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8. 細田守『時をかける少女』

アニメ映画『時をかける少女[The Girl Who Leapt Through Time]』は、ある日突然タイムリープができるようになってしまった女子高校生・真琴の学園生活を描いた軽快なSci-Fiだ。コミカルとシリアス、淡い恋物語とやがて来る別れに少女の心の成長を織り込んだ脚本と演出。これは監督・細田守の本領発揮の傑作である。

ただ、実はこの作品にはいくつかの周期からなる前史──いや、むしろ輝かしい伝説といおう──がある。40代以上の日本人なら1967年に刊行された筒井康隆による同名のSFジュブナイル小説とそれを原作にした1972年のTVドラマ・シリーズを思い浮かべるだろうし、30代以上ならば大林宣彦が1983年に撮った同名の劇映画を連想するだろう。1997年のリメイク映画だけはヒットしなかったので20代には鮮烈な印象はないかもしれないが、こうして現在と過去あるいは未来を行き来する通学服姿の少女は、最初の短編小説が発表されてから40年の歳月を経た今も──まさに時間を超えて──大人たちの心のなかにも偶像として生き続けている。

特筆しておくべきことは、細田版はこれまでの作品とは異なり、大林版の映画から20年後を舞台にしてつくられた新たな物語だということだ。ここでは原作の17歳の少女・和子は37歳の美術館学芸員となり、新しい主役の17歳の少女・真琴の叔母として、過去の自分同様にタイムリープを覚えた姪に小さな助言を与える役になる。何も知らない母、すべてを知る叔母、そしてタイムリープに戸惑う少女。三人の女たちは、時を超えるというファンタスティックな原作の主題とは対照的なひとつの現実──時の経過がもたらす加齢──をも優しく提示しながら女性鑑賞者たちの感情移入も誘う。あるいは、タイムリープの繰り返しによっていつまでも夏休みにならない──永遠に学園生活が反復される──という状況は、押井守の『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』の学園祭前日が反復されるスラップスティックを彷彿とさせるが、それらは日本におけるメタフィクションの第一人者・筒井の影響といえそうだ。

本展出品の今敏の『パプリカ』も筒井の原作のアニメ化であるが、筒井の実験的な方法論がこの世代の映像作家に及ぼした影響は顕著だ。加えて、筒井が少年時代は手塚治虫に憧れてマンガを描き、大学ではシュルレアリスムを専攻し、卒業後は60年代のジャズや演劇や反芸術に呼応して文学に前衛的な手法を持ち込んだことを振り返れば、20世紀の日本の芸術地図にこの文学者の名前を加筆して書き換えることもできる。

一方、細田は2003年に監督した村上隆とルイ・ヴィトンのコラボレーションのイメージ・アニメ『Superflat Monogram』ですでに美術界にも足跡を記している。

(本稿は2008年バンクーバー美術館の企画展『KRAZY!』の図録のために執筆されたが、諸般の事情で本作品の出品が実現しなかったため、未収録となったものである)


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