「ねぇ、ママ。ご機嫌斜めって、なぁーに？」
　幼稚園に行っている息子が尋ねてくる。分からないことがあると、なあに君は私の所へ飛んでくる。
　でもこの頃は答えられないことが段々増えてきて、焦ることも少なくない。
「どうしたの？」
「ドラえもんが、そう言ったの」
　ビデオを見ていたらしい。
　
「そうね。ご機嫌というのは、気持ちっていうことね。気持ちが斜めに曲がっているから、気持ちが良くないってことね」
「斜めだと、良くないの？」
　咄とっ嗟さに上手い返しが出てこない。なあに君は、しばらく頭を右に左に振っていたが、「ふーん」と呟つぶやいてテレビの前に戻っていった。
　理解できたのか、できなかったのか。
　きちんと教えられなかったことに、私は少し自己嫌悪になる。
　あーあ、もっと勉強しなくっちゃ。
　また私の反省の種が増えた。

「ただいまーっ」
　９時頃、夫が出張から帰ってきた。声の調子から、いやな予感がした。途中どこかで、しっかりときこしめしてきたらしく、殊ことの外ほか上機嫌である。
「おーいっ、孝、お土産だぞ！」
　玄関から大声で息子を呼ぶ。テレビの前でウトウトしかけていた息子が飛び起きた。まったく、私の予定などお構いなしだ。
「ん、もう。あとちょっとで、寝るところだったのに！」
　私は思わず顔をしかめた。妻の苦労など露知らず、世の男どもは暢のん気なものである。
　
「なあに？」
　夫が掲かかげた紙袋を受け取りながら、息子の期待は大きく膨らむ。
「ここのケーキは美味しいって評判なんだぞ」
　あーっ、もう、いやだ。
「やっとの思いで歯磨きをやらせたのに。もう、どうしてくれるのよ！」
　私は頭を抱え込む。
　
　そんな私の嘆きなどどこ吹く風。袋の中身を確認したなあに君は、
「やったー。ママ、僕、ご機嫌真っ直ぐだよ」
　と私の周りを跳ね回る。
　えっ？
　直ぐには意味が掴めない。
　そういうことか。
　昼間の一件が脳裏に蘇よみがえる。
　あーっ。なるほどね。
　なあに君は、私の答えを感覚的に理解したらしい。そ私はおかしさがこみ上げてきた。
　
「ん？　どうしたんだ」
　靴を脱ぐのに苦戦している夫が振り向く。大喜びする息子と腹を抱える私を交互に見つめ、首を傾かしげる。

　私は、夫が口を開く前にニヤリと笑い掛けた。