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落語日記 62年ぶりに復活した由緒ある大名跡を引き継ぐことの重責

浅草演芸ホール 4月中席昼の部 九代目春風亭柳枝真打昇進襲名披露興行
4月17日
前回の浅草演芸ホール訪問は、今年の2月28日の桂宮治師匠の真打披露興行だった。あの熱狂の披露興行から一カ月半、今度は落語協会の真打披露興行が行われた。この日は、人気の春風亭正太郎改め春風亭柳枝師匠の真打昇進及び九代目柳枝襲名のお披露目にお邪魔してきた。
今回の落語協会の真打昇進は5名が昇進、鈴本演芸場の3月下席から披露興行が始まり、5名が日替りで主任を務める。

東京都では緊急事態宣言が3月22日に解除されたものの、感染が拡大傾向にあるので、4月12日からまん延防止等重点措置が適用され、再び飲食店などに時短要請が行われている最中の披露興行。コロナ禍対策の木戸口での検温や手指消毒は行っていたが、座席の市松模様の規制は無かった。それでも満席ではなかったが、観客はお互いにソーシャルディスタンスを意識して適度な間隔を開けて座っている。コロナ禍にあって、これだけ集客できるのも当代柳枝師匠の人気の証しだろう。客席では顔見知りの寄席ファン、柳枝ファンをお見かけした。

今回の真打昇進では5人全員が名前を変えるが、何といっても話題は、真打昇進と同時の襲名によって62年ぶりの復活となる九代目春風亭柳枝の誕生だ。落語協会所縁の由緒ある名跡が復活するのは久しぶりのこと。それも、若手人気者の正太郎さんが引き継ぐということから、今回の真打昇進のニュースを見ていると、女流の弁財亭和泉師匠と共に二人で話題を独占している感がある。
この九代目春風亭柳枝襲名の経緯は、ブログ「正朝通信」の2020年7月4日の記事で正朝師匠が詳しく書かれている。そこからは、師匠として弟子に真打昇進を機に良い名前を付けてやりたいという思いが読み取れる。
読んでびっくりしたのは、この柳枝襲名の話は、過去に正朝師匠ご自身にもあったとのこと。その他にも襲名したい落語家もいたが実現までに至らなかったらしい。そんな落語協会預かりの由緒ある名跡の襲名は、正太郎さんに継がせたいという正朝師匠からの申し出から始まったようだ。引き継ぐ決意を固めた当代柳枝師匠の決意も凄いが、継がせようと思った正朝師匠の弟子に対する愛情も素晴らしい。
このブログで正朝師匠は、今の柳枝師匠に対する評価とともに、九代目柳枝の名跡を大きく育てていく使命があることを書かれている。弟子の昇進に際して、これほど経緯を丁寧に、そして期待を真摯に書いて公開している師匠も珍しいと思う。

この昇進前の正太郎時代に拝見したのは数えるほどだが、その人気ぶりは伝わってきている。謝楽祭でも来場者の似顔絵を書く出店が人気だった。
この日の柳枝師匠がマクラで語っていたのが、この披露興行で、自分が主任の日は、これまで5日のうち4日が雨に降られたそうだ。この日は帰りの時点では雨が降っていたが、入場時点ではまだ降っていなかった。そのため、全部で5本ある幟が寄席の玄関先に勢揃いして掲げられたのは、この日が初めてだったらしい。
そうなのだ、今回の真打昇進時にご贔屓筋より幟を5本も贈られているのだ。これだけ多い本数の幟を贈られる例は、あまりないこと。そして、もっと驚いたのは、後ろ幕が4枚も贈られていたことだ。この日の高座で、この4枚の後ろ幕すべてが掲げられていて分かったのだ。
後ろ幕とは、高座の後ろに飾られる巨大な幕。真打昇進や名跡襲名などの披露目の興行では、必ずに高座に飾られる。この後ろ幕には「〇〇師匠江 贔屓○○与利」などと書かれている。つまり、幟と同様に、ご贔屓筋から贈られるものなのだ。この後ろ幕は通常は1枚、多くても2枚までが大半。あの人気の一之輔師匠でも2枚だったはず。それが、今回は襲名の件もあるが、4枚も贈られるというのは、まさに柳枝師匠の人気の凄さを証明するものだ。

このような由緒ある名跡の襲名が出来る条件は、実力やタイミングなど色々と考えられるが、その襲名披露関連行事を行えるだけの人気と贔屓の存在が必要だと思われる。つまり、当代柳枝師匠が、九代目を襲名できるということは、その人気の証しでもあるのだ。
この人気と大勢の贔屓の支えを後押しとして、柳枝師匠はこの九代目柳枝という名跡を大きく育てていく責務を背負うことになった。正朝師匠の言葉にもそうある。まさに、これから歩む落語家人生が大変なのだ。師弟はその覚悟を持って襲名を決めたはずだ。その心意気を買って、今後も応援していきたいと思う。

毎度書いているが、寄席は主任を盛り上げるための団体戦だ。真打披露興行は、新真打が初めて寄席で主任を務める興行で、前方はほとんどが新真打の先輩。なので、先輩たちは後輩の新真打のハレの高座を盛り上げるために、徐々に会場を温めて客席全体のテンションを上げていくのだ。披露興行では、普段の寄席よりもその傾向が強く、団体戦であることがよく解るのだ。この日も、落語協会の精鋭が集まって、後輩のために軽いネタで楽しませつつ、客席を暖め続けた。さすが落語協会、そう呼びたい披露興行の一日だった。

前座 林家ひこうき「つる」
セリフは明瞭だが、上下を振らないので会話が分かり辛く、残念。

柳亭市若「狸鯉」
実はオランダ生まれの帰国子女。生まれは何処?と尋ねられると答えづらいというマクラで笑わせる。もうひとつの意外性、こう見えても、実は理系の大学院出身のインテリなのだ。

林家たけ平「織田信長」
漫談のような地噺のような、たけ平師匠らしさあふれる一席。こういう短い噺での瞬発力はさすが。

ホンキートンク 漫才
お二人の息も合ってきたようだ。遊次さんのオネエキャラも板についてきた。五反田がオランダというネタ、市若さんとオランダかぶり。歌ネタでのアルフィーは初聴き。

古今亭菊之丞「初天神」
嫌いな動物の例え、かえる、ほたる、白鳥と落語家の名前を並べ、マニアを喜ばす。丞様もこの日は軽い噺。

春風亭一朝「牛ほめ」
一朝師匠で前座噺を聴ける僥倖。これがなかなかの聴きもの。

鏡味仙志郎・仙成 太神楽曲芸
仙成さんが、何度か落とすシクジリ。これはこれで、寄席の曲芸らしくほのぼの。

隅田川馬石「道灌」
マクラは何故か芸名の馬石をアピール。多くの柳枝ファンに向けてだと思われるが、寄席ファンから見ると可愛げのある行為。そんな馬石師匠も愛嬌たっぷりの前座噺。

林家彦いち「睨み合い」
私くらいのベテランになると、お客様のマスクの下の表情が透けて見える。無断録音していることもお見通し。そんなマクラから、キレる若者を描いたドキュメンタリー落語の名作。

換気のための仲入り

江戸家小猫 ものまね
聞いたことのない鳴き声を尤もらしく聞かせるという凄技を持つ物真似の天才。ダチョウの鳴き声なんて聞いたことがない。

柳亭左龍「宮戸川」
代演で大好きな左龍師匠の登場に、私的にはテンションアップ。この日も半ちゃんとお花坊の純情攻防戦を顔芸満載で見せてくれた。その勝敗は、積極的なお花坊の優勢勝ち。

春風亭正朝「悋気の火の玉」
いよいよ当代柳枝師匠の師匠の登場。大勢の観客を前に感慨深げな表情に見える。いつも明るく陽気で飄々とした芸風だが、この日はどこか落ち着いているような感じ。そのためか、悋気に燃える女性同士の火花散る激突の様相に迫力を増している。師匠としての貫禄を示した一席。

林家正楽 紙切り
相合傘柳枝バージョン(鋏試し)・悋気の火の玉・てるてる坊主
この日の注文は、みな柳枝師匠のご贔屓さんだろう。披露興行がほぼほぼ雨に祟られていることから「てるてる坊主」を注文したご婦人、なかなか洒落た注文だ。

林家正蔵「新聞記事」
正楽師匠の後はやり易い、なぜなら注文で客層が分かる。そこで、今日のお客さんはどうですかと尋ねたら「メンドクサイ」とのお答え。そんなツカミから会場を沸かせたのはさすが。
正座椅子である「あいびき」を使っている。膝を痛めているようで、グルコサミン入りの健康食品の話が楽しい。上手いのは、権太楼師匠の話で下げ。

林家木久扇「明るい選挙」
人気者の重鎮の登場が、祝いの席により一層の大きな華を添える。笑点ネタ、談志ネタ、先代正蔵ネタはお馴染みのものだが、何度聞いても楽しい。お祭りには欠かせない存在。

仲入り

真打昇進披露口上
彦いち(司会)さん喬 柳枝 正朝 木久扇 正蔵
金翁師匠や馬風師匠が顔付けされていないのは寂しいものがある。昨今のお披露目といえば、この重鎮のお二人が頑張って、口上も盛り上げておられた。その代わり、この日は一門の重鎮でもある木久扇師匠が出演、口上に箔が付くというもの。
その木久扇師匠の口上で驚いたのは、正朝師匠が35年前に真打昇進した際も、口上を述べられていたということ。当時、正朝師匠の師匠五代目柳朝師は、脳梗塞で倒れて寝たきりになっていて、代わって当時の木久蔵師匠が親代わりとして介添えされたそうだ。正朝師匠のブログに、師弟二代にわたって口上を言っていただけるのは感慨深いもの、有り難いこと、と感謝の気持ちを述べられている。

ロケット団 漫才
いつもの安定の可笑しさ、この日もボケまくる三浦先生。語尾を「~ですかぁ?」と疑問形にする最近よく聞くギャグ、私は気に入っている。何でもないセリフを一瞬でギャグに変える。しつこいくらい重ねてくるのも、ロケット団らしさ。

橘家文蔵「雀荘で落語」
一之輔師匠の代演。メクリを持って登場、高座にネタ帳を持って来させ、何を演ろうかなあ。自由奔放な振る舞いが文蔵師匠の魅力。結局は短い漫談で沸かせて、さっと降りる。

柳家さん喬「替り目」
膝前は、ベテランが流れに重石を効かせる高座。現代の若者事情のマクラで笑わせ、軽い噺で後を濁さずさっと降りる。カッコイイ。

立花家橘之助 浮世節
膝代りは、華やかな橘之助師匠。ザッツ寄席という演芸で、主任の高座を前に、にぎやかに露払い。

春風亭正太郎改メ九代目春風亭柳枝「火焔太鼓」
柳枝師匠を迎える満場の拍手。この客席の熱気から、ご贔屓さんが集まっていることが伝わってくる。改めて柳枝師匠の人気ぶりが分かる。
マクラの話ぶりは、落ち着いていて堂々としている。お坊ちゃまキャラを逆手に取って、その話題で会場を沸かせるところの強かさも感じる。
本編につながる定番マクラが、古道具屋の小噺。あれっと思っていると、何と「火焔太鼓」。正朝師匠のブログによると、先代柳朝師匠から正朝師匠に受け継がれ、そして当代柳枝師匠に受け継がれたという師匠から弟子へ三代に渡って受け継がれた演目だそうだ。古今亭のイメージが強い演目だが、先代柳朝師を通じて春風亭にも伝わっている。
柳枝師匠の一席は、若々しくて弾むようなリズミカルな火炎太鼓だ。そして、正朝師匠の香りのする火炎太鼓。お坊ちゃまらしい甚兵衛さんの人の好さも出ていると思う。あとは、突き抜けた粗忽さにどんどん磨きをかけていって欲しい。
柳枝という名跡の重責を背負って歩む落語家人生が始まった。新たな柳枝像を築きながら、落語界全体にも刺激を与える風を吹かせ続けていって欲しい。

4月28日にニュースが飛び込んできた。「寄席は社会生活の維持に必要なもの」と判断し、緊急事態宣言後も有観客開催を決定していた東京の4軒の寄席。ところが、東京都からの要請を受け、5月1日から11日まで休業すると発表された。緊急事態宣言が延長されることなれば、変わる可能性もある。5月1日から始まる予定だった芸協の真打披露興行も延期された。興行界もまだまだ大変な状況が続く。

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