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丸太は恐ろしい勢いで踊るように下っていく

第21章  中学生の農繁期  帆足孝治

危険な「木流し」の話

 
 玖珠は楠(クス)ならぬ杉の産地である。盆地を囲む山々はどれを見ても上の方は美しくなだらかな草山になっているが、下の方はどれも杉山に覆われていて景色が黒々と見える。だからどの山に登るにしても、まず杉山に入って坂をLがっていかなければならない。
 
 私が子供の頃、杉山に入るとよく木を切り出している現場にぶつかった。大量に伐採する場合、作業は何か月もかかるので切った杉を里まで運びだすのが大仕事である。ワイヤを張ってクレーンで吊りおろしたり、馬に曳かせて斜面を滑り下ろす方法などが採られたが、一番ポピュラーなのは「木流し」という方法である。
 
 木流しといっても、川に木を流すわけではない。まず伐採現場の斜面に、最初に切り倒した杉の皮を剥いで、表面を滑りやすくした丸太を何本も組み合わせて頑丈な滑り台を作る。次に、これに繋げるように山の斜面に沿って同様の滑り台をつくり、あとはこれを次々につないで行くように作っていき、終いには非常に長い滑り台に仕上げる。滑り台の断面は両端にいくほど高く中央付近が低くなるように幅広くなっている。この丸太を組み上げた滑り台は、杉山を貫通して麓まで緩やかなカーブを繰り返しながら下っていく。その下の端はトラックなどが近づけるような道路に面しているのがふつうである。
 
 この滑り台が完成すると、いよいよ伐採した杉の丸太をこの滑り台で滑らせて下ろすのだが、この作業は慣れた山男たちでも非常な危険が伴うので慎重を要する。まず丸太が滞りなく滑り下りるように滑り台の表面にはたっぷり水が撒かれる。それでなくても皮を剥がれた杉の丸太の表面はすべすべに滑るが、こうすることによってそれまでは地下足袋で自由に歩き回れた滑り台の表面がつるつるに滑りやすくなる。傾斜も急なので、誤って足を滑らしたりしたら、それこそ掴まるところもないのでどこまでも滑りおちる危険性がある。武骨な丸太を組んだだけの滑り台なので、継ぎ目などには凸凹もあり大怪我をするくらいなら運がいい方で、下手をすると命を落としかねない。実際、この木流し作業で大けがをした人の噂も聞いたことがある。
 
 準備が整うといよいよ木流しが始まる。切り倒された杉は枝を払われたあと一本づつこの滑り台の上に下ろされる。下ろされた丸太はそのとたんに滑りはじめる。スピードがつくにしたがって、丸太はコロンコロンと大きな音をたながら、恐ろしい勢いで弾みつつ滑り落ちていくのである。どんなに弾んでも丸太が途中で滑り台から飛び出しては大変なことになるので、そうならないように滑り台は両端が高く組んである。
 
 濡れた杉丸太の滑り台の表面は、どんどん木を滑り落とすにつれてますます滑りがよくなり、滑り台の上に落とされた丸太は恐ろしい勢いで踊るように下っていく。まるで急流を流れるように滑っていくので、これを木流しというのである。
 
 私たちはその危険性をよく知っていたから、山で遊ぶ時この滑り台に出くわすと十分注意しながらこれを横切った。下をくぐれないときは滑り台の上に這い上がって、よく耳を澄まして木流し作業が行われていないのを確かめてから、滑りこけないように気をつけて横断したが、湿った杉の丸太を組み上げた滑り台はいつも木のいい香りがして気持ちがよかった。

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