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廃校に江戸の町をつくった 竹内敏

廃校に地域力がはじけるとき  2 竹内敏

4  「粋なおとな」が江戸を徘徊した?!

 約一七〇組の幼児クラブの親子が担う「幼児コーナー」やふだん児童館の部屋を利用している自主グループが運営するおとなコーナーも江戸のまちを担います。
「幼児遊び処(どころ)」からは、若い駕籠屋が幼児を乗せて会場を走りぬけます。駕籠屋は大森学園の高校生と品川の青年ボランティアとの合同で運営しています。駕籠は幼児クラブの若いお父さんが制作したものに西野名人がアドバイスして作ったものです。若い駕籠屋が幼児を乗せて会場を一周する姿は実に人の心を暖かくさせます。殺伐とした事件が跋扈している日本の瀕死状態の品性は、このまつり空間だけはみずみずしい品格を取り戻しています。
 
 幼児クラブOGの「ぞう組」サークルは、ヨシズで囲われた「お休み処」でだんごや汁粉を用意して茶店らしさを演出してくれました。そのとなりにはダンボールにペンキを塗って井戸をつくりあげ、長屋の井戸端を再現してくれました。家にいるより児童館にいる時間のほうが長いくらい親子で時間をかけて作ったものです。
 
 約五〇人を越える会員を擁する高齢者の合唱サークルは、「貸し衣装屋」をやりました。眠っていた孫の服や使わなくなった浴衣を吊して貸衣装をしたところ、子どももおとなも大勢の人に大人気。それで江戸のまちを自由に練り歩いたのです。ふだん閑静なグラウンドは、このときばかりは着物姿の「動く花畑」の乱舞と化しました。
 
 会場のあちこちに飾られたのが「紋切り」のデザイン。江戸では家紋とか着物の紋とか浮世絵などに独自のデザインが発達しました。それは、西欧の美術運動にも衝撃的な影響をもたらした「ジャポニスム」そのものです。子ども交流センターでも一時折り紙の紋切りがはやりました。そこで作ったみんなのデザインは、会場入り口にこの紋切りロードが飾られました。紋切りを作った後の折り紙の切れ端は、ベニアくらいの大きさの「赤富士」の壁画の貼り絵としてリサイクルしました。これには多くの子どもたちの協力があり、会場の江戸モードの一端を担いました。異次元にワープしたこの江戸ワールドは、百万都市江戸の「粋」を再現したかのようです。
 
 その隣の「うらら工房」では、「ポチ袋」づくりや木の実を中心としたリースづくり。講師の浦田てるみさんは、自分のコーナーだけでてんやわんや。他のコーナーに出かける余裕がないくらい最後までお客がとぎれません。さらにその隣の「原っぱの会」の守屋名人は、ツバキやソテツの実を使った笛づくりや葦の茎を編んでつくるコースターづくりに余念がありません。西野名人は、得意の竹とんぼづくりで希望を空に託します。夜間に部屋利用している太極拳グループは、小麦やソバを石臼で挽かせてくれています。
 
 「こうりんの会」は、紅白幕で仕切られた茶席で抹茶を振舞っています。毎月一回、学童保育のパワフルな子どもたちに茶道や生け花を教えることをとおして日本の美の精神をさりげなく伝えてくれています。その結果、お茶を運んだり、お手前を披露したりしているのは鮮やかな浴衣を着た学童保育の子どもたちです。二階で活躍のNPO法人「大森まちづくりカフェ」は、折り紙で作ってもらった朝顔をどんどん貼っていき、「朝顔市」のムードを出してくれました。江戸の朝顔は、きわめて高度なかけあわせで奇抜な朝顔をも競ったことで世界的にも注目の生産をしていました。そんな含みをもった「農芸都市江戸」を表現してくれました。
 
 親子のダンスグループは艶やかな衣装をたくし上げ、下駄のタップダンスで連日の練習の成果を披露します。ビートタケシの映画「座頭巾」のフィナーレのような、息をのむ親子のタップでした。幼児の動きのうまさにも注目が集まりました。
 
 さらにまた、食器をリユースするコーナーが前回から新設され、町会で活躍している松本栄子さんらが参入してくれました。お皿の配置や机・カンバンの位置やスタッフの分担など、はじめてのことながらてきぱきと陣頭指抑をとりました。とくに今回は、お店の人も使う容器や食器のことも考えるようになり、ゴミを出さないということではかなり使い捨て容器は激減しました。開桜小PTAの「おやじの会」もゴミ減量には毎回工夫してくれました。奨励してきた「マイ箸」や「マイ弁当箱」の持参も効果が少しずつ出てきました。
 
 曲者が隠れている気配が!
 前回のまつり、職員の藤林裕美さん(フーリン)の発案で会場塀際につくってあったジャングルジムは、今回は屋根は空き缶、壁は牛乳パックの「エコ城」に変身していきました。その材料は、学童保育の約六〇家庭から提供された賜物です。設営も父母が助っ人に来てくれました。途中で建設に四苦八苦していると「それはこうしたらいいんだよ」と、NPO理事がすすんで手伝ってくれたり、女子中学生が運営をフォローしてくれたり、学敬保育に直接かかわっていない人も協力してくれました。
 
 今回は、会場に怪しい一族がいる気配がしました。それはどうも「風魔一族」が紛れているという情報です。虚無僧や忍者や奥女中や浪人の姿が怪しい匂いを漂わせながら会場を歩いています。変身をするってときめきを与えてくれるんですね。ふだんの硬直した自分が突然異界の世界にワープすることによって、そこから新しいドラマや自分が誕生するってわけです。学童保育を吸収移転することでぎくしゃくしていた父母のわだかまりが、まるでウソのように晴れやかに変移してきたのが分かります。会場片隅では風格はあるが、しかしどこか怪しい易者が「どんぐり占い」をしておりました。どんぐりを引かせてみたり、手相を見たり、水晶玉を睨んだり、なにやら悩みごとも聞いているようです。お客は子どもだけでなく、おとなもいるようでなかにはお札を置いていってくれた人もいたようです。
 
 「大森コラボレーション」は、子ども交流センターにとっては、「大家」の関係にもあたりますが、植木の交換市コーナーを出店。各家庭で余った植木をもちより交換するという植木のプリマを運営しました。そのうえさらに、理事でもある坂井和恵さんらのはからいで施設の管理運営スタッフを重厚にしていただき、まつりを側面から支援していただきました。理事の横山昌祐さん・奥地彰さんらがかかわっている青少年対策大森西地区委員会のみなさんは、恒例の「丸太切り」を担当しています。また、民生委員児童委員大森地区協議会のみなさんも、「会場入口案内係」「食事づくり」など長時問かかる任務を組織的にしっかり担っています。
 
 このように、子どもを中心とした三〇〇〇人近い地域の親子のときめきは、時間が止まっていた校庭を生きた躍動の坩堝へと進化させたのでした。それは子どもだけではなく、地域のおとなの多数がまつりにかかわったという意味では、旧学校という施設が、教師による専門家の手から地域住民の手に広く禅譲・開放されたという意味をもったのです。子どもだけの教育施設というわくをより広げて、おとなをも含めたコミュニティ施設へと進化したということです。そこにはもう、「廃校」というマイナーなイメージは払拭され、むしろ誰でも利用できるオープンな施設の誕生を実感させてくれます。
 
 文化祭前夜のわくわく?
 まつりの中核には情熱をもってテーマに肉薄しようとする職員集団の存在があります。職員の連日連夜の活躍はなんといってもまつりの牽引力です。そこには、まつりの企画は職員、実行は利用者、条件整備はNPO、運営は一緒という三人四脚の見事な構成とチームワークです。それぞれの持ち味を生かすことで、チカラ以上の相乗効果が実現されたのが「ポレポレECOまつり」です。職員の幼児の保育をやっていただいたのが理事の藤本鈴代さんです。地域からのフォローで安心して職務に専念できるのもここならはです。
 
 まつりの一週間前ともなると、子どももおとなもまつりモードにシフトされ、表情がいきいきとなっていくのがわかります。また、建物自体がまつりに向けて刻々とうねりをあげていきます。人と小道具が行き交う空間の各部屋はアトリエと化し、ときめきと緊張の空気が充満しています。それは日暮れとともに、高校や大学の文化祭の前夜のような興奮と錯覚に陥ります。それは老いも若きも青春と希望を共有しているかのようです。職員も仕事というより共同作業をともに担っているような感覚です。
 またまつり終了には、砂埃が目立つ一階廊下と階段の清掃を理事の斉藤十四男さんの指揮のもとで大森学園の高校生がしっかりやってくれました。

第一章 地域と職員の総合力「ポレポレECOまつり 
1 「ポレポレECOまつり」の開幕です
2  江戸のまちができていく
3 「子ども時代」を取り戻す
4 「粋なおとな」が江戸を徘徊した?!
5 テーマを貫くまつりにする
6 「エコな江戸」が二十一世紀を救う
7 それは「罵倒」からはじまった
8 グラウンドに突如森ができた
9 愉しさ・美しさ・安らぎが世界を変える


 


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