そして、その時すっかりかの国に魅了され、はまってしまったのだ。無茶苦茶な交通渋滞とほぼない運転マナー。すし詰めのバスや都会の生ぬるい風を受けて乗る三輪のトゥクトゥク。バンコク市内の交通事情はカオスという以外に言葉が見つからず非日常が広がっていた。安くてバラエティー豊富な屋台メシを味わったり、ゆったり進むチャオプラヤー川の渡し船に乗ったり、のんびりビーチでも過ごした。オレンジ色の袈裟を着て托鉢にまわる僧侶の列や、巨大な涅槃仏(仏教の世界観を現した108の図が足裏に彫られている)を間近で見ることもでき、敬虔な仏教国の魅力も堪能した。

それ以来、すっかりタイに魅せられ、計6度も観光で訪れることになった。いつも変わらぬバンコクのカオスを味わったり、島に渡りビーチリゾートでなにもせず、日がな一日ビールを飲みながら読書三昧もした。バンコクのフォアラポーン駅を出発し、シンガポールまで寝台列車とバスを乗り継ぎマレー半島縦断旅行をしたこともあった。ちなみに最後にタイを訪れたのは2019年の年末で、バンコク近郊のガイドブックにも載っていない小さな島でひたすらビーチベッドに寝転んでいたのだけれど、帰国したらすぐに中国でコロナウィルスの騒動が始まった。今思うと帰りのバンコクの空港は中国人観光客でごった返していて、僕ら家族はその真っただ中にいたのだ。くわばらくわばら。

観光以外でも幸運にも2回仕事でバンコクを訪れることができたし、わずか数時間だけれどもバンコク空港でトランジットをしてラオスのビエンチャンに向かう予定であった時もタイの地を踏んだ。「向かう予定」???違和感ありますよね。でも、この日本語で合っています。何度もタイに行き、いろいろな場所を訪れエピソードも満載なのに、このわずか数時間で済んだはずのバンコク空港でのトランジットが僕の忘れられないタイの「思い出」です。それではお話しします。

当時多忙を極め、かつ大きなミッションを抱えたラオスへの出張であったため、精神的にも大きなプレッシャーを感じていて、出発ひと月位前から憂鬱で胃がシクシク痛んでいた。そして、成田を飛び立った直後には本当に具合が悪くなっていて、ついにバンコクの空港に到着した直後、限界を超え、ばったり通路に倒れてしまったのだ(このあたりの記憶は曖昧で、誰かが医務室に連れて行ってくれたのか?自力で助けを求めたのか?よく覚えていない)。

次の記憶は預けた荷物が保管されているエリアに車椅子で連れていかれ、自分の黄色のスーツケースを指さし、空港職員が取りに行ってくれたシーン。そしてそのまま車椅子で出国し(パスポートをカバンから何とか探し出しことは覚えている)サイレンがけたたましく鳴る救急車に乗せられた。着いた先は後から知ったのだが、英語の堪能な医師が多数いる外国人御用達のバンコク市内でも有数の大病院であった。

その後の記憶はあまり定かでないけれど、ICU棟でありとあらゆる検査(脳のレントゲン写真はなぜか今でも保管している)を受けたと思う。結果は大病ではなく、各数値はほぼ正常。原因は分からなかったが「過労」という診断が下された。

その後点滴を2日間受けながら安静にしていたら回復し退院。同行していた同僚がラオスで無事仕事を終え、バンコク空港近くのホテルに翌日の早朝便に乗るために戻ってきていたので合流し、彼らと無事帰国した。

何度も観光と仕事でタイを訪れていたのに、トランジットするだけで入国予定もなかったにも関わらず、一番印象に残っているタイ訪問。ベッドの上で心細く病室の天井を見続け、ひょっとしたらこのまま…と不安に駆られたあの病院のことは今でも覚えている。何もせずにただ病室に横たわってきて帰ってきたタイの旅。そして覚えていることは断片的なのに、一番の思い出となってしまったタイの話でした。

編集長、今回の出来はいかがでしょうか?

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