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『2330文字の恋物語』

初対面は一言

「最悪」

だった。


人生初めてのバイトを

居酒屋に選び、

どきどきしながら

スタッフの人たちに挨拶した。


「初めまして、ハヤシ ユカです。

よろしくお願いします。」


そう、自己紹介すると、

にこやかに対応してくれる人が多い中、

アイツだけは違った。


無表情で一言

「オノです。よろしく。」


体が大きいせいなのか、

妙に感じる圧迫感。


私はこの人とうまくやっていけるだろうか?

そんな不安を残しつつ、

私のバイト生活は始まった。


注文を受けて

料理を運んで

片づけて

会計して

新規様をご案内して


・・・全てが初めての私にとって、

それはもう戦場だった。


そんな中、

とにかく、アイツ、

オノ トオルは仕事ができた。


すぐに呼び出しにも応じるし、

運びも片づけもあっという間。

気づいたら終わっていた。


仕事中、私の余裕がないのもあって、

アイツと言葉を交わすのは

挨拶と必要最低限のことだけ。

でも、一度、確認したいことがあって

話しかけたら、

「何言ってるか、わからない」と

一蹴された。


「アヤさん、私、どうしたらいいんでしょうか?」

アイツと一緒のシフトが苦になり始めた頃、

社員のアヤさんに相談した。


アヤさんは、ビシビシ場を取り仕切ってくれる姉御肌。

バイトの私のことも気にかけてくれて、

いつも話し相手になってくれていた。


「そっかー。そんなことがあったんだね。」

あちゃーといった表情のアヤさん。


「トオルも悪い奴じゃないんだけどねー。

 ちょっと言葉が足りないっていうか。」

「ユカちゃんはそのままで大丈夫。

 なんかあったら、いつでも話聞くからね。」


話しを聞いてくれる人がいて、

少しガス抜きはできたものの、

アイツと一緒のシフトの日が憂鬱には変わりなかった。


そんなある日、

「トオルくんったら、ユカちゃんに対して優しいよね」

唐突に、アヤさんに言われた。

はい?

いや、アヤさんとの方が談笑しているように思うけれど・・・?

そう話すと、

「いやいや。こちらは喧嘩腰ですから。」とアヤさんは苦笑していた。 

そうかな?

「そうよ。トオルくんったら、本当に容赦ないんだから」

はぁ、全く私にはわからない。

笑ってごまかしておいた。


アヤさんに言われたからか、

その日から、妙にアイツの行動が気になった。


相変わらずの無表情、仕事の早さ

しかし、私が、何か手間取ったり、エラーに見舞われたりしていると、

すっと横からフォローしてくれることに気づく。


ふっと、アイツの顔を見上げると、

見下ろされるのがなんだか悔しい。


「ありがとう、ございます。」

そう、つぶやいた私を横目に

彼は少し口角をあげてさっさと行ってしまった。


アイツのあんな表情、初めてみた。


何かが少し溶けるような気がした。



今日も今日とて、アイツといっしょのシフト。

相も変わらず、どんどん仕事をさばいていく。

ようやく仕事に慣れてきたけれど、

まだ追い付けない。


お客様の波間。


ふと一息、座敷に目をやると

アイツとアヤさんが笑いながら片づけをしていた。

なんか、すごく、楽しそう。


・・・私はアイツのあんな表情を知らない。


『チクッ』

感じた胸の痛み。

それも束の間

呼び出しのベルが私を現実に引き戻す。

「はいっ!伺います!」

その痛みを振り切るように、

私は二人の姿に背を向けて歩き出した。


それから、気づくと二人の姿を探していた。

そして、仲睦まじい姿を見かけるたびに、

増えていく胸の痛み。


『チク』

『チク』

『チク』


「トオルくんって、ユカちゃんのことよく見てるよね」

今日は珍しくお客様がほとんどいない。

時間を持て余して、隣にやってきたアヤさんの言葉に

思わずアイツの姿を探すも、見当たらなかった。


「トオルくんは、今ゴミに捨てにいってる」

私の反応に笑いながらすかさずアヤさんが言葉を続ける。


「・・・そんなことないですよ。」と私が答えると、


アヤさんがぐいっと私に顔を近づけて言った。

「ユカちゃん鈍いなぁ。トオルくん、いつも見ているよ。」


甘い匂い

お団子に纏められていてもわかる艶やかな髪

きらきら光る瞳

・・・その中に写る私


アイツとアヤさんが二人談笑していた時の姿がよみがえる。


いつも、

アイツはこんな綺麗な人を前に


私の知らない顔で笑うんだ。



「っ!からかわないでください!!」


アヤさんの瞳が大きく見開く。

思った以上の声が出て、自分でも驚く。


・・・しまったと思うと同時に

「どうしました?」

後ろから アイツの声。


「なんでもありません!」と私はその場から走り去ってしまった。


その後、ホールは一転、慌ただしさに見舞われ、

私はそれに救われた。


シフトあがりの時に、

アヤさんは「ごめんなさい」と言葉を続けようとしたのを

私は「いえ!お疲れ様でした!」と遮り

ペコリと頭を下げて、足早にお店を後にした。


人通り多い駅前を脇目もふらず直進していく。

少し人がまばらになり始めた角で

腕が急に掴まれた。

「おい」

その声に驚いて振り返ると、

無表情の彼がいた。


「・・・何?」

「何って・・・今日、何かあった?」

「特に何も」

「だったら、なんであんな大声だして」

「・・・それはっ!」

思わず、顔をあげると

少し、悲しそうな、顔?


掴まれた腕が、

ドキドキする胸が、


イタイ。



「アヤさんが気にしてた。

 大丈夫か?」


そこで、アヤさんの名前が出て、泣きそうになる。


二人の世界がもうできていて、

私はそこに入ることができなくて、


変なの。


どんどん胸の痛みが増えていって

自分の体すら とげとげになっていくみたい。


「大丈夫だから。放っておいて!」

思わず腕を振りほどこうとして、

気づいたら、彼に抱きすくめられていた。


「放っておけないから」


ぎゅっと抱きしめる。


私、いつの間にか、好きになってたんだ。


トゲトゲは、あの夜、全て取り払われた。

肌の暖かさが、腕の強さが 

そして、恥ずかしくて笑えなかったって

照れながら話してくれたから。








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