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ケバブ

ケバブが好きだ。薄っぺらいパンのような生地に野菜やらローストされた肉やらがギュウギュウに詰められる。スパイスの利いた甘辛いソースがかけられて、それを口の両端につけながら頬ばる。絶対きれいに食べることは出来ない。それも含めてケバブが好きだ。

阿佐ヶ谷にあるケバブ屋さんにその当時付き合っていた恋人と行ったときのことだ。
道を歩いていたら突然、店の中からどこの国の人なのかわからないおじさんに声を掛けられた。おじさんはゆっくりと回る肉のタワーの灯に照らされて顔を半分オレンジにしながら、長い包丁を持って、
「ケバブどう?」
とにっこり笑った。

別にお腹もすいてなかったけど、それまで食べたこともなかったし面白そうだったから、恋人と一緒に店に入った。
中にはおじさんの恋人なのか友達なのか髪の長い日本人のお姉さんがいた。よくわからないけど、僕たちが入ってきたことが面白かったらしくゲラゲラ笑いながらお店の人でもないのに「いらっしゃーい」と言っていた。
おじさんとお姉さんは楽しそうに話しながら、「ケバブ食べたことある?ないの?じゃあきっと気に入るよ」みたいな風に話を振ってくれていた。楽しそうな雰囲気にはなっているけど、パカッと果物を割ったように派手なお姉さんと陽気なおじさんに気後れしてしまって「なんか、すごい、おもしろいね」と全然どこにもいかない会話を恋人としながら座る部分の少ない椅子に腰かけてケバブを待っていた。僕は自分から入ったくせに困ったなと思っていたが、恋人はキョロキョロと店内を見渡し、お姉さんやおじさんとも楽しそうに話していて頼もしかった。

少ししてケバブが出てきた。初めてのケバブは野菜が想像よりもたくさん入っているのにちゃんと肉を食べている感じがあってすごくおいしかった。恋人も僕もテーブルにポロポロ実をこぼしながら頬張った。
「すごくおいしいです」
「そうでしょ?」おじさんが何に使うのかわからないちり取りみたいな調理器具を掲げた時、店内のBGMがおならの音で奏でるディズニーの名曲メドレーみたいなものになった。色んなおならの音でミッキーのテーマが流れてくる。
お姉さんは、
「ちょっと食事中だから!なにこれ変えて変えて!」
と爆笑しはじめた。しかしおじさんは
「でも、面白いでしょ?」
と満面の笑みで僕たちに聞いてきた。どうやらこれはおじさんの一押しのおもしろ曲らしい。多分僕たちのためにこの曲が来るようセッティングしたようだった。
「おもしろいですね」
以外にこたえられるわけもなく、精いっぱい笑顔を作って恋人をチラ見した。恋人はどう思ってたのかわからないけどニコニコしていた。
食べ終わって店を出るとお姉さんもおじさんも店の外まで見送りに来てくれ、「また来てね」と手を振ってくれた。

帰り道、「楽しかったね」と聞いてみると恋人は嘘の感じではなく「うん、またいこう。次は違うつまみも食べてみたい」と言った。それから今に至るまでその店に行くことはないまま恋人とはお別れしてしまった。店はまだ同じところにある。あのおじさんやお姉さんは元気だろうか。

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