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おもしろかった本・漫画2020

 2020年は新型コロナウイルスの影響で外出があまりできなかった。
 加えて休職もしたため、漫画も含めると年間90冊くらい読んでいた。
 そのなかから印象深かったものを紹介する。


■罠ガール

 罠狩猟免許を持つ女子高生が、自宅や学校の畑を荒らす野生動物を捕獲したり解体したりする漫画。
 JKものということでライトな作風かと思いきや、罠の取り扱いや野生生物との駆け引き、解体の手順など、罠狩猟の描写は現実に則したディティールである。
 狩猟は野生生物との知恵比べであり、生活がかかった死活問題*1であることがよく分かる。

*1 平成30年の鳥獣による農作物被害額は約158億円にものぼる。
  参考 : 農林水産省 全国の野生鳥獣による農作物被害状況について(平成30年度)

 緑山のぶひろ先生はご自身が罠猟免許を持つ兼業農家でもあり、捕獲した動物に止めを刺す場面や、仕留めた動物を捌く場面など、命を奪うことへの抵抗や心の葛藤についても当事者だからこそ描けたのだろう。

 農家が直面している問題を真正面から取り扱った骨太な作品ではあるが、JKものとしての読みやすさも両立しているのでぜひ手にとってもらいたい。

 それにしてもJK + アウトドアものが最近流行ってるとはいえ、よくこんなガチガチの内容を電撃マオウに載せようと考えたなぁ*2。

*2 緑山先生へのインタビュー記事によると、担当編集さんによる提案だったようだ。

 罠ガールは以下から第一話を試し読みできる。
 Comic Walker 罠ガール


■ちょっとしたことでうまくいく 発達障害の人が会社の人間関係で困らないための本

 翔泳社から出版されている「ちょっとしたことでうまくいく」シリーズの一冊。発達障害者向けに書かれているけれど、定型発達者が読んでも学びが多い。はじめて勤め人になる人全般に役に立つ本で、とにかくアドバイスが具体的だ。
 まずスーツの選び方から指南しており、専門店の店員に相談しろと書いてある。このような身だしなみの方法から始まり、指示の受け方、ビジネスマナー、報連相、会議・雑談の技術、文章の書き方など、勤め人としての"型"を伝授していく。
 とくに面白いのは"叱られ方"の方法まで指南している点だ(P142~P147)。
 なぜ叱られているのかがわからず、火に油を注いでさらなる怒られが発生するのもしばしばな人には大いに助けになるだろう。あるいは、なにをどう伝えたら部下に理解してもらえるのかとお悩みな管理職にも有用かもしれない。

 発達障害者向けのライフハック本として有名な借金玉さんの書籍に加え、"部族"の概念をインストールした人が本書を参考にするとより社会をやっていく力が強化されるだろう。


■ふしぎの国のバード

 明治初期の日本を旅したイギリス女性旅行家イザベラ・バードの「日本奥地紀行」を下敷きにした漫画。旅は横浜から始まり、日本海側を北上して北海道まで至る予定だという。

 旅先で目にする日本の文化・慣習に目を白黒させ、時には感心し、時には信じられないという反応を見せるバード女史の好奇心旺盛なところが見ていて飽きない。
 人力車の車夫の人の良さ・誠実な仕事ぶりに感心したり、宿泊先の宿屋の娘の髪上祝(一種の成人式)に同席した際には、女子が一人前になったことを周囲にお披露目する慣習に、自国との性規範との違いから戸惑いを隠せなかったり、会津の寒村では、いまだ近代化されておらず貧困と不衛生にあえぐ人々にやるせない思いを向ける。

 読者は現代の人間なので、バード女史とほぼ同じ目線で旅を巡ることができる。西洋との社会道徳の違いや、文明開化した都市部とまだそこまで変化が及んでいない農村部の暮らしとの差に、本当にここは同じ日本なんだろうかと、文字通りのふしぎの国を目のあたりにするだろう。

 ふしぎの国のバードは以下から第一話を試し読みできる。
 Comic Walker ふしぎの国のバード



■山川 詳説世界史図録 第3版

 創作物で舞台になっている時代の情勢を確認するのにちょうどよい。
 350ページそこそこで古今東西の歴史資料を網羅しようとしているのでページあたりの情報密度がギチギチではあるのだが、これだけまとまった資料が税込みで1,000円しないのは破格ですよ奥さん!
 じっくり読み込むというよりは一種の図鑑として補助的に参照するのがメインの使い方だと思う。



■したたかな寄生 脳と体を乗っ取り巧みに操る生物たち

 人間にいろいろな生き方があるように、自然界の生物もさまざまな生き方がある。
 単独で生きる動物、群れをなす動物、周囲の環境を変えることで生き延びる動物、そして他者を操る動物。

 生物学の本を読んでいてよく思うのは、生き方は一つだけではないということだ。我々はつい、良い学校を出て良い会社に就職し、伴侶をもらって子どもは何人みたいな人生設計を普通の生活と思いがちだ。
 だが自然界を見ると、群れもしない、子どもの世話をしない、行き先は風任せなんてのも珍しくない。
 寄生虫にいたっては、他者に潜んでエネルギーを横取りし、別の生き物に食べられることでまた新たな宿主を得ることを繰り返す。

 見た目や生き方をみると毛嫌いされるのは無理ないことだが、単体ではほとんど無力な寄生虫が、遺伝子を残すために長い長い期間をかけて他者を操る能力を進化させてきた結果の戦略だと考えると、なんともしたたかに思えてくる。

 一方で、寄生虫の存在が自然界の生態系に大きな影響を与えていることも明らかになっている。
 たとえばハリガネムシは陸生昆虫(カマキリなど)に寄生し、宿主を入水させ、川魚に食べられることで移動する。宿主を入水させるなんてギョッとするが、この行動によって陸生昆虫をエサとする魚は効率よくエネルギーを摂取できるのだ。
 話はそれだけにとどまらない。陸生昆虫が魚の主要エネルギーになる分、水に棲む昆虫の被捕食率が下がり、彼らが落ち葉を食べることで植物の分解が促進されることにつながっている。
 このように、寄生虫は精妙なバランスでできている自然界の循環に一役買っているのである。

*3 もう少し詳しく知りたい方は下記の記事が参考になる。
  ナショナルジオグラフィック「研究室に行ってみた。神戸大学 群集生態学 佐藤拓哉」第2回 まるで寄生獣!寄生虫ハリガネムシの恐るべき一生

 一見すると他者から奪うだけに思える彼らの行動も、また別の視点から見てみると生態系の維持に欠かせないことがわかり、生物のあり方は正道だけではないことを教えてくれる。

 本書は生物学に疎い人でも楽しく読める内容であるし、新書ということもあってページ数も多くない。いわゆる"多様性"を垣間見たい人におすすめできる本だ。得られた知見を人生に取り入れるかどうかはさておき。

 本書は別記事で個別のレビューをしているので良かったらそちらも参考にしてほしい。
 「したたかな寄生」 感想



■鍵つきテラリウム

 戦争の影響で電力が低下しつつある完全環境施設(アルコロジー)の崩壊を食い止めるため、母が残した「鍵」を見つけるべく、調査技官*4の姉チコとロボットの弟ピノが旅をする漫画。

*4 作中では「医者」と「機械技術者」を合わせたような職業と説明されている。

 世界崩壊後ながい時間がたった世界のような表紙に惹かれて買ったが、これが個人的には大当たり。
 主人公の姉弟は"世界を救う"、"母の消息を探す"という大枠の目的はあるもの、旅先で描かれる展開は「人とロボットは違いはなにか」「人はどのように生きるべきなのか」といった哲学的な命題を描いている。

 たとえば第一話は、戦争後の廃病院で稼働し続ける医療用ロボットの話である。あるじがいなくなったあとも忠実に自分の役割を実行し続けるロボットという時点ですでにエモポイント100点。こういうのがいいんだよ、こういうポストアポカリプス人情派が。

 しかし話を読み進めていくと、ただ情緒的なだけの話ではないことがわかる。
 すでに骸骨と化してしまった患者も、機能にガタがきている医療用ロボットには苦痛にあえぐ救うべき対象として見えてしまっているのだ。
 単純な人情話ではなく、モノの認知の仕方という点からストーリーのギミックを作っているところに作者の平沢ゆうな先生の高い知性を感じる*5。

*5 平沢先生は物理学(量子光学専攻)の修士課程を修了しており、かなりのインテリ。

 特に印象に残った話としては、あと20年で水没してしまうコロニーで出会った兄妹の話(第2巻)。
 妹は神経系の病気に侵されており、身体の衰弱と発作的な痛みが時間とともに激しくなっていく。
 苦痛を緩和する装置はあるものの、この装置は古代の技術で作られており、取りつけ後のメンテナンス方法は今の時代では失われてしまっている。取りつけたが最後、バッテリー寿命の5年がそのまま妹の寿命となる。

 兄は考える。コロニー崩壊の時まで苦痛にあえぐ妹ともに最期まで過ごすべきか、それとも、たとえ5年間でも痛みのない自由な身体で過ごさせるべきなのか。兄妹のとった決断は……

 この作品はどことなく鋼の錬金術師を彷彿とさせる。情理的な人間の姉と合理的なロボットの弟、生命観を問うテーマ、旅先で出会った人々との間で描かれる一種のロードムービー的な作風からそう感じるのかもしれない。

 巻数は全4巻と多くはないが、その分読むのに時間はかからないので、第一話を見て肌に合うと思ったら一気読みしてみてほしい。



■戦争は女の顔をしていない

 原作は2015年にノーベル文学賞を受賞した同名のドキュメンタリー書籍。
 狼と香辛料の漫画版を担当した小梅けいと先生が作画している。

 独ソ戦に従軍した元ソ連女性兵士たちが往時の記憶を回想する。それは、戦争という徹底的に合理性を求められる行為のなかに、青春という不合理を埋没せざるを得なかった女性たちの物語である。
 個性を抑制された兵士として活動するさなかで垣間見える彼女らの人間性がとても美しく、同時に、言いようもなく悲しい。

 特に印象的なのが第7話。戦争で一番恐ろしかったのは死ではなく男物のパンツを穿いていることだったという女性。ソ連国境を越えたポーランドの村で初めて女物のパンツを支給されたんだよと彼女は笑い飛ばす。

 彼女には、我々にとっての"あたりまえ"が存在しなかった―――

 本書は戦争のぜひや戦術・戦略の巧拙を論評する本ではない。
 読感としては「きけ わだつみのこえ」の詩に近い。戦争下にあった当事者の生きた証を刻んだ抒情詩だ。

 本作の公式Twitterで全話無料で閲覧可能なので、この機会にどうか、触れてみてほしい。



■銃・病原菌・鉄 一万三〇〇〇年にわたる人類史の謎

 ヨーロッパ人は大航海時代以降、南北アメリカ大陸をはじめ様々な地域を征服した。コルテスによるアステカ征服、ピサロによるインカ征服がとくに有名だ。
 彼らが現地軍にくらべて極めて少数の兵士しか持たなかったにもかかわらず、征服を成し遂げられたのはなぜだろうか。その端的な要因がタイトルの銃・病原菌・鉄なのだが、ここで筆者は疑問を投げかける。

 なぜヨーロッパ人が他大陸を征服できたのか。
 アメリカ大陸の原住民がヨーロッパ大陸を征服することがなかったのはなぜか。
 あるいはオーストラリア大陸の人々が東南アジアの住人にとって代わることがなかったのは?
 15世紀ごろまで技術・文化ともに他の地域より圧倒的に発展していた中国がヨーロッパに進出することがなかったのは?

 これらの疑問に筆者は考古学、霊長類学、進化生物学、文化人類学、言語学、地理学など多数の観点から考察しており、特に以下の3点を強調している。

・農耕や家畜に利用可能な野生動植物の豊富さ
・大陸が南北に伸びているか、東西に伸びているかの違い
・それぞれの大陸の大きさや総人口の違い

 ティグリス・ユーフラテス周辺の肥沃三日月地帯は野生動植物の豊富な場所で、狩猟採集生活から農耕生活への移行がスムーズに進み、都市文明や技術の発展も早かった。
 陸地が東西に伸びているユーラシア大陸は緯度の違いによる気候の差異がが少ないので、ある場所で栽培できた作物が別場所でも栽培可能なことが多く、農耕技術の伝播スピードが迅速だった。
 大陸が大きく人口が多ければそれだけ新しい技術を取り込む淘汰圧がはたらき、文明の発展スピードに正のフィードバックループがかかる。
 いっぽう、南北に伸びたアメリカ大陸は経度の違いによる気候の差異や、峻険な山脈が障壁となり、農耕技術の伝播が遅かった。

 極めて雑に書いたが、要諦はだいたいそんな感じだ。
 つまるところヨーロッパ人が生まれつき優れていたからではなく、居住した大陸の環境的な違いが、1万年ほどのタイムスケールを通じて、我々が知る歴史をもたらしたのである。

 本書の主張は割とシンプルなものではあるが、個々の章では個別事例に詳しい紙幅を割いている。

 個人的には第14章「平等な社会から集権的な社会へ」が興味深く、人間社会が小規模血縁集団から始まり、部族社会、首長社会をへて国家へと発展していくなかで、富の分配や政治システムが平等的なものから階級的なものに変化していく過程の説明に感心した。
 部族社会は平等的なものと聞いたことはあったが、実はそもそもまだ階級というものが発生してない段階なのだ。(意思決定がみんなで共有できる程度の人口しかないし、分業するほどの仕事量がない)

 他方、言語学的な観点から考察した章は今ひとつ理解が叶わなかった。
 この本は、目次を見て興味が湧きそうな章から読むのがいいのかもしれない。



■ハクメイとミコチ

 身長9センチメートルのこびとであるハクメイとミコチ、二人の女の子の日常を綴った物語。この二人の他にも多数のこびとや町も登場し、日常生活を営んでいる。
 小動物や昆虫など、こびと以外の生物の多くは人型化されない本来の見た目のまま擬人化されてこびとたちと普通に会話し、仕事に就くなどして一緒に社会生活を送っている。

 本作はいわば異世界の日常ものであるが、あからさまな作り物感はなく、こびと目線から紡がれる生活感や息遣いをリアルに感じられる作品だ。
 作中の世界が本当にあると感じられるような雰囲気を持っているのである。

 こびとのデザインは思い切りデフォルメされているが、動植物はリアルな造形だし、家の中に置かれている物品の数々からは、彼女らの生活感がにじみでている。
 九龍城砦のような街の空間に多数のキャラクターが書き込まれた猥雑さが、この世界の躍動感を鮮明にしている。
 仕事や伝承を軸にした日常生活を描いた話運びも、世界観の解像度をよりいっそう顕著にする。

 この作品の雰囲気は、聖剣伝説レジェンドオブマナに近い*6。
 世界には理があり、それに則って生命が生まれ、多数の種族が生活し、それぞれが活き活きと動いている。その世界の確からしさ、質的密度がすこぶる濃厚であると感じた。つまり世界観萌えである。

*6 1999年発売のプレイステーション用ゲームソフト。

 幼いころに絵本を読んだときのようなみずみずしい気持ち、ここではない別の世界をのぞきこむわくわくする感覚を、この作品はよみがえらせてくれる。

 ハクメイとミコチは以下から第一話を試し読みできる。
 Comic Walker ハクメイとミコチ


■アルテ

 ことし最もホットだった作品。
 16世紀初頭ルネサンス期のフィレンツェを舞台に、下級貴族の娘アルテが画家を目指して工房に弟子入りし、画家として成長していくお話。

 大久保圭先生の美麗で緻密な作画にまず目を引かれるが、最大の魅力は自立心あふれるさまざまな立場の女性キャラクターたちにある。
 主人公のアルテは貴族出身。ほか高級娼婦、農家出身のお針子、未亡人、女中、裕福な商家の母娘なと階級も経済状況もバリエーション豊かだ。
 今よりも活躍する場が少なく、弱い立場に置かれていた女性たちが懸命に、必死に、あるいはしたたかに生きる姿が胸を打つ。

 本書は当時の風俗や空気感が巧みに反映されている。

 たとえば、嫁入り時の持参金の風習についてはそこかしこで触れられており、持参金を多めに積まなければ良縁は望めないものだったため、自分自身のために、あるいは娘や女性親族のために働く理由のひとつにもなっている*7。

 別の話では、斡旋された注文書の内容を、お針子たちは文字を習っていないために誰も読むことができないというシーンがあり、当時の女子教育がいかにないがしろにされていた*8のかがわかる。

 細かいところでは、商家の娘が食事時にフィンガーボウルを使う描写があり、フォークを使って食事する習慣がまだ確立されていないことがわかる*9。

*7 持参金という風習自体は世界中に見られる。
*8 当時のイタリアの商人の子弟は6歳くらいから読み書きを習い始めたが、女の子は読み書きを学ぶ代わりに, 裁縫, 料理、家事の方法を身につけるべきであると考えられていた。
  都市部でこれだから農村では何をかいわんや。
  参考 : 徳橋 曜「中世末期のイタリアの教育と都市文化」(収録:富山大学教育学部紀要 A(文化系)No.47 p45-57、1995年)
*9 イタリアでフォークを使う習慣が一般的になるまでには16世紀に礼儀作法の一部となってからであるらしく、それまでは切り分けた料理を手づかみで食べるのが珍しくなかったとか。

 などなど、当時の雰囲気について、脚本からセリフから細かい一コマまで16世紀イタリアの生活を反映させており、調べながら読むと当時の風俗について面白い点が次々と知ることができる。
 そして、当時のことを知れば知るほど、アルテという人物がいかに特異な感覚をもった人物か理解できるようになる(作中の人物からもよく変な人と評されている)。

 つまり、本書は優れたストーリー漫画であると同時に、当時の風俗を知るための面白いガイドブックにもなっているのだ。

 ただ、時代がルネサンス期で画家を目指す女性が主人公の割には、同時代の絵画についてはほぼ言及がない(技法についての解説や画家工房の徒弟制度の仕組みついては解説されるが)。
 同時代にどんな絵画があったかについては西洋絵画史の入門書を読むとよいだろう。

 アルテは第一話が以下から試し読み可能だ。
 ゼノン編集部 アルテ


■知識ゼロからの西洋絵画入門

■知識ゼロからの西洋絵画史入門

 アルテの時代の美術ってどんなのがあったかなと思っていたところに偶然図書館で目に入った本。
 文字通り知識ゼロだったので西洋絵画史の基本的な流れと時代ごとの代表作を学べたのがよかった。

 西洋絵画史を通読して面白いのは、各時代における政治的なパワーバランスが絵に表れる点だ。絵を見るとその時代にどの勢力が幅を利かせていたのかがだいたい判別できる。

 たとえば15世紀初頭~16世紀中頃のルネサンス時代は、すでに最盛期を過ぎていたものの、まだまだ教会の影響力が強く、ルネサンス期の有名作品はキリスト教絵画が多い。
 ダ・ヴィンチの最後の晩餐などは典型だ。

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ダ・ヴィンチ作 「最後の晩餐」(1495~1498年)
Leonardo da Vinci, Public domain, via Wikimedia Commons


 17世紀ころになると豪華でダイナミックな画風が、18世紀ころには繊細で優美な画風が世を風靡する。バロック絵画~ロココ絵画の時代である。
 この時期になぜそのように画風が変わったのか。読み解く鍵は同時代がどのような政治情勢であったかを思い出せば得心がいく。
 そう、この時代は絶対王政。宮廷の力が強かったのだ。王侯貴族の典雅な生活の雰囲気が絵画にも反映されたというわけだ*10。

*10 レンブラントやフェルメールのようにオランダでは市民がパトロンだった例もあり、必ずしもゴージャス一辺倒ではない。

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ルーベンス作 「マリー・ド・メディシスの生涯 マルセイユ上陸」
(1622~1625年)
Peter Paul Rubens, Public domain, via Wikimedia Commons

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フラゴナール作 「ぶらんこ」(1767年)
Jean-Honoré Fragonard, Public domain, via Wikimedia Commons


 18世紀末~19世紀前半のフランス革命を経て市民社会が成熟してくると、いよいよ芸術は爆発する。
 ギリシア・ローマ的な古典を理想とする新古典主義と、それに反発する勢力としてロマン主義や写実主義、印象派などの新しい芸術運動が盛んになってくる。

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ダヴィッド作 「サン・ベルナール峠を越えるナポレオン・ボナパルト」
(1801年)
Jacques-Louis David, Public domain, via Wikimedia Commons

↑デッサンの正確さや合理性を重んじる新古典主義に対し、


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ドラクロワ作 「民衆を導く自由の女神」(1830年)
Eugène Delacroix, Public domain, via Wikimedia Commons

↑激動的で物語性をこめたロマン主義や、


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クールベ作 「石割人夫」(1848年)
Gustave Courbet, Public domain, via Wikimedia Commons

↑労働者階級の日常にスポットをあてた写実主義、


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モネ作 「印象、日の出」(1872年)
Claude Monet, Public domain, via Wikimedia Commons

↑光がおりなす効果を巧みに描写した印象派などが生まれた。


 この頃になると絵画はパトロンの権勢を誇るものというより、世の中のニュースや生活を伝える社会性を帯びたり、モチーフから受けた感触をどのように表現するかという、画家自身の個性が重視される時代になっていく。
 市民に知識と経済力が蓄積されたこの時代でなければ、ゴッホのようなアクの強い(婉曲的表現)画家が頭角を現すことはなかっただろう。


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マティス作 「赤い調和」(1908年)
"Red Room (Harmony in Red)" by lluisribesmateu1969 is licensed under CC BY-NC 2.0

 20世紀になって、彩色を実物通りでなく画家の好きな色で塗るフォーヴィスム(野獣派)や、


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ピカソ作 「泣く女」(1937年)
"Weeping Woman [1937]" by alltollz_org is licensed under CC BY-ND 2.0

 対象を幾何学的な形に分解し、複数の視点からとらえて立体的に組み合わせる手法のキュビスムが出たあたりからは、もうなんでもありの時代に突入する。

 さらに時代が下るとシュールレアリスムのような抽象性の高い絵画が一世を風靡し、芸術は物体から精神の世界へ。


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ダリ作 「記憶の固執」(1931年)
"La persistencia de la memoria" by mundospropios is licensed under CC BY-NC-SA 2.0


 以上、西洋美術史のごくごく一部を超ざっくりと追ってみた。各時代のパトロンになった勢力ごとに画風も呼応しているのがおわかりいただけるだろう。
 通常我々が学校で習うのは主に政治史を中心とした歴史だが、文化史から概観することで、歴史の見方に別の芯が加わる。
 絵画はぱっと見で楽しむこともできるので手を出しやすいと思う。お気に入りの作家が見つかれば儲けものだ。ミュシャとかすごいよ。

 ちなみに、美術解説本は絶対にカラー本を買ったほうがいい。
 白黒だとすごさが伝わりづらいので。



 以上、2020年とくにおもしろかった本を紹介した。
 今年は漫画を多めに読んだから来年は小説にも手を出したいな。
 みなさんもよい読書ライフを。


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