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Interview by KUVIZM #11 塩田浩(マスタリングエンジニア)

ビートメイカーのKUVIZMが、アーティスト、ビートメイカー、エンジニア、ライター、MV監督、カメラマン、デザイナー、レーベル関係者にインタビューをする"Interview by KUVIZM"。

第11回は、マスタリングエンジニアの塩田浩氏にお話をうかがいました。

【塩田浩】
SALT FIELD MASTERINGのマスタリングエンジニア。多数のHIP HOP作品や、ASIAN KUNG-FU GENERATIONの作品を手掛ける。古くはキングギドラ『空からの力』(1995年)を、そして2023年だけでも、ANARCHY、MINMI、LEX、OZworld、Bonbero、Skaai、Eric.B.Jr、GADORO、Olive Oilらの作品を手掛けている。

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KUVIZM:
本日はよろしくお願いいたします。マスタリングの仕事は一般的にわかりにくいので、最初に「マスタリングの仕事とは」を教えていただけますか?

塩田:
はい。まず、レコーディングされた音をミキシングエンジニアがミックスをして、それ(2mix)を商品としてCDやバイナル、今の主軸で言えば配信のために、 第三者にかっこいいと言わせるために最後に仕上げる仕事ですね。ミックスが終わった後に、作品の良さを30%上げるような仕事です。

HIP HOPのマスタリングを手掛けるまで

KUVIZM:
ありがとうございます。今はSALT FIELD MASTERINGを経営なされていますが、以前は別の会社に所属されていましたよね。

塩田:
はい。20歳くらいの頃に、その会社にアルバイトで入社しました。
最初はカセットテープの量産をやっていました。バンドをやりながらアルバイトを探していて、母親が求人情報が書かれた新聞の切り端を持ってきたのが入社のきっかけです。入社してからは、徹夜をしてカセットテープを作っていました。

しばらく作業員として働いていたのですが、会社にマスターテープ(量産の元となるテープ)を作る部屋があり、マスターテープを作る仕事に興味が湧きました。26歳くらいになって年齢的にも正社員として就職しなければならなくなったので、正社員となり、マスターテープを作る仕事を始めるようになりました。その時は、音楽のテープだけではなく、ナレーションや、教材、お経などのテープも作っていました。

その後、時代的にCDの時代になり、会社としてマスタリングも事業としてやらなければならなくなり、新たにマスタリング用の部屋ができました。

社内にマスタリングのやり方を知っている人間がいないので、独学をしました。マニュアルは分厚い本でよくわからないため、ツテのあったレコード会社のエンジニアの人や、機材メーカーの人にやり方を教えてもらいました。メーカーにはたくさん電話をかけて、嫌がられました。

その頃は、音楽以外のマスタリングが多く、「何か違うな」と思い始めました。会社は教育関係の取引先はあるけれど、音楽関係は弱かった。私自身がスーツを着てレコード会社に飛び込み営業をしました。実績がないため、中々、相手にされませんでした。

けれど、本当にありがたかったのが、現在のPヴァインであるブルース・インターアクションズへ営業に行ったところ、社長とディレクターがDATテープを渡してくれて、仕事をくれました。ちょうどエンジニアを探している時で、営業に行ったタイミングがよかったようです。

その後、月に30タイトルぐらいDATテープを渡されて仕事を受けるようになりました。ジャンルはブルースやジャズが多かったです。もともと、私自身がそういった音楽が好きだったこともあり、楽しかったです。好きな仕事で予定が埋まるようになりました。

KUVIZM:
現在ではHIP HOPの作品を多く手掛けていらっしゃいますが、HIP HOPで最初に手掛けたのはキングギドラの『空からの力』(Pヴァイン)でしょうか?

塩田:
はい。30歳を過ぎたころに、当時ではまだ珍しかったHIP HOPのディレクターが話を持ってきてくれました。

KUVIZM:
ジャズやブルースとは違った音楽で、抵抗はありませんでしたか?

塩田:
最初はありました。ただ、リリックがかっこいいと思いました。どうしてこんな詞が思い浮かぶのだろうと。

『空からの力』がビッグヒットになり、PヴァインからHIP HOP作品の依頼がたくさん来るようになりました。ジャズやブルースと並行して、ひと月に4、50作品ぐらいはやっていたと思います。今思うとよくやっていたなと思います。

KUVIZM:
次第に、仕事はHIP HOPが中心になっていくのでしょうか?

塩田:
そうですね。HIP HOPに特化した方がいいと思うようになり、突き詰めるようになりました。何でもやれるより、特化した方が依頼も来やすいので。

ただ、ジャズやブルースの仕事を経験したHIP HOPのエンジニアは少ないので、そこが良かったのかもしれません。HIP HOPのルーツも同じブラックなので。

マスタリングエンジニアとして現在の地位を築くまで

KUVIZM:
マスタリングの技術はどのようにして高めていったのですか?

塩田:
マスタリングを始めたての頃に、(Pヴァインとは別の)レコード会社の人がスタジオに立ち合いに来て、馬鹿にされたことがありました。「いつか見てろよ」と思いました。 私は怒りをパワーに変える方なので頑張りました。

でも最初は雑でした。どうにかなるだろうと錯覚していた。けれど、「この道で食っていかなきゃいけない」と感じた時に本気になりました。

KUVIZM:
それはいつ頃ですか?

塩田:
遅いのです。40代後半くらいです。それから、試行錯誤をたくさんしました。年中研究をしました。楽しくてしょうがなかったです。

KUVIZM:
ご自身の色を出すことも意識していましたか?

塩田:
元々レコードを聴いてきてアナログなサウンドが好きなので、レコードの広がりのある音、太い音を出せるように努力を重ねました。

KUVIZM:
そうなのですね。ひとことにHIP HOPと言っても様々なサウンドがありますが、塩田さんは様々なサウンドを手掛けていますよね。

塩田:
そうですね。
プロデューサーやアーティストがスタジオに立ち会いで来た時に、無理難題を言う人もいます。それをどんどん対応していきました。それができないと他のエンジニアのところに行ってしまう。無理難題に対応していると、ある時、”降りてくる”のです。なぜか対応できる。そうしていつも壁を乗り越えています。最初は苦労することも多かったのですが、今はすごく楽になりました。

KUVIZM:
マスタリングの技術や対応力を高めるために意識してきたことはありますか?

塩田:
セオリー的にはやってはいけないことも含めて色々なやり方も試しました。
スタジオに立ち合いに来る人が不思議がることもありました。でも、「いい音がする」と驚いていたので、結果オーライだと思います。私たちの世界はそれが正解だと思っています。「いい音ならいいや、かっこよくなるならいいや」と、使えるものは何でも使っていました。それを気に入ってもらえて、仕事を継続的に依頼してもらえました。

この仕事は、常に進化することが大切です。次の依頼の時には、違うやり方をする。この分野は技術の進化が止まらないので、進化が止まっている人は仕事が無くなります。前と同じやり方で同じ結果だと、お客さんも面白くないのです。
時代ごとに、音は進化していますから。それを追い求めて依頼をしてくるお客さんは多いです。それに応えないと、お客さんに失礼です。

今は、研究のために、グラミー賞を受賞しているような洋楽のHIP HOPばかりを聴いています。スタジオで、そういった曲に私がマスタリングした曲を混ぜて聴き、違和感がないか確認をします。トライ&エラーをやり続けて違和感が無くなれば、世界に負けない音になる。

実際に、日本の旧態依然とした音は世界に劣っています。エンジニアの先輩に教えてもらったやり方をしていると、世界では勝負ができないです。聴くのは国内の先輩ではなく、”世界の音”です。「なぜ、こうならないのか」と考えることが大切です。

そうして、猛烈に勉強しました。挫折をして辞めようかと思ったこともあります。でも、好きだから乗り越えようと思って、徐々に理想に近づいていきました。

"好きこそものの上手なれ"という言葉の通りですし、”好きだからこそ乗り越えるしかない”。「こんなに好きなはずなのに、なぜできないんだ」と悔しくなる。そしてその困難を乗り越える。人間というものはすごいと思います。情熱が何より勝る。困難を乗り越えて得た経験や技術は、宝物です。

そして、「いつもこうしている」という考え方は悪魔です。いつもと違うことを間違えてやって、答えが見つかったりする。そうしたことが自然と降りてくる。一生懸命やっているところを誰かが見てくれているのかも知らないけれど。恵まれていると思います。

今の時代はサブスクリプションの音楽サービスがあるのでありがたいです。こういったサービスがあることはエンジニアにとってもいいことです。
世界と勝負するには、作曲や編曲、歌詞だけではなくサウンドも大事だと思います。韓国は今伸びていますし、アメリカやヨーロッパ圏の サウンドは日本と全然違います。

また、この仕事は音楽プロデューサーと仲良くなるのが1番です。プロデューサーは音のことをわかっていて、 プロデューサーと仲良くなると仕事がたくさん来ます。

KUVIZM:
そうなのですね。以前、私自身もSNSから塩田さんにマスタリングの依頼をしましたが、SNSを通じての依頼は多いですか?

塩田:
今は、SNSだけでも仕事が成り立ちます。
私がSNSを始めたての頃に、若い子が私のSNSアカウントを見て、「実績の割にフォロワー少ないですね」と言って、色々と改良してくれました。
そうしたら、どんどん依頼が来るようになりました。足での営業は、行けても1日2、3件ですが、SNSなら日本中からたくさん依頼が来るので、営業はいらないと思いました。けれど大事なのはサウンド、つまり結果です。サウンドが気持ちよければ、「誰がやったんだ?」となって依頼は増えます。

KUVIZM:
前の会社での活動を経て、現在はSALT FIELD MASTERINGを経営なさっていますが、独立の経緯を教えていただけますか?

塩田:
先ほど話したようにして仕事が増えた時に、前の会社の社長から「独立しちゃいなよ」と言われました。ちょうど私自身も独立を考えていたタイミングでしたので、独立しました。今は、独立して3年目です。

若い頃は、会社の仕事は何でもやらなければいけない。断っていたらクビになる。好きな仕事も嫌な仕事もやり続けているうちに、不思議なもので技術は伸びます。無理難題を言われて伸びる。無理難題を避けていたら伸びない。

独立した今は、"音楽を楽しみたい"。才能のあるミュージシャンから依頼が来た時に、その人がまだ有名ではない原石でも、「何でもやってあげたい」という気持ちになる。お金ではないのです。
若い子がスタジオに来て、色々なリクエストをしてきます。それに対して瞬時に私が追いついていかないといけない。それが楽しくて、脳が燃えるのです。それがまた勉強になります。若い子は耳が良いですね。サウンドも新しい。現行のものではなく、どんどん進化したものをやっている。そういった子たちとやっていて、私は今絶好調です。

スキルは徐々に徐々に上がるのが最高で、今が1番良いというのがベストです。 「あの時代はよかった」と昔話をする人がいますが、それはもう終わった人です。

マスタリングエンジニアとして必要なもの

KUVIZM:
マスタリングエンジニアで大切なものは何でしょうか?

塩田:
感性、感覚、そして経験。”この仕事をやるべき人”である必要がります。経験や努力だけでは駄目。人生経験も必要です。

感性がないと、この職業に就いていないです。
人生を振り返ると、バンドをやって、前の会社に入って、テープを作って、マスタリングエンジニアの仕事に行きついた。自然と、なるべくしてなったと思います。そういうことも感性だと思います。そういった過去を経て、自分が”何をやる人か”を見つけた。これまでを振り返って、間違いではなかったと認識しています。

KUVIZM:
“この仕事をやるべき人”というのは、 “選ばれた人”ということでしょうか?

塩田:
はい。例えばプロの料理人や、何のジャンルでもそうだと思います。向上心も必要。 好きなことを見つけたのなら、「それで食べていく」という覚悟も必要です。

私の場合、マスタリングをしている時に「ここをこうしたらいいのではないか」といった見当がついて、不思議と機材をいじれる。それは自分でもよくわからない。なので、人に教えるということはできない。人に教えるどころか、死ぬまで現役ではいたい。人に教えている時間は無いです。まだ学んでいたいです。私は研究者。先生にはなれないです。

作業環境という面では、スタジオではなく普通の家で作業をすることには限界があります。低音の下の下の部分は聴くことはできないし、リバービー(反響がある状態)で音の分離感がない。そうするとヘッドホンなどに頼ることになるけれど、音の体感や奥行きが感じることができない。
今の日本の音楽は、イヤフォンで聴いた時に派手な音を作ろうとしている傾向がありますが、きちんとした環境で聴くとしょぼいことがバレてしまいます。いいDJはそれをわかっているのでクラブでかけないです。プロはクラブなどで大きい音で楽曲が鳴ることも想定するので。

KUVIZM:
ありがとうございます。ご自身がこれまでの人生で大事にしてきたことはありますか?

塩田:
感謝。1人でやってきたわけではない。ひとつひとつの積み重ねです。周りに色々な人がいて、手助けをしてくれる。挑戦するチャンスをくれたりとか。

例えば、家族もそう。「あなたはこれしかできないんだから」と女房も息子も言ってくれて後押ししてくれる。そういったことも感謝ですし、無理難題を言って私を成長させてくれるお客さんにも感謝です。

自分だけのことだけをやっている人は駄目です。例えば、女房は仕事が好きで外で働いているので、私が仕事の後に夕飯の買い出しに行って料理をします。料理以外にも家事はします。そうすることで、女房も喜ぶし、自分に還ってきて自分も充実する。

自分のことばかりでやっている人は伸びない。これは人生の決まりです。
感謝の裏返し。自分1人では生きていないということです。

現役で居続ける事

KUVIZM:
塩田さんは、60歳を超えてもシーンの最前線で活躍されています。"歳を重ねること"について教えていただけますか?

塩田:
老いることや死については何も感じないです。
ローリング・ストーンズのボーカリストであるミック・ジャガーは今80歳ですが、40歳ではあの歌はできない。歳を重ねることで積み重ねたものがある。私もあのようになりたい。SALT FIELD MASTERINGのロゴも、「転がる石には苔が生えぬ」、ローリング・ストーンズに由来します。

女房にも「あなた幸せ者よ」と言われる。歳をとると「趣味見つけなさい」とか言われるようですが、私は逆です。今が楽しい。

ただ、1回、転機があったのです。
仕事辞めようかと思った時期があった。でも、「今辞めたら家族に申し訳ない」と思った。私が死んだ時に「お父さんは音楽1本でやってきたから、全然かわいそうじゃないよ」と言われる父親になりたいと思いました。

仕事が認められなくて、思うようにならなかった時期も長くありました。
誰かのせいにしてやさぐれて、家族に迷惑をかけたこともあった。酒を飲んだくれて、生活が荒んだ時もありました。そういうこともあって、反省して軌道修正をしました。今は、仕事に100%ストレートにかけています。

KUVIZM:
SALT FIELD MASTERINGの公式サイトに「世界に羽ばたくアーティスたちを導きます。」とあります。若いアーティストや、依頼をしてくる人たちにメッセージはありますか?

塩田:
興味を持ったら、怖がらずに自分から質問した方がいいです。未熟なところをさらけ出した方がいい。それをしないと後悔します。年を重ねてから質問をできなくなる人が多いけれど私は聞ける。そうならないと駄目だと思います。

あと、マスタリングを依頼してきた人は、大事なお金を握りしめて依頼をしてくれるので、それに応えるために精一杯やります。私に賭けて、なけなしのお金を握りしめて依頼してくれることを、私は想像できるのです。もうこれ以上ないというところまで、作り込みます。

自分の判断基準が上がっているから、中々納得できないこともある。けれど、お客さんはパーフェクトと言ってくれる。マスタリングはミックスされた音(2mix)を元に作業をするのでやれることに限界があるから。

KUVIZM:
その点では、ミックスなど、業界全体のレベルが上がって欲しいという気持ちはありますか?

塩田:
とてもあります。
例えば、ビートでベースが出ていないのに、ミックスでベースを上げることはできない。
そういったところが海外に引きを取っている。海外のプロデューサーはすごいです。やばいビート、やばいミックスの曲は マスタリングやりたくなる。私にやらせてほしい。海外の人にも「いい音だね」と言われたり、グラミー賞の曲と肩を並べる作品を作りたい。それが夢。

マスタリングは、立ち会いがおすすめです。立ち会うことで、ミックスや曲作りの視点も変わってきます。そして、もっと海外の一流の音を聴いてほしい。聴いた時に「どういう風にやっているのだろう」という悩みがない人は「地球で1番喧嘩が強い」と言ってるのと同じです。

KUVIZM:
インタビューは以上です。本日はありがとうございました。

過去のインタビューはこちら
https://note.com/kuvizm/m/mb5dcc2fd6d61

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