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スピリチュアル・メイト 第1章「ローラの髪留め」

第2話 sea of tears

 次の日、この町で過ごすのもあとわずかだからといって、私は両親に外出を許された。ローラのことが両親に知られてしまって以来、初めての外出だった。
「リリーちゃん、夕方までには帰ってくるのよ。今晩の夕食はお父様も一緒だからね。お見合いのこと、話さなくちゃいけないから、帰ってくるのよ」
「わかっていますわ、お母様。わたくし、今までお母様との約束を破ったことなどないでしょう」

 自分の部屋に戻りベッドに横になりぼーっと天井を見つめていた。大きなこの屋敷で、私の心の居場所など初めから無かったのかもしれない。代々続くこの家に生まれた以上、自分の意思も、将来も、私には選ぶことは許されないのだ。
 もうここには帰らないわ。私の行き先はただ一つ。ローラの家の薔薇園だ。錠で固く閉ざされたバルコニーの扉を開けるために、執事に頼んで工具を持ってきてもらった。何に使うのかは訊かなかったが、この時彼はもう気づいていたのかもしれない、私が戻らないことを。
「リリー様。私はこの家に仕える者として、貴方が幼い頃から、見守って参りました。貴方の笑顔を奪う誰かがいるなら、たとえご主人様であっても……私は許しません。貴方が幸せになれる道を、私も陰ながら願っております」
「ありがとう。この家で貴方だけが、信じられる人だわ。貴方の幸せ、私も願っていますわ」
 錠を壊すため、私は自分の部屋のバルコニーに駆け寄った。慣れない作業で戸惑ったが、壊しながら、この家で過ごした16年間のことを思い出していた。この家の娘として生きてきて、支配され退屈な日々だったと思っていたが、わずかに幸せを感じる瞬間だってあった。両親との想い出、尽くしてくれた執事のこと。それを全て捨ててでもローラの元へ向かう私は愚かなのだろうか。愛を求めて掟を破ることは、許されないことなのでしょうか。人々は皆、どんな風に愛を手に入れているのかしら。こんなに誰かに恋い焦がれることは初めてだから、わからないの。どうすることが正しいのか、神様に認めてもらえるのか。ねぇ、ローラはどう思う?こんな私を、貴方は何故受け入れてくれたの?
 やっと鍵を壊して外に出ることが出来た。音を立てないように、柱を伝いそっと庭に降りた。思ったよりも2階からの高さがあって降りるのに苦労した。毎回軽々と登ってくるローラは、すごいわ。お母様との約束を破るのは生まれて初めてね……。だけど、ごめんなさい、お母様。もう誰にも縛られず、私は私の人生を生きてみたいの。ローラ、今行くからね。私は薔薇園へと続く道を、駆け足で急いだ。

 薔薇園に着くと、改めてその美しさに圧倒された。部屋から眺めていた時は、夜だったからか気づかなかったが、昼に見る薔薇たちは、色とりどりでとても綺麗だった。ローラは毎日こんな素敵なところに居たんだ。早く会いたいわ、ローラ……。
 しばらく眺めていると、ブロンドヘアの女性の姿を見つけた。とても美しいその女性が、ローラのお母様だとすぐにわかった。私は勇気を出して、話しかけた。
「素敵な薔薇たちですね」
「まあ、ありがとう。薔薇ってね、棘があって近寄りがたいイメージがあるでしょ。だけどね、愛情をかけて育てた薔薇には、人の思いが宿るのよ」
 今までローラがくれた薔薇の数々が、そこにはたくさん咲き誇っていた。ローラが教えてくれた薔薇の花言葉、どれも胸の中でまだ咲いているのよ。孤独の寂しさを埋めてくれた美しい薔薇の数々。そして、ローラの言葉、笑顔が私を支えてくれたの。
「わかります。すごく大切に育てていらっしゃるのが、この薔薇たちを見ると伝わってきます」
 ローラの面影そのままの彼女を見ていると、懐かしくも切なくなった。ローラに会いたいと彼女に伝えるにはどうすればいいのだろう。どう切り出そうか考えていると、彼女が突然、涙を流した。
「ごめんなさい、私、何か変なことを……」
「ううん、違うのよ……。うちにも貴方くらいの歳の子がいたの」
 ローラのことだ。しかし、違和感を感じた。「いたの」とは……?動揺を悟られないように、私は平静を装って聞いた。
「その子が、どうかしたんですか?」
「……亡くなったの。つい数日前。海に身を投げて……」
 何か悪い夢を見ているんだと思った。ずっと部屋に閉じ込められていたから、頭がうまく機能していなくて聞き間違えたんだと思った。
「え……どういうことですか?」
「事故だと思ったの。そう信じたわ。だけど、あの子の部屋から手紙が出てきたの。遺書なのかわからないけど、誰かに宛てた手紙みたいなものが……」
「なんて書いてあったんですか!?」
 もう冷静じゃいられなくなっていた。気付いたらローラのお母様の腕を掴んでいた。彼女は、びっくりしながらも、教えてくれた。
「『かけがえない日々をありがとう。あなたの進む道に、神のご加護がありますように』……って書いてあったわ。もしかしたらあの子、恋人がいたのね。」
 泣き崩れる私の背を、ローラのお母様が優しく撫でてくれていた。
「あの子のために泣いてくれるなんて……。初めて会うのに、こんなこと話してごめんなさいね。あら……?あなた、この髪飾り……」
「ローラ……!」
 私は大声で泣いていた。どういうこと?もう何もわからない。ローラ、貴方はあんなにも、私を愛してくれていたじゃない。私を求めて、その瞳に、私だけがいて、いつまでも一緒にいるって、約束してくれたじゃない。こんな終わりは、あんまりだわ。
 友達なんかいなかった人生で、誰かのために泣いたことなんかなかった。ローラは私にとって初めての友達で、親友で、時に兄弟姉妹のようで、あまり話すことのなかったお父様からの愛のようで、そして誰よりも愛した恋人の死は、私にとってあまりにも辛かった。
 ローラのお母様は何も聞かずにそばにいてくれた。私が泣き止んで落ち着いた時には、すでに夕陽が沈もうとしていた。顔を上げた時、ちょうど向こうに黄色い薔薇が見えた。ローラが最後に私の部屋のバルコニーに置いていった薔薇と同じ色だった。
「一つ聞いてもいいですか……?この薔薇の花言葉は……」
「イエロードットね。この色の薔薇の花言葉は……『君を忘れない』よ」
 沈んでゆく夕陽が、黄色い薔薇をさらに輝かせていた。


 薔薇園を出て、私は海に向かった。思えば、泣いたのなんていつぶりだろう。喉が渇いて意識が朦朧としていた。
 歩き進むごとに潮の香りが強くなった。そういえばローラはいつもこの香りがした。ローラは、漁師になるという夢を叶えられないまま、死んでしまった。私と出会ったばかりに。
 聡明で大きな瞳には、いつも私が写っていた。いつも欠かさず薔薇を摘んで、獣の出る森を抜けて、雨の日も月明かりのない暗い夜も、私に会いに来てくれた。私に触れるのその掌は、いつも暖かくて、心の奥も、体の奥も、貴方だけで満たされていたのに。
「ローラ、約束したじゃない。二人だけの世界に行こうって。私にとっての幸せは、ローラとの未来だけなのに。親が決めた結婚なんて、私全然幸せじゃないのに!どうして何も言わずに死んじゃうのよ!どうして一緒に連れて行ってくれないの!?」
 私はこれからどうしたらいいの?いっそ私も連れて行ってくれればいいのに。貴方の居ないこんな世界、私にとって何の意味もないのに。もうあの家には帰りたくない。帰れないの。ねぇ、私は何処へ行けばいいの?二人だけの世界……ローラ、貴方はもう憶えていないの?嘘だったの?それとも私のこと、嫌いになった?世間知らずな私に、いつもあのバルコニーで待っているだけの私に、嫌気がさしたの?何処にいるの?ローラ、会いたいよ……
 久しぶりに来る海は、とても大きく感じた。いくら叫んでも、声は波にさらわれるだけだった。
「ローラ、ごめんね……ごめんなさい。答えてよ……ローラ……いつもみたいに、リリーって呼んで、笑って、抱きしめてよ……」


 どのくらいそこにいたのかわからない。目を開けたら、私はふわふわと浮かんでいた。波に流されたのかと思ったら、そうではなかった。あまりにもショックで、夢を見ているのだろう。私が浮かんでいる真下に、私の体がある。
 自分の状況を理解しようと頭を働かせているうちに、私はあることに気づいた。ローラのお母様は、ローラは数日前に海に身を投げて亡くなったと言っていたけど、ローラは本当に死んでしまったのだろうか。ただの家出じゃないのかしら。死んだなんて決め付けてはいけないわ。だって、死体は上がったのかしら?もし本当に海に飛び込んだとして……いいえ、ローラはそんなことしない。だって彼女は強い子だもの。死ぬなんて、ありえないわ。もし何かの事故で海に落ちたとしても、まだ見つかっていないだけで、ローラはどこかの岸にたどり着いて、無事かもしれない。そう、きっとそうよ。
「あのローラが、私を残していなくなるなんて、嘘よ。悪い夢だわ。ローラが死ぬはずがないわ!」


to be continued...


原案・イラスト/千之ナイフ
著者/宇崎真里愛
プロデュース/加藤貴行
企画・制作/LBS@MUSIC芸能・音楽事務所

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2017年5月4日(木)よりFMうらやす【LBS的声優勉強会】にてボイスドラマ第2話放送!(放送後は番組ページ内アーカイブからいつでもお聴き頂けます。)





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