空想商店よるべ

東京のとある離島に人知れずたたずむ夢の中の店・よるべ。どこにも行けないあれこれが一夜限…

空想商店よるべ

東京のとある離島に人知れずたたずむ夢の中の店・よるべ。どこにも行けないあれこれが一夜限りの化学反応を求めて集まるひみつの場所。今宵はいったい、どんな風景が立ち現れるのか・・・ 移住4年目・26歳が綴る空想開業アイディア集。長いインプット期を経て、いよいよ新装開店です。

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  • アカツキ文庫

    • 1本

    25歳ふたりがつなぐそれぞれの世界。

最近の記事

【第八夜】空想クラフトコーラ屋

最近は風が落ち着いて、静かな日も増えてきた。 たまに突風が吹く日もあるけれど、それはもう春が来ている証拠のようなもの。 冬から続いた西風の季節が完全に終わるまではあと1ヶ月ぐらい。 今は大気が新芽のにおいでぱんぱんになっている。心なしか、目と鼻がむずむずする。 だだっ広い野原やヘリポートの入り口を横目に、山に続くアスファルトの道を歩く。 昨日の夜雨が降ったからか、土のにおいまで立ち上ってくるように感じる。 金木犀らしき垣根に沿って歩いていたら急に木が途切れて、足を止めた

    • 【第七夜】空想点心屋

      ふと目が覚めて、海の近くでも朝一番の鼻の頭は冷たいんだと思った。 妙に頭が冴えてしまったのでまだ暗い部屋の中で布団を出て着替え、マフラーを巻く。 玄関のガラスの引き戸を開けるとひんやりした空気が前髪をなでて、そのまま南へ流れていった。 外に出ると意外にもう明るくて、白んできた東の空やまぶしく残る金色の星を眺めながら歩く。 黒々としずかに鎮座する山に背を向けて、坂を下る。 最初に出てきた横道を入って奥へ。鳥の声だけがときどき甲高く響く。 さっきまで見えていた星はもう見えなく

      • 【連載・アカツキ文庫】ままならないことはままならないまま

        我が家はテレビを置いていなくてラジオ生活をしているということは、何度も話しちゃってると思う。 スマホにradikoというアプリを入れて聴いているんだけど、リアルタイムで聴くには夜が深すぎる芸人さんのラジオなども聴いているので、毎日好きな時間に好きな番組の先週回を再生するっていう聴き方をしているんだよね。邪道な感じはするんだけど、月曜は空気階段(芸人)とたなかみさき(イラストレーター)、火曜は松重豊(俳優)と燃え殻(作家)、水曜はオズワルド(芸人)と松居大悟(映画監督)…と一日

        • 【連載・アカツキ文庫】別の海を渡る

          先週はありがとう、久しぶりにみんなで会えて本当によかった。 お互いの上に流れた10年を想ったら感慨深くて、色んなものがこみ上げた数時間だった。 結婚式ってこういうところがいいよなって思う。 ”どの側面をとっても非日常だけどど真ん中にいる主役の花嫁はよく知っている友だち”っていう夢と現実の間にいるような浮遊感、ハマっちゃいそうだ~ 式の次の日、1ヶ月ぶりぐらいの東京で買い物とかしてる途中の新橋駅前で、政党の演説大会みたいなの聞くともなしに聞いてたのね。 とっくに夜は明けたのに

        【第八夜】空想クラフトコーラ屋

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          1本

        記事

          【第六夜】空想たいやき屋

          陽があっという間に落ちてしまって、さっきまで赤く燃えていた山並みは影絵になった。 冬は夕焼けがあまり残らない。 夕焼けのオレンジ色を引き継いだように、海岸線の街灯の色が濃くなる。 今日はめずらしく風がない夜になるらしく、だから海の反対側からただよってくる甘いにおいに気づいた。 民宿エリアにつながる路地から、「祭りの屋台のにおい」としか形容できないあのにおいがする。 つられて路地に入る。 街灯が続く一本道、その一番手前に砂利敷きの駐車場があり、キッチンカーが1台停まっている。

          【第六夜】空想たいやき屋

          【第五夜】空想コインランドリー

          山の上の方が白く煙っていて、霧かと思って眺めていたら夕立ちだった。 あたたかな夏の雨に追われるようにして海岸線を走る。 雨宿りできる場所はないかとさっと周囲に目をやる。 まっすぐ目の前二十数メートルほどのところにうっすら構造物が見える。 急いで向かう。 ちょうど農業用ハウスのような形の、薄いクリーム色のたてもの。 正面には木製でアーチ状の濃い茶色の扉がついている。ノブは金属製で金色。雨に濡れてしっとりつややか。 扉の上部には、喫茶店の入り口に据えつけられているようなドーム型

          【第五夜】空想コインランドリー

          【第四夜】空想フレンチトースト屋

          ぽっかり時間ができた平日の昼下がり、陽に当たって白く輝く砂利道を歩く。 道沿いに石積みの塀が現れる。 塀が途切れると、敷地内に続く小ぢんまりとした石畳。 石畳の先に目をやると2階建ての家が建っている。 1階の腰高の窓がある部屋を店舗として使っていることが、窓の高さに合わせて外に設えられた木製のテーブルとその上に差し掛けるように取り付けられたタープ風のひさしからわかる。 テーブルは深い茶色、ひさしは深いえんじ色に白色の細いストライプ。 砂利道からもわかるぐらいの濃いバターの香り

          【第四夜】空想フレンチトースト屋

          【第三夜】空想コロッケ屋

          海岸線の道から村の中心部へ向かうゆるい坂道を上る。 夕焼けを見た帰りに土産物屋をのぞいていたら、あっという間に暗くなってしまった。 夕飯どきだからか誰ともすれ違わない。 家々の窓からは団欒の雰囲気と様々なおかずのにおいが伝わってきて、ふと空腹だったことに気づく。 坂道を上りきると道が二手に分かれている。 左の道は住宅地エリアに、右の道は農地エリアに続いているようだ。 その右の方、街灯4本分ぐらい先の暗い夜道に、何やらオレンジ色の光を放つたてものがうっすら見えている。 誘蛾灯

          【第三夜】空想コロッケ屋

          【第二夜】空想映画館

          夏、浜に夕焼けを見に行った帰りに通りがかったたてものの前でふと足を止める。 白くて四角い、2階建てのシンプルなたてもの。 マットな質感の黒い金属のドア。 ドアの横の外壁には文字の形をした金属のプレートが立体的に取り付けられている。 両サイドに小さな照明が取り付けられており、暖色系の光で照らされた文字たちが薄闇の中に浮かんでいる。 ドアを開ける。想像通りの重たさ。 室内はうす暗く、天井に埋め込まれた小さな照明と壁に取り付けられた照明がぼんやり空間を照らし出している。 それぞ

          【第二夜】空想映画館

          【第一夜】空想ドーナツ屋

          海岸線沿いの広場の一角に小さなたてもの。 クリーム色の壁に窓がふたつ。窓枠は木製で深い緑色。 屋根には黒い煙突がついている。 戸口は木枠のガラス戸で、学校の教室のような引き戸。今は開け放ってある。 近づいてみると甘さをまとった油のにおい。揚げ物の音。 入ると目の前には無数のドーナツが並んだショウケース。 2段ぞれぞれに載ったトレーの上に、ドーナツが敷き詰められている。 粉糖がかかったもの、チョコレートでコーティングされているもの、クリーム入りのもの、ベーコンやレタスがはさま

          【第一夜】空想ドーナツ屋

          【第0夜】空想商店よるべの成分⑥

           そんなこんなで開業の運びとなった当店だが、コンセプトはすべて店名に込めたつもりだ。今回は最後に、「空想商店」と「よるべ」に分けて当店の方向性について話をさせてほしい。 「空想商店」について  まず当店は、そのときどきであつかう商品を変える。店主の思いつきでその日のイチオシが決まる、世にも自由ななんでも屋だ。食べ物、飲み物、植物、雑貨、サービス、音楽、時間、空間、なんでもあり。商品だけでなく店構えも変幻自在、営業時間も価格帯もターゲット層も従業員数も、その日の気分で店主が決

          【第0夜】空想商店よるべの成分⑥

          【第0夜】空想商店よるべの成分⑤

          すべては現状把握から  まず今のわたしは、たったひとつではあるが強烈なトラブルがきっかけでこの島に対して悪い印象を抱いてしまっている。トラウマやフラッシュバックのようなもの、嫌悪感、恐怖心はまったく拭い去れていないし、それは今後もなくなる見込みはないだろうと思う。ここにいる限りその負の感情から逃げられないと思うと、正直目の前が真っ暗になる。  しかしいつか島で何かをやりたいという夢は少しずつだが大きく、より具体的になってきている。この夏は予防接種も徐々に浸透してきたので内地

          【第0夜】空想商店よるべの成分⑤

          【第0夜】空想商店よるべの成分④

           前回までは店主の東京離島との縁の話をテーマにしてきた。今回はそんな店主がnoteを始めることにしたきっかけの話に進みたいと思う。 はじまりはじまり  働き始めた最初の頃は仕事も生活も不慣れなことの連続で、それこそ生活するだけで精一杯だった。それでもすこしずつ余裕が出てくると、島での生活はやはりおだやかで心地よかった。桟橋で魚を分けてもらったり、黙々と山道を散歩してみたり、台所で大家さんに郷土料理の実演をしてもらったり・・・ここでしかできないことを楽しめている、そんな実感が

          【第0夜】空想商店よるべの成分④

          【第0夜】空想商店よるべの成分③

          旅行者から島バイト、そして島民へ  島での日々ははじめてのことに満ちていた。観光客を迎える宿側の視点から見た夏の島は新鮮で生々しく濃密で、つまり最高だった。わたしは完全にその独特な雰囲気にとりつかれてしまい、最終的には大学4年間で通算100日以上を住み込み宿バイトとして過ごすこととなった。  期間限定の島民ともいえるバイトとして島と関わるうちにわたしは、いつかは島に移住して暮らすのもありかもなと思うようになっていた。わたしには幼い頃からの夢(「大学生になったら島でバイトをす

          【第0夜】空想商店よるべの成分③

          【第0夜】空想商店よるべの成分②

          燃え尽きたが吉日  それから月日は経ち、わたしは大学生になった。中高時代に打ち込んだのは吹奏楽で、楽器も買ってもらったし大学でも続けようと吹奏楽部や社会人バンドの見学に行ったりしていたが、どうにもしっくりこないことに気づいた。6年間みっちり向き合ったつもりが途中から義務感で続けている感じになっていたらしく、正直もうおなかいっぱいだった。それなら学業に専念しようと思うも、自分で選んだ学部のはずなのに一向に心惹かれず・・・。入学してから2ヶ月とちょっと、わたしは圧倒的”ここじゃな

          【第0夜】空想商店よるべの成分②

          【第0夜】空想商店よるべの成分①

          はじめまして、空想商店よるべと申します。 初回である今回と次回は第0夜と題し、店主の自己紹介とnoteを始めることにしたいきさつ、そして当店のコンセプトをお伝えしたいと思います。現代ではめずらしいノンSNS20代ですが、持ち前の好奇心と精一杯の語彙力を結集させて挑戦してまいりたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします! はじまりは8歳の夏 わたしは東京のとある離島に就職して2年目の24歳女子である。「東京の離島」、「新卒で島就職」、「女性単身で移住

          【第0夜】空想商店よるべの成分①