ウオールデン

絶望に沈みことなく、新しい地平を拓くために、ともにこの時代をいきる有名無名の人たちに、…

ウオールデン

絶望に沈みことなく、新しい地平を拓くために、ともにこの時代をいきる有名無名の人たちに、さらにその時代を生きた過去の人々や、やがて出現する未来の人たちに手紙を書くことにした。

マガジン

最近の記事

雨の遠征

「あなた……」  とつい口をついて出かかるときがある。しかし空っぽの部屋にただよっているのは、ひんやりとした空気だけだった。邦彦は家を出ていったのだ。二人を残して。自分の心を整理して邦彦と笑って別れたはずなのに、智子はいまでも彼の影を追っていた。新婚生活のなんと甘かったことだろう。アメリカでの生活は楽しかった。あんなに愛しあっていたのに。彼女のなかに甘く懐かしい思い出が、なにか胸をしめつけるようによみがえってくる。  邦彦を憎もうとした。彼は若い女性と恋に落ち、裏切っていった

    • 実朝と公暁  五の章

      実朝は殺された。しかし彼の詩魂は、自分は自殺したのだと言うかもしれない。 ──小林秀雄  源実朝は健保七年(一二一九年)正月二十七日に鶴岡八幡宮の社頭で暗殺された。この事件の謎は深い。フィクションで歴史を描くことを禁じられている歴史家たちにとっても、この事件はいたく想像力をかきたてられるのか、その謎を暴こうと少ない資料を駆使して推論を組み立てる。しかしそれらの論がさらに謎を深めるといったありさまなのだ。それもこれも、実朝を暗殺した公暁がいかなる人物であったかを照射する歴史資

      • 竹取村のかぐや姫  七の章

        七の章   石作皇子  かぐや姫に求婚した五人の皇子も、とうとう残るは一人になってしまった。五人のなかで一番地位の低い皇子であったが、しかし頭のきれるロマンにあふれた石作皇子(いしづくりのおうじ)が。いったいこの最後の皇子はどうなったのだろうか。  この皇子も姫の館からもどると、身辺の整理をし、自分が不在の間にもその役目が勤まるよう重々に備え、四人の従臣たちをひきつれて海路太宰府にむかった。その当時、外国との貿易の最大の拠点が太宰府だったからだが、幸運なことに皇子の一行

        • モンスターはどこから生まれたのか

          スピーチのレジュメ 一 およそ三十年ほど前、遠山啓という数学者が、「ひと」という教育雑誌を創刊させて、大きな教育変革のムーブメントを起こしたのですが、それはやがて日本の教育政策を転換させるばかりに広がっていきました。しかしそんな大きなうねりをつくりだしたムーブメントも、十年ほどの前に消え去ってしまいましたが、これはなぜだと思いますか。 二 そのムーブメントによって、子供たちに光があてられ、彼らの存在する意味が確立されていきました。それはこの教育変革ムーブメントの大きな成

        マガジン

        • ゼームス坂物語
          21本
        • 実朝と公暁
          31本
        • 竹取物語
          17本
        • 目を覚ませと呼ぶ声が聞こえ
          23本
        • あのときの王子くん
          20本
        • エッセイ
          210本

        記事

          いじめに苦しむ子供たち

          これはみなさんとの出会いの場を、ボールを投げあう挑戦のスピーチとするために作成した問題です。熱球が投げ返されることを期待しています。 問題 「ゼームス坂物語」の第二巻「あの朝の光はどうだ」のなかに「ゲジ子」という章があります。そこに野村美香という少女が登場してきますが、クラス担任はこの少女に対応できず、学級崩壊をきたしたばかりか、その教師は二度と教壇に戻れなくなりました。この事例をテキストにして、もしあなたならばどのように対応するのか、この少女にどのように立ち向かうのか、ク

          いじめに苦しむ子供たち

          目を覚ませと呼ぶ声が聞こえ 第8章

          第8章  唐木哲也を、千鳥ケ淵のFホテルに訪ねることなど、二、三年前には想像もつかないことだった。まるでこの世を捨てた人間のように、ひらひらと舞う蝶を追いかけて、日本はもとよりアラスカやニューギニアにも足をのばす。ペンネームを、虫山蝶太郎と名づけたぐらい彼の生活は蝶一色だった。毎日の生活はもちろん、あちこちにでかける金はいったいどこから捻出しているかというと、あまりはっきりと語りたがらなかったが、どうも闇のルートがあるようで、そこでかなり高額で蝶マニアたちに蝶を売りさばいて

          目を覚ませと呼ぶ声が聞こえ 第8章

          木立は緑なり

           長太もまた文章を書くのが苦手だった。蝶の仲間たちと「南の国から」という季刊誌を発行していて、そのなかに彼に割りあてられたページがあるのだが、その原稿を書き上げるためにいつも四苦八苦している。それなのに毎月子供たちに作女を書かせることにしていた。  国語という科目で子供たちは、漢字を書いたり、長い文章を読んだり、そこになにが書かれているかをあれこれ解釈したり、あるいは文法を学んだりする。しかし長太にはどうも国語という科目には、それ以上のものがこめられているように思えるのだ。と

          木立は緑なり

          樫の木子供団

           午前中、森閑としている児童館は、小学一、二年生があられる一時頃からざわざわしてきて、高学年がやってくる三時頃になると、もうどたばたぎゃあぎゃあと騒がしいことこの上なくなる。児童館職員もまた駆け回る子供たちのなかに入って、ときにはサッカーや卓球の相手になったり、紙芝居をしたり、本を読んでやったり、またあるときは工作をしたり、絵を画かせたり、ゲームをしたりと忙しくなる。  しかしそれは別に強制されたものではなく、気が向かなければなにもしなくてもいいのだった。児童館の仕事というの

          樫の木子供団

          実朝と公暁  四の章

          実朝は殺された。しかし彼の詩魂は、自分は自殺したのだと言うかもしれない。 ──小林秀雄 源実朝は健保七年(一二一九年)正月二十七日に鶴岡八幡宮の社頭で暗殺された。この事件の謎は深い。フィクションで歴史を描くことを禁じられている歴史家たちにとっても、この事件はいたく想像力をかきたてられるのか、その謎を暴こうと少ない資料を駆使して推論を組み立てる。しかしそれらの論がさらに謎を深めるといったありさまなのだ。それもこれも、実朝を暗殺した公暁がいかなる人物であったかを照射する歴

          実朝と公暁  四の章

          あのときの王子くん from21to27 

          あのときの王子くん LE PETIT PRINCE アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ Antoine de Saint-Exupery 大久保ゆう訳 あのときの王子くんについて  大久保ゆう 5 脱・内藤濯訳 この訳は、さまざまな点で、すでにある内藤濯氏の訳から抜け出ることを試みています。私は、この作品がファンタジーであるとは思いませんし、また『星の王子さま』という題名を冠されるような作品であるとは考えていません。新訳である以上は、前のものに追従するのではなく、それ

          あのときの王子くん from21to27 

          《スキ》が飛んでこず《note》から撤退していくあなたへの手紙

          《note》に上陸したころ、ちょっとむきになって《スキ》なるものを追撃していった記事を打ち込んだが、ながく中断していた小野信也さんの《note》が再開されたのを機に、このあたりで再び、《note》という新大陸に言葉を植樹するとはどういうことなのかを思考するために、そのとき打ち込んだ記事を再度植樹してみる。 いま読み返してみると、ずいぶんひどいことを書いているなと思い、「ウオールデン」のサイトには次のような警告板《 「ウオールデン」は《スキ》を投じることを拒絶するサイトです。「

          《スキ》が飛んでこず《note》から撤退していくあなたへの手紙

          ウオールデンはインチキサイトです

          小野信也さんへの手紙 私が他者のサイトにクリックするのは、あなたのサイトぐらいで、そのサイトの更新が長く途絶えていたが、最近再開したことを知りました。深く思考されるあなたのことだから、《note》 という大陸に言葉を打ち込むことの意味といった根源的なことまで思いめぐらせての再上陸なのでしょう。 最近、われらの小澤征爾さんが亡くなりました。彼が残した偉業は限りなくあり、この偉業を引き継ぐのは、あなたの友人である征良さんですね。彼女はその大きな偉業をどのように引き継いでい

          ウオールデンはインチキサイトです

          「草の葉」の序文 W・ホイットマン

          初版の序文 ウオルト・ホイットマン ニューヨーク、ブリックリンにて アメリカは過去を拒まず、たとい古い政治体制の下で、古い政治体制のさなかで生み出されたものであっても、たとい身分制度の思想であれ今は人心をはなれた宗教であれ、ともかくも過去のいっさいの所産を拒まず──平然とその教訓を受けて入れ──すでにその役目を果たした生命が今は新しい形式を得て生まれ変わっているというのに、意見や風俗や文学が未だに過去の形骸に装われ、露命をつないでいるからとて、けっして苛立つことなく──その

          「草の葉」の序文 W・ホイットマン

          目を覚ませと呼ぶ声が聞こえ 第7章

                         第7章  その日は雨が降っていた。山手町のマンションの居間の窓から、タブノキの鬱蒼と繁る葉群れがみえた。そのやわらかい緑に、新生の雨は降り注ぐ。葉群れは、喜びの歌をうたっているようだった。しっとりと降り続ける雨は、ぼくたちの心を平和にさせるのだ。  宏子はあと二週間後に出発する。もう別離の時が秒読みにはいっていた。生木を引く裂くような瞬間が迫っている。そのことが、ぼくたちをさらに深く結びつけたのかもしれなかった。その旅立ちに、あんなに抵抗して

          目を覚ませと呼ぶ声が聞こえ 第7章

          白紙の答案用紙

           長太は疲れるなあと思った。一流企業のしかも出世街道を驀進しているビジネスマン夫人で、自身も一流大学を出ていて、なにやらエリートのにおいをふんぷんとにおわせている。長太のもっとも苦手とする種類の女性だった。 「それでどんな教え方をするのですか?」  と見下したような調子で訊いてきた。 「まあ、教師はぼく一人しかいませんから、なんでも教えます」 「英語も数学もですか?」 「そうです。理科も社会もです。場合によったら体育も音楽もです」  彼女はその高慢そうな口元をちょっとゆがめた

          白紙の答案用紙

          あのときの王子くん  from11to20

          あのときの王子くん LE PETIT PRINCE アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ Antoine de Saint-Exupery 大久保ゆう訳 レオン・ウェルトに  子どものみなさん、ゆるしてください。ぼくはこの本をひとりのおとなのひとにささげます。でもちゃんとしたわけがあるのです。そのおとなのひとは、ぼくのせかいでいちばんの友だちなんです。それにそのひとはなんでもわかるひとで、子どもの本もわかります。しかも、そのひとはいまフランスにいて、さむいなか、おな

          あのときの王子くん  from11to20