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はげまし登山

人を励ましてしまった。励ますのが悪いということではなくて、別に励まされる筋合いはなかったりするのに、勝手に励ましてしまう。申し訳ないなと思う。よく考えた末の結果なら、それでいいんだろうし、何かを変えたり違う場所に行くことは悪いことでないのに。
励ますということについて考えると思い出すことがある

子供の頃どこかの山に両親に連れていかれた。どこの山なのかは今となっては全くわからないけれど、山頂付近、丘のように開けた場所でのことだった。
弟の足が完全に止まってしまったのだ。まだ小学校低学年だった弟は疲れたとふてくされて座り込んでしまった。遠くに小さく他の登山者が二人ほど登ってきている。風は峰を犬の背でもなぜるように吹いてゆく。弟はその吹く風そのものみたいなサラサラ髪をなびかせて「なんでこんなに大変な思いしてまで登らんにゃいけんのん?(登らなければならないのか)もうここで待っとる(待っている)」細い目を握りしめるようにつぶりポロポロ涙をこぼしていた。彼の気持ちはすごくわかった。山好きの両親に幼い頃から連れてこられているだけで別に山が好きなわけじゃない。本当は家でゲームしたりしていたい。しかしそこは山の上で、子供一人残して先に行くわけにはどうかんがえてもいかない場所だった。弟は子供の頃は怒りん坊で一度火がつくと誰の言葉も耳に入らないほどいじけてしまう。
困り果てた父と僕が「行こうよ」となだめるも、もう座り込む石と同化してしまっている。
すると母が弟に近寄って「どのくらい疲れてるの?」ときいた
弟は「めちゃめちゃ疲れとるよ!なんでこんなことせんにゃいけんのん!」もうぶち切れだ。
「どのくらい?」母は全くひるまずにきき続ける
「だからめちゃくちゃ疲れとるんよ!」しつこい母に弟の怒りも増してくる
「どのくらい?」
「何回言わすんね!」
「もっと言ってみんさい!どのくらいね!
「だからめちゃくちゃじゃって言いよるじゃろうが!!」
「もっともっとおっきい声で!」
「メチャクチャ疲れとるんよ!」
「もっともっと!!」
「だから!!!」
その辺になるともう弟も大きい声を出させられていたことに気がついて、恥ずかしさと怒りと可笑しさで、吹き出してしまうながらもなんとかふて腐れようとしている。
「そんなに元気なら大丈夫じゃろ」母はそういうとおろしていたザックを背負い直して弟が立ち上がるのを待った。
あれが励ましだったのかわからないけど弟は最後まで山を登って降りていた。山頂にたどり着くころには走ってもいたと思う。変な励ましかただったなと思い出すとウへへッとなってしまう。
いろんな山があるし、いろんな登り方がある。
僕の励ましなんか耳をかさずにいい景色をみてほしい。そう願うだけだ。

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