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ショッピングモール (11)

葡萄

「君の住所借りた。税務署から査察が入ったら、君の住所に呼び出し状が行く」隆の話は意味不明だった。

「いいかい?」「……いいですよ」「この間、山梨に出張したんだ。山梨に宝石専門のショッピングモール建設することになってね」「あなたがオーナー?」「いや。デビ夫人だ」「……」「インドネシアに赴任した時、デビ夫人を車に乗せたことある」「そう……」「彼女、ものすごく頭がいい。だから政変を生き延びてタレントに変身出来た。とにかく頭の回転がすごい人でね、今回の仕事で俺を指名した」

辺りが薄暗い。もう黄昏時だ。

「山梨で綺麗な葡萄見つけたんだ。どうしても君に贈りたくなった」「嬉しいー」「昨日、宅急便で送った。宝石みたいな葡萄だ」「待っているね」

完全に話はトンチンカンだ。

「苦しい……」隆の声は途切れた。「どうしたの?」「胸が……」「横になった方が良いんじゃない。話は後にして」「来てくれ」「どこ?」「東京のホテル……」「なんてホテル?」「ああ、もう……」

それから何か大きな音がした。呼んでも返答はない。香子は立ちすくんだ。私を驚かそうと演技したの?馬鹿みたい、起き上がってよ。

香子は自分の部屋に走った。引き出しを開ける。最後の手紙は3年前のクリスマスカードだ。引き出しの中をひっくり返して捜す。見つかった。白いシンプルなクリスマスカード、差出人の名前しかない。

誰かに様子を見に行ってもらおう。しかし、彼の妻と娘は香港に住んでいるとしか知らない。田舎の母親は亡くなったとか。それ以外の情報は何もない。

クリスマスカードもらったとき、お礼の電話はした。あのときは、「マネージャーはただいまシンガポールです」と誰かが応答した。それだけだった。

東野隆の生活は謎でもあった。

名簿を引っ張り出す。中学校の同窓生連絡先を開いたまま、香子は途方に暮れた。都内に住んでいる同級生はいる。しかし、いくら都内と言っても、東野さんの様子が変だからホテルを捜して、と言われたら困るだろう。私と話していた最中だったから、私が何とかするべきだ……。

若いころなら、みんなで連絡を取り合って、情報を交換しあって、いろいろできただろう。だが、香子の思いつく人は皆、足が弱っているとか、腰に持病があるとか、最近、手術をしたという人ばかりだった。同窓会もクラス会も年々目減りして、そろそろ止めようか、と幹事が言っていた翌年、コロナが発生した。

あれから2年以上。今は、皆、自分のことで手いっぱいなのだ。

今、女友達の誰に連絡しても,事がねじれるか、迷惑をかけるだけだろう。心から信頼して相談できる友人はいない……。

香子は愕然とした。

隆が誰かと濃密な関係を繋いでいなかったように、自分も濃密な付き合いの友人はいない。

警察に頼もうか。でも、固定電話にかかって来た彼の電話では、通知先から逆探知する方法もない。

それに、何があったかは分からないのだ。変に騒いで、彼の名誉を傷つけることになってはいけない。

香子は暗くなってしまった空を見ていた。結局人間は一人なんだ。葡萄の房のように繋がっていたのは、せいぜい、中学時代までのこと……。

隆は、結局、自分を金蔓にしてたかったりしなかった私と話をしたかったのだ。愛とか恋とかではなくて、自分を利用しなかった私と少し話をしたかったのだ。騒ぎ立ててはいけない……。       (続く)


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